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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
サフィルス
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 耳長族、というのを知っているだろうか。

 その名の通り長い耳を持った、森に住む亜人である。

 長い耳、森といった単語で、つぶらな瞳の毛玉を思い浮かべた者は、すぐに幻想を捨てろ。連中の共通点はそれと草食のみだ。


 木と石で出来た家に住み、決して肉を食わず、弓と精霊術の長けながら、不必要な殺生を嫌う高潔な性格。

 個体数は少ないが、それ故に神秘的な印象を与えるのだろう。亜人でありながらも、人間達の羨望を集める数少ない種族である。

 一般的には、エルフや森の民と言われることが多いかもしれない。


 だが、俺からしてみれば何お高くとまってんの?である。

 不必要な殺生を嫌う?結構結構、素晴らしい。

 崇高な種族であるこいつらにとって、弓も精霊術も優れていなくてはならず、その為の練習台は必要な犠牲であるそうだ。後は言わずともわかる。


 ちなみに、毛皮が必要なら剥ぎ取る、牙や骨が必要なら抜き取るそうだ。しかし、肉はどうするのか。

 答えは放置もしくは適当に土に埋める、だ。殺すんなら残さず食え。だからテメェらの森は狩られてんのに猛獣が多いんだよ!

 血の匂いに釣られて集まって来た獣が狩られて、その血に……まさに悪循環である。

 それで全体数が減ればいいが、耳長族の個体数も少ないため、獣の方が増加しているらしい。迷惑この上ない。


 耳長族の個体数だが、年々減っているは確かだ。ただその理由が凄い。

 奴等の言い分はこうだ。発情もコントロールできない下等生物のように無駄な繁殖を繰り返すのではなく、長い命を研修と研鑽に費やして個体の質を高めることを選んだ高等な種族である、と主張している。意味がわからない。

 繁殖力の低さも、同集落の外見が似たり寄ったりなのも、どうせ近親交配が進んだ結果だろうと俺は睨んでいる。


 対外的には自然がなんだの言っているが、ようは他種族嫌いなのだ。下手すると同種族他集落でさえ受け入れないこともあるらしい。

 生まれつきの自分大好き種族。そんなものだから、殆どの耳長族が生まれた森から一歩も出ずに長い一生を終える。

 というか、余程のことがあっても出ないらしい。引きこもりか。


 冒険者達の視線をものともせず、つかつかと歩みを進めるローブ男。

 そう、どれだけ美しかろうと男なのだ。

 だから鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ野郎共。後で死にたい気持ちになりたいなら止めはせんが。


 どこの世にも変わり者は居るものだ。

 それがこの男――耳長族、ソシ・レ。

 その身に纏うのは、まるでこいつの為に誂えたようなデザインだが、伝統あるアカデミー教授のローブ。

 世間に出るだけでは飽き足らず、耳長族の癖に人間の最高学府であるアカデミーで教鞭を振るっているとか何の冗談だ。

 間違いなく学生から嫌われているだろう。自信を持って断言する。


「……っ、テメェ!何でここに居る!?」


 それまで俺と同じく呆けていた筈のBが、突然叫んだと思えば耳長の肩を掴んだ。ん?知り合いなのか?

 歩みを止められた奴は、振り向きもせずに手を払う。が、それに激昂したのか更に強く肩を掴むB。

 仕方なく振り向いた顔には、隠しもしない不快と嫌悪。


「離せ」

「よくも俺の前に面出せたな!?」


 ……修羅場?

 あいつ、そういう趣味があったのだろうか。見た目だけなら女にも見えるから、そういう意味では違和感は少ない。

 だが、そんな奴と顔見知りと思われたくはない。向こうはまだ気づいていないようだし、今のうちに帰った方がいい気がする。


「貴様など知らん。離せ」

「ふざけんな!テメェが出した依頼の癖に依頼拒否たァどういうことだ!?」

「依頼拒否?……ああ、そういえばギルドの紹介が来ていたな」


 一瞬、言葉の意味を図りかねるといった顔をしたが、すぐに思い当たる節があったらしい。眉間に皺が寄る。


「私は依頼人の権利を行使しただけだ。何も問題ない」

「大アリだ!!大した理由もなしに、仲介が成立した依頼を白紙に戻せる訳ねェだろ!」

「腕の立つ者を、という依頼に対し、吠えることしか能のない役立たずを紹介された。理由には十分だろう」


 そんなこともわからないのか?と言いたげな表情に、Bの手に更なる力が入ったのがわかった。いけ!やれ!その細腕へし折れ俺が許す!


