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ちゅんちゅん。
小鳥の鳴き声がする。昼間から元気なことだ。
餌を求めているのか縄張り争いかは知らんが、余所でやってくれ。
ちゅんちゅんちゅんちゅん。
俺は餌なんて持ってねぇぞ。だから、俺の部屋の前で鳴いても無駄だ。
その無駄な愛嬌と病原菌は余所で振り撒いてこい。俺は眠い。
ちゅんちゅん。
ちゅんちゅんちゅんちゅん。
ちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅんちゅ、
「喧しいわクソがぁあああ!!!」
隣の客に壁ドンされたのは言うまでもない。
気に入りのトップハットには赤い薔薇。
黒地に灰線のドレスシャツ、ズボンもブーツも外套もリボンタイも、濃淡はあるものの同じ黒。
この街で新調した服だ。趣味が悪い?似合わない?うっさい好きな服着て何が悪い。
ブーツの底を高く鳴らしながら、薄汚れた床を歩く。こまめに掃除はされているだろうが、代わる代わる人が入ってくるせいで直ぐに汚れてしまうのだ。
この場に似つかわしくない服装の俺に、注目が集まったが無視。
"夜狩り"ギルドサフィルス支部。大陸教の協会と同じく住居区にあるが、その立地も規模も大きく違う。
正直、"夜狩り"と冒険者はほぼ同意である。
冒険者は多かれ少なかれ夜族と遭遇するし、"夜狩り"は訳ありが多いので町から町への根無し草ばかりだ。敢えて違いを挙げるなら、生計を立てる手段が割りと自由なのが冒険者。夜族退治に特化しているのが"夜狩り"といったところか。
サフィルスのような学術都市では、材料の調達、フィールドワークの護衛と、冒険者の需要が高い。それに付随して、"夜狩り"ギルドも大きいのだ。
ギルドは登録料と更新料を払えば誰でも加入できる為、ある程度余裕がある冒険者は両方のギルドに登録していることも多い。
という訳で、無駄に早起きしてしまった俺は現在冒険者ギルドをうろついている。"夜狩り"ギルドは夕方以降の方が活気付く為、後回しだ。
何故夜族が人間のギルドに……と思うだろうが、正体を隠して所属している夜族は意外と多い。理由は勿論金だ。
夜族も夜族のコミュニティはあるが、高い文化水準を誇るコミュニティはほぼ人間の模倣である。
そりゃそうだよな、と思う。生きるだけなら、群れなくても適当に人間襲うだけで事足りる連中が、わざわざ独自の文化を作ろうとする訳がない。
そう考えると、夜族の中でもある程度意志の疎通ができる種族は、人間臭いんだよな。腐乱鬼や白骨兵、妖精なんかは多少知能はあっても本能の固まりみたいなもんだが。
夜族の中でもそういった違いがあるせいで、一部の夜族は人間とは違う方向に進化した生物である、と主張する学者もいる。人間が更に進化した理論を唱える学者も居たが、確か大陸教に襲撃されて逃げたとか殺されたとか。
話はズレたが、人間の方が文化水準が高い、つまり欲しいものがあるなら、人間達が作るものの方がよほど良いということだ。
まあ基本的に人間は餌の分類に入る夜族なので、略奪しかできない連中も多い。
だがその場合、やり過ぎたときには"夜狩り"の標的になるということを忘れてはならない。
そういった訳で、元人間や人間に好意的な人間のふりができる夜族は、人間に混じって暮らしていることも多いのだ。勿論、普段は当たり前のように仕事もする。
一応ギルド登録時には名前や出身、犯罪歴等情報確認はされるが、冒険者は数が多いし、"夜狩り"は訳ありが多いしで誤魔化すのは容易い。
俺はそのままショーで登録している。ランクはそれなり。やる気はなくとも、半吸血鬼の能力を嘗めてはいけない。
実入りもいいので、気付いたらすっかり食い道楽の着道楽になっていた。
