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「術屍?」
それはまた随分面倒臭いことだ。
飾り気のないカップに口を付けつつ、他人事のように考える。茶が美味い。
あの後。
純粋な瞳に抗うこともできず、泣く泣く依頼書に署名をした俺が連れてこられたのは、アカデミーにある耳長の研究院であった。
直接聞かなくてはいけないこともあると、わかってはいる。わかってはいるが、何が悲しくてこいつと無駄に顔を合わせなければならないのか。
それに関しては耳長とて同じ筈なのに、汚物を見るような視線を寄越した後、顎を向けるだけで俺を促した。
癒し系ちゃんは署名を受け取った後、忙しそうに受付の仕事に戻ってしまい、話を聞ける状況ではない。
署名をしてしまった以上、正当な理由なく依頼拒否を行うことはできない。例えそれが耳長が嫌だという、至極正当な理由であったとしても、だ。
研究院というと、書物で足の踏み場もなかったり、怪しげな器具がごちゃごちゃと並んでいるイメージがあったが、思っていたより整頓されている。
というか、敷地の半分を占めるらしい、植物園か!と突っ込みたくなるような多くの植物の方に目が行ってしまい、どうでもよくなってしまった。
精霊学研究なのだから精霊が好む空間を作るのはわかるが……滝まで作るか、普通。
ソシ・レの待機室に行くまでに、幾人かの学生や研究員と擦れ違った。
俺は礼儀も愛想もない耳長とは違うので、声を掛けてくる彼らに軽く会釈を返したところ、何故か驚かれる。
きっとこれはあれだな、俺が場違いだからではなく、こんな礼儀正しい俺が耳長なんかと一緒にいることに対して驚いたんだな、うん。
耳長?ほぼ無視に近いくらい僅かに顎引くだけですよ?
待機室に辿り着いたが、扉を開けた瞬間に主張する植物、植物、植物!そんな草に飢えてんなら森に帰れ。
耳長が自分だけ奥にある椅子に腰掛けた為、俺は来客用と思われる椅子を引っ張り出して奴の斜め前に座った。
「勧められてもいないのに座るとは。これだから夜族は」
「人を招いておいて茶一つ出さない耳長がほざくな」
「その上、厚顔にも招かれたと主張する。全く救い難い」
「ギルドで話せないような依頼出した奴がぬけぬけと。不発酵茶はあるか?発酵茶は?なんなら半発酵茶でもいい」
「ハーブ」
「そこらへんの食ってろよ」
不愉快そうに眉を寄せる耳長だったが、話が進まないと思ったのだろう。無言のまま顎で示してくる。人語も話せないとは、期待を裏切らない耳長だ。
人一人が入れるスペースには、流石に植物を置いていないらしい。棚を漁れば、茶器の他に幾つかの瓶が見つかった。
色と匂いで確かめてから茶器共々盆に置く。左手に水を入れた保温瓶、右手に盆を掌に乗せて部屋に戻れば、何やら書類を見ていた。
「お湯」
保温瓶を持ち上げれば、視線はそのままにソシ・レの指先が宙に文字を書く。持ち手でさえ触れているのが辛い程熱くなる瓶。嫌がらせも大概にしろ。
保温瓶の湯をポットとカップに移す。直火で沸かした方が美味い気がするのだが、まあそこまで拘らなくていいだろう。
先程の仕返しも兼ねて、湯をそこらの土に捨てる。舌打ちが聞こえたので、途中で温度は下げたのだろう。枯れればよかったのに。
スプーン二杯分の茶葉を入れて湯を注げば、しゅうと葉が水分を吸収する音が聞こえた。
「茶請け」
「どれだけ卑しいのだ、貴様という奴は」
茶を注いだカップを奴の机に叩きつける。耳長は鼻を鳴らすと、後ろを向いて何かをした。と思うとこちらに飛んでくる赤い物。
反射的に掴むと、ぐにょっとした感触と汁気。甘酸っぱい匂いが広がる……食い物を投げるな!