「畜生にも劣るその頭には理解できないか。とにかく離せ」

「この若造が……!」


 若造て。これには流石に唖然とした。

 あんたが本当に大鬼でなければ、間違いなくそいつの方が年上だぞ。


 耳長族の寿命は、人間の五、六倍である。外見こそ二十代と言い張ることもできる容姿だが、確か百四十才くらいじゃなかったか。

 昔は耳長族の外見年齢と精神年齢は同じようなものだったらしいが、人間の生活圏が増えるに連れて、精神の習熟が早まっているそうだ。人里が近い集落程その傾向が強い。

 奴の年齢を知らないかそれとも耳長族であることを知らないか。どちらにせよ、実力はあるという認識を改めるか。


 と、空気が冷えた。

 背筋が粟立つと同時に、状況に着いていけていないホワイトの腕を掴んで跳び退った。ギャラリーにぶつかったが無視。足に力を入れる。

 ぱち、という間の抜けた音と俺がテーブルの上に着地したのはほぼ同時。

 Bの巨体が倒れる。多分死んでいない。

 それはいいとして、肩掴まれてたのに何であいつ無事なんだ。


 緑の目が詰まらなそうにこちらを見ている。


「精霊避けが邪魔だな。下等生物を一掃し損ねた」

「ふざけんな耳長!森に帰れ!寧ろ土に還れ!」


 俺の抗議を鼻で笑う耳長。巻き込まれても知ったことかくらいかと思えば、思いっきり殺る気じゃねぇか!

 これだから耳長族は嫌いなんだ。内心で地団駄を踏む。性格の悪さも、出鱈目な精霊術の才能も、ふざけてる。


 精霊術は精霊が居なければ使えない。とは言うものの、自然界には精霊がうようよしているので、使えない、ということは基本的には有り得ない。

 しかし、精霊が好む場所、逆に嫌う場所は存在する。


 例えば、大陸の北には一年中雪が積もる豪雪地帯があるが、その辺りには水の精霊や風の精霊が多い。雪山に慣れない冒険者が、暖を取ろうと火の精霊に干渉したところ、普段通りの効果が出ずに凍死、なんてざらにある話だ。

 他にも、砂漠には火の精霊が多い、洞窟等の閉鎖された空間には風の精霊が少ない、そして何故だか知らんが墓場や夜族が多い場所では精霊が少ない、と言われている。


 この精霊の好みを利用して、精霊の嫌いな空間を作り上げるのが精霊避けである。

 そういった場所で取れるの炭や水を利用することもあるが、一番多いのは、墓場の土を部屋の四隅に盛ることらしい。怖ぇよ。


 だが、変わり者は必ず居るのである。精霊も例外ではない。

 大半の精霊が嫌がる場所を敢えて好むものもいるし、『好きなもの』の傍を好むものもいる。

 後者には見た目も実力も年齢も関係ない。

 必要なのは、落ちやすい精霊を感じ取り、精霊の趣味嗜好に合わせて誑し込み、思うがままに精霊を操るセンス!