とはいうものの元々が庶民なので、地域の名物を漁ったりたまに買う服の値段を気にしない程度であるが。
あ、ここでいう名物とは人間ではなくて食い物の方な。
吸収率が悪いだけで、多少は生気を吸収できるし味だってわかる。腹に溜まらないというか、物足りなさがあるだけだ。
服に散財した分、美味い飯と柔らかいベッドの為に、張り切って仕事を探さないとな。
壁に張り出された新しい依頼書を爪先立ちで覗き込む。気の良さそうなパーティーがズレてくれたので、礼を言って前に出た。
別に誰彼構わず喧嘩を売るつもりはない。何故か信じてもらえないことが多いが。
第一聖地"グラナトゥム"までの護衛……まだ暫くこの街にいるつもりなので、拘束時間が長いものはパス。個人研究所の実験助手……報酬、一日銀貨三枚と小銀貨五枚。三食昼寝付き但し住み込み必須。身寄りがなければ尚良し。なんだろう、このどこから突っ込めばいいのかわからない香ばしさ。
中々いいのがないな。これ以前のものを受付に訊いてもいいが、"夜狩り"ギルドの方の依頼に期待か。
「坊っちゃんの依頼があるのか?」
「うん?」
先程前を空けてくれた男が声を掛けてくる。意味がよくわからず、首を傾げたままぱちぱちと瞬きをした。
……ああ、そうか。
「紛らわしい格好で悪いが、依頼人じゃないんだ」
冒険者だよ。と肩を竦めて答えれば、男は驚いたらしい。可愛くはないが、きょとんとした顔は愛嬌がある。
「へえ……綺麗な服着てるからてっきりアカデミーに通ってる坊っちゃんかと」
「この服買ったから金欠なんだ。だからなんかいい仕事ないかなって」
「そうかい。じゃあこの辺りなんかどうだ?」
男が指差した張り紙は実験用の植物採取。質や量にもよるが、籠一杯に半銀貨五枚を予定……って餓鬼の遣いか!
これは嫌味なのだろうかと男を見れば……ああ、うん。俺、人の気持ち読めない方だけど、悪気がないことはわかる。地味に凹んだ。
「俺も駆け出しの頃は、こういう依頼を数こなしてきたもんだ」
「そうそう、茸採ったり兎狩ったりな」
「Cランクに上がった時は嬉しかったなぁ。これから俺の冒険者の道が始まるんだって」
付き合い長いパーティーだか何だか知らんが、おっさん達の思い出話ウザい。
ギルドランクはEからSまである。
入った直後はEで、依頼達成の数や実力に応じてランクが上がるが、Sまで行く奴は殆ど居ない。確か今は四人だったか?
で、Eは採取や小動物の狩り、人手が足らない場所での手伝い等の、ガチで餓鬼の遣いレベルの依頼しか受けさせて貰えない。
ぶっちゃけ冒険者としてさえ見てもらえない。
Dに上がると、猛獣退治や施設警備等の、多少武器を使う依頼も受けられるようになる。
一応冒険者と見られるが、自分から「職業は冒険者です!」なんて言った日には、生暖かい目で見られること請け合いだ。
Cまで行けば、まあ冒険者と言って差し支えないだろう。でもそれだけだ。別に笑われることはないが尊敬されることもない。
ちなみに履歴書に書けるのもCランクからである為、資格コレクターは大体ここまで来たら脱退する。
……てか、おっさん達の態度って間違いなく……
「……なあ、俺Cランクなんだけど」
空気が固まった。
おっさん達だけではなく、こちらを伺っていた連中も巻き添えを食らったらしい。たまにあるよな、こういうふっと音が途切れる瞬間って。
「……は、はは、そうだな、まずはCランクを目標に頑張らんとな!」
思考停止から最初に戻ってきたおっさんが肩をバシバシ叩いてくる。乾いた笑いには何も言わんが、皺になるから止めろ。
おっさんの言葉に我を取り戻したのか、口々に言い募る。
「……そ、そうだな!なに、俺らの時は2年掛かったが、才能がある奴はどんどん上がってくしな!」