椅子に戻って茶を啜る。不発酵茶は、手間は掛からないのに何故か大陸では流通が少ない。東の島国から輸入される物は値も張る。
「で、依頼内容は」
カップに揺れる緑を見つめる。我ながら見事に淹れたな。色といい香りといい仄かな苦味といい、かなり俺好みだ。
「課題中に拐かされた、私の研究室の学生を奪還しろ」
ソシ・レもカップを傾けた。二度、三度瞬きしたかと思えば、一言。
「合わん」
「紅茶と比べんな。緑茶は万能型だ」
お前の茶請けが悪いんだろうが。この青い匂いと苦味を生かせよ。
「奪還?それが何でBランク……いや、そもそもギルドに依頼することか?」
「拐かした相手が人間ではない」
「耳長に言われても」
「半吸血鬼がほざくな」
言って、カップを傾けるソシ・レ。合わん、と小さく呟いた。何度も何度もしつこい野郎だ
また一口。ソシ・レはカップを置いて言った。
「貴様、術屍と戦ったことはあるか」
そして冒頭に戻るのである。
術屍とは死に損なった精霊術士や治癒士の成れの果てである。
死んでいないのではない。死んで生き返ったのでもない。けれども生前の意思を持ったまま動くことのできる存在だ。
処置次第ではなんとも言えないが、心臓が止まっている為、死んでから時間が立てば肉は腐り落ち、最終的に骨となる。
一般的に術屍と聞いて思い浮かぶのは、そういった骨にローブ姿ではないだろうか。
術屍も生物の生気を奪って存在するので、夜族とされている。
しかし、俺自身元人間なので人間が夜族になるというのは理解しているが……正直、術屍って夜族なのか?とも思う。
同じ骨だけの白骨兵でさえ、生殖でないにせよ同族を生み出すことはできるのに、術屍はできない。術屍という分類はできても、個で完結しているのだ。
夜族は生物だ。生きているから、次代を残し、繁栄しようとする。だが、完結している存在は生物と言えるのだろうか。
動かなくなったから死、と言えるかも知れない。だが既に死んでいる者に死というのも……うーん。
これに関しては俺が一人でもやもやしているだけだという自覚はある。多分、死ぬことによって夜族になるということに納得がいっていないんだろうな。
別種族を同族にできる夜族は多々居るが、それは全て『夜族』が『生物』に対して行うものなのである。
それに対して術屍は、『生物』が何らかの術を行使して『自身の死体』を術屍に変えることによってできる。つまり、夜族の親と言える存在が居ないということだ。
他の夜族と比べて明らかに異質なのだが……やはり俺の考え過ぎだろうか。
術屍になる方法は知らないが、術屍になる奴は殆ど優秀な精霊術士や治癒士というのが通説である。
優秀だから術屍になる方法を知ることができたのか、それとも自身を高めようとする執念が原因なのかは不明だ。
しかし間違いなく言えるのは、術屍は夜族とされている癖に、何故か生前と同じように、あるいは生前以上の力で術を使えることである。
これが面倒臭い理由だ。夜族は種族の特徴を押さえておけば対処法を練りやすいのだが、術屍は何をしでかすかがわからない。
身体が身体であるから、普通の武器では大したダメージにもならない。
かといって精霊術が使える術屍だった場合、距離を取ることもできない。
高ランクの"夜狩り"でも、何百年も存在するような術屍を相手にするのはキツいという話だ。
ちなみに、長々と術屍に対して説明したが、俺は術屍を見たことはない。
「相手が術屍なら、寧ろお前が行った方が確実じゃないか。聞けば聞くほど、ギルドに依頼した理由がわからん」
「私が行けるのであれば、初めからそうしている」
「含みがある言い方だな。学生に重大な過失がない限り、アカデミーは学生に対する責任を負う筈だろう」
「しかし、優先順位はある。アカデミーは教育・研究機関ではあるが、古代図書館の守り手だ」
ぱちぱちと瞬きをする。
そうだ。古代図書館には大陸中の全ての書物が存在する。それこそ、誰も知らないような古の伝説から、このサフィルスで生み出された最先端の技術まで。
情報とは宝であり、力だ。だから六百年前の学者達は抵抗した。
情報が拡散すること、そしてそれ以上に、先人の知識を悪用する者達に奪われることを恐れたからだ。
そうしてアカデミーは作られた。
古き知識を読み解き、現在を生きる者達に、暗黒の未来が訪れないように。
正しい知識を、正しい心を、教え、育み。
野望の為に古代図書館を手に入れようとする者から守るために。
「何があった」
「図書館の結界を破ろうとしている者が居る」
「……珍しいのか?調子に乗った学生辺りがやらかしそうなイメージがあるが」
「毎年の恒例行事だ。学生達の手口ならわかる」
何やってんだよ学生共。つか、恒例行事というところに、先生方の疲労と学生を見る生暖かい目が想像できる。
何故だろう。耳長でさえ苦労してるんだな、と思ってしまった。マズい傾向だ。
「つまり、手口が違うんだな?」
「結界に干渉した形跡が殆ど残っていない。そして何より、」
ソシ・レの切れ長の目が細まった。
「学生が一名に教授が一名、研究員が二名」
「…………」
「この半年の間に、不審な死を遂げた関係者の数だ」
忌々しさを隠さないソシ・レ。
つまり、どんな手を使っても古代図書館に侵入したい輩が居るということだな。
それも、その為なら人殺しも躊躇わないと思われる輩が。
考えれば考える程、あまりいい結果に結び付かないのは何故だ?
……ああ、面倒臭い。
気付くと寄り道していて、中々進みませんね……