 いや嘘だろ、と思っていた頃が俺にもありました……高位精霊術士や精霊学者の中では常識なんだってさ……。


 そんな訳で、精霊避けが張られていても普通に精霊術を使える奴も居るのだ。

 急激な温度低下と連続する微振動。水と風、二種類の精霊に干渉して雷撃を起こすだけでなく、自分は髪の毛一本立たせない。

 使える奴からすれば納得いかない出来のようだが、そんなんで感電させられてたまるか。


「なあ」

「アァ!?」


 荒れた気分のまま顔を向ければ、目に見えて顔を引き攣らせるホワイト。未だに腕を掴んでいたことに気付いて手を離した。

 手首を擦る動作に舌打ちをする。咄嗟だったので加減が上手くいかなかったのだ。肩が外れなかっただけ上出来か。


「知り合いか?」

「誰が?誰と?耳長と?」

「あ、いや……エルフが街にいるなんて珍しいな」

「全くだ。引きこもりは引きこもりらしく森から出なければいいものを」

「……本当に嫌いなんだな」


 寧ろあの耳長を好きになる要素が、顔と声以外にあるなら言ってみろよ。


「ソシ・レ教授!」


 すっかり静まり返った室内に、ソプラノの声が響く。

 声の方を見れば、ぱたぱたと可愛らしい音を立ててこちらに来る女性。

 垂れ目気味で色白で、少しぽっちゃりだが触るとふわふわしていそうだ。ギルド職員の制服が魅力を減らしているが、それでも十分癒し系な可愛さだな。

 そんな可愛い子に近付かれて、頬を緩ませるどころか眉間に皺を寄せるって何様だあいつ。


「ぎ……ギルド内での精霊術の使用は制限されています!」

「正当防衛だ」

「嘘吐け!」


 どう見ても防衛ってレベルじゃなかっただろうが!こんだけの証人がいる中で何堂々と大嘘吐いてやがる!

 周りのギャラリーを見回す。が、どいつもこいつも目を逸らした。ええいっ、根性なし共め!

 俺の怒声に、癒し系ちゃんは怯えたように身を竦ませていた。違っ、君に怒ったんじゃなくて……!


「あれでいい」


 そこらに並んでいたものを適当に選んだ、としか思えない言い様だ。

 いきなり何を言い出すのかと奴を見れば……何でこっち見てんだよ。


「え、あ、あの?教授?」

「私の依頼だ。冒険者はあれでいい」

「は?」


 依頼って……ああ、確かBもそんなこと言っていたな。こいつがこんなところに居るのもおかしいと思ったが。

 つか、あれって……俺か!?


「ざけんな!誰がてめぇなんかの、」

「そうですよ!教授の依頼は最低でもBランク以上の冒険者でないと勤まりません!」

「ごふ」


 いや、いやいやいや、そりゃ確かにBランク以上に見える外見じゃないが、そんなはっきり言わんでも……。

 いやしかし、これならこいつの依頼を引き受けずとも済みそうだ。


「ならCランクの俺には関係ないな!」

「C?」


 鼻で笑いやがったこいつ。俺には聞こえたぞ、一言に籠められた蔑みと悪意が。

 我慢だ、我慢……ここで言い返したらどつぼに嵌まる……!


 ぎりぎりと歯を食い縛って耐える。

 しかし、今日は厄日であったのだ。


「思い出した!クリムゾンローズだ!」


 突然上がった声に、虚を突かれる。

 無駄に長い単語に、一瞬自分の名前を呼ばれたのかと思ったが、血塗れ(ブラッディ)ではなく真紅(クリムゾン)だった。

 空耳って怖ぇな、と思いつつ声の主を横目で見ると……おい、その指は何だ。何故こっちを指す。


「何か見覚えがあると思ってたんだよなぁ」

「あ?何、お前あいつら知ってんのか?」

「"夜狩り"ギルドじゃ結構有名らしいぜ。どっちもソロでAランクの凄腕ってな」

「Aだって!?あんな餓鬼共が!?」

「そう考えて喧嘩売ってきた連中を二人で返り討ちにしたらしい。付いた渾名がクリム・ホワイトと『紅薔薇』でクリムゾンローズだそうだ」

「ちょっと待てぇええええ!!」


 返り討ちは事実だが、何で俺とこいつをセットにしてやがる!

 しかも吸血鬼でもあるまいし、何故そんな痛々しい渾名に!?言い出した奴誰だ本気で!


「おいお前!その話詳しく、」

「Aランクなんですか!」


 テーブルを降りて、爆弾発言をかました奴に掴みかかろうとした時、右腕に柔らかい感触が。

 視線を向ければ、笑みを浮かべた癒し系ちゃんが俺の腕に抱き付いている。え、何、惚れた?

 自然と頬を緩ませる俺に、癒し系ちゃんは言った。


「"夜狩り"ギルドなら、冒険者ランク補正の指定ギルドリストに入っています!」

「え、何、補正って」

「補正冒険者ランクはBになりますから、ソシ・レ教授の依頼を受ける資格は十分です!」

「え、いや、だから受けるとは」

「うちはやっぱりアカデミーがお得意様なので、下手な人選も出来ないですし、凄く困ってたんです。でもよかった……そんな凄い方が受けてくださるなんて!」


 ほにゃりと笑う癒し系ちゃん。可愛い。

 ついつい釣られて笑ってしまってから気付く。




 あ、詰んだわこれ。






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