「そうそう!"夜狩り"の高ランクにゃ赤い目が多いし、坊っちゃんも才能あるかもしれんぞ?」
信じてねぇし。つか、坊っちゃんじゃないとわかってからも坊っちゃん呼ばわりなのか。
しかし否定するのも面倒なので放置する。
俺だって、入ったばかりの頃は植物採取だのなんだのこなしたっつの。三ヶ月過ぎた辺りで面倒臭くなったが。
崖っぷちに咲く幻の薬草を手当たり次第に卸して市場を混乱させたり、毛皮が高値で取引される猛獣を乱獲して絶滅させかけたりしたのも、いい思い出だ。
勿論滅茶苦茶怒られたが、地域統括を加えた会議で見事Cランクに上がった。俺に草むしりをやらせるとろくなことにならないと悟ったらしい。
しかし、次依頼の範囲外までやったら降級、悪質ならギルド立ち入り禁止とも言われた。
そんな新人は久しぶりだと呆れた顔をして言われたが……じゃあ俺以外にも居るじゃん悪質な新人。
「もういいよ俺のことは。あんたらは?」
「俺達はこいつがB、他は全員Cだな」
「一応パーティーリーダーだから先に上げられただけで、実力は変わらねぇぞ」
「去年の小鬼討伐が決め手だったよな」
「一番奥の小鬼の王相手に負けてなかったぜ!」
ということは、あまり実力がある方ではないのか。小鬼の女王が居ない群れなら、そう規模が大きいものではないだろう。
実力より、積み上げてきた実績と人柄を考慮した昇級といったところか。
考えている俺を余所に、思い出話に花を咲かせる野郎共。ああ、むさ苦しい。
ガンッ!!
注目が俺達から音の出所に集まる。ロビーには、休憩や打ち合わせも行える簡素なテーブルと椅子があるのだが、原因はその一つに座る男。
大柄な男だ。剥き出しの腕は、下手したら俺の脚より太いんじゃないかというぐらい筋肉でゴツい。
焼けた肌に無精髭、胸当てで隠しきれない生理的嫌悪を感じる豊かな胸毛と対照的な頭部。
男に置いてある斧は男の持ち物だろう。男と同じく傷だらけだが、武器としての能力には関係ないと言わんばかりの鈍い光を帯びている。
また何か典型キャラが出てきたぞ、おい。
自身に注目が集まるなか、男はこちらを睨んでいた。
「一山いくらの冒険者風情が煩せぇんだよ」
「なんだと!?」
やっすい挑発に乗らないで欲しい。それか俺帰っていい?
「はっ!C風情がBに敵うと思ってんのか」
お前も対して変わんねぇよ。ギルド内でBとCにはまあまあ差があるが、世間様が同じ認識だと思うなよ。
でもまあ、とは思う。見た感じだが、確かにおっさん達は敵わないだろう。
町の中だから重装備は置いてきているのだろうが、あの胸当て、魔鰐の革を使ってる。
軽いし丈夫だし水を弾くしで結構いい。俺のブーツも魔鰐にしようかと思ったが、デザインが気に入らなかったので魔牛にしたが。
魔獣は、動物と夜族の中間にいる生物と言われている。
まあ、凶暴で、安い武器では傷一つ付かなくて、比較に挙げられた動物に目とか口とか尻尾とかを追加したような見た目なだけで、動物と大した違いはない。
それでも、魔獣を使用した武具は格段に性能がいい為、ある程度の冒険者は大体これだ。
武具屋で揃えようとすると中々値も張るので、材料は自分で捕ってきて革職人に加工してもらう者も多い。俺も職人の街に居た頃は、若い職人に援助をして遊んだもんだ。
あいつ今頃どうしてるんだろ……と意識を移したところで、冒険者B――Bランクが自慢みたいだし――が俺を見る。
「大体なんだテメェは!ここは餓鬼の来るところじゃねぇぞ!」
餓鬼と来たか。
まあ成人こそしているものの、夜族となった日から成長も老化も止まってしまっている。代謝はあるのに理不尽。
よし、帰ろう。"夜狩り"の方も明日でいいや。帰って寝直そうと出入り口に足を向けた時。
「なんでお前が居るんだよ!?ブラッ……紅薔薇!」
……もっと面倒臭い奴来たー。




