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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜会
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 普通であれば、夜が明けてからの移動になるが、タロが大丈夫ということで夜の森を行く。

 俺としても夜の方が動きやすいので問題なかったが、何故か赤毛まで着いてくることになった。混血であり"夜狩り"でもあるこいつは夜の活動に慣れているので、足手纏いと言い切れない。


 寧ろ、俺が一番歩きが遅いかもしれない。服装、特に靴が合わないのがな……。簡単なステップくらいなら問題なくとも、不規則に盛り上がる木の根を踏み越えていくには、硬い靴底は辛い。

 とはいえ、俺が遅れれば、それに合わせてタロが遅れることになるだろう。偉そうにしておいて足手纏いになるのは、俺のちっぽけなプライドが許さん。

 よし、と気合いを入れて足を踏み出したところで、


「歩き辛そうだな」


 余計なことを言うなや赤毛……!

 気合いを入れながら、背骨から少々外れた場所を拳で突く。突然の衝撃に身体を折ったホワイトを見て、俺は鼻を鳴らした。

 赤毛を心配そうに見るタロには気にするなと言って、先頭に出る。歩き方を言われるのが嫌だから後ろに居たのだが、それよりは、不格好でも前を歩いた方が大丈夫に見える気がしてきたのだ。


 枝葉が月の姿を遮ろうと、俺の目には合間から射し込む光で十分だ。地面の様子ははっきりと見える。

 なのに、人間の振りをしている訳でもなく、足元が覚束ないという理由で下を向きながら歩くとはこれ如何に。儘ならなさに舌打ちをしたその時。

 ずるりと滑る靴裏。崩れた体勢に、冷や汗が流れた。


「おっと」


 腹に回された手が、揺れた身体を支える。声の主はタロだ。なら、この手の持ち主はタロなのだろう。

 俺を支えた男が顔を覗き込む。髪と同色の焦げ茶の目に、俺が映っていた。


「大丈夫か?」

「………………ありが、と」


 別に手を出されなくても、あれくらいなら自力で体勢を立て直せた。それでも、助けられたのには変わりない。

 それなりに付き合いのある連中相手なら逆ギレもするが、さっき会った奴相手にはそんなことわかる筈もない。他意のない行動に過剰な反応を返したら、俺が非常識みたいじゃないか。

 だから、これでいいのだ。助けられた、礼を言う、自然な流れだ、間違いない。でもな。

 くそ恥ずかしい……。


「だから言っただろう」


 呆れたように言うホワイトの口元は笑っている。それを睨むが、赤くなった顔では大した効果は望めないだろう。赤毛の癖に。赤毛の癖に赤毛の癖に赤毛の癖にぃ!

 低く唸る俺。そんな俺の頭に、何か乗った。


「……何してんだ、テメェ」

「うん?ああ、すまん。つい癖で」


 乗せた手を戻し、謝るタロの目は笑っている。何だその餓鬼でも見るような目は。俺の方が年上だぞ。つか、人の頭を撫でる癖って何だ。

 しかし、自分から言うとどんどんどつぼに嵌まりそうな気がする。もういい、俺は黙って歩く。

 先程よりも慎重に、けれど速度は落とさないように足を進める俺に、タロの声が掛かる。


「無理はしないでくれ。君が居ないと、オパリオスに言っても困るからな」

「無理なんかしてない。……少しでも急いだ方がいいだろ」


 後ろで口を噤むような気配がした。何だよ、俺、別に変なこと言ってないだろ。死んでたら意味がないんだったら、仕方ないじゃないか。

 ざっ、ざざっ、ざっ。三人分の足音がずれて聞こえる。間隔が一番短いのは、靴が良くない俺だ。けして脚が短いからではない。ないったらない。


 踏まれた雑草が、きゅう、と悲鳴のような音を立てる。少ない光を得る為に精一杯伸ばして葉は、硬い靴底に潰されれば簡単に千切れて死んでいく。

 獣の柔らかい足裏ならば、また立ち上がればいい。齧られてしまえば終わりだが、捕食者の血肉にはなる。それは自然の摂理だ。

 人間が入ってこなければ自然の中で生きていけた筈なのに、簡単に蹂躙される命。一歩一歩進む度に、一つまた一つと命が死んでいく。


「……娘が居るんだが」

「あ?」


 足元に気を付けながら、ちらりと視線を向ける。


「あんた子持ちだったのか」

「ああ。まだ小さくてな。すぐ色々な物を噛むし、どこへでも行ってしまうし」

「大変だな」

「だが、村で一番可愛い」


 さらりと言われた言葉に一瞬目を丸くし、すぐに呆れ果てた。話を聞いていればどう聞いても赤子なのに、村一番とか。単なる親馬鹿じゃねぇか。

 一言言ってやろうかとも思ったのだが……男が、今までで一番優しい顔をしていたので、その気が失せた。


「……金もあんだし、さっさと村に帰れば?可愛い娘が待ってんだろ」

「勿論そのつもりだ。でも、狼を見付けなければ帰れない」

「厄介な依頼なのか」

「そうだな……きっと、一人で帰ったら殺される」


 家庭がある癖に、何恐ろしい奴から依頼を受けてんだこいつ。笑いながら言うことじゃねぇよな?

 こんな危機管理のできていない旦那を持つとは、こいつの嫁さんは男を見る目がないのか、驚く程に心が広いのか。

 タロがどうなろうと俺には関係ないが、それを聞くと妻子の為に手伝わなくてはいけない気がしてくる。それをわかっててやっているのだとしたら、こいつ、相当策士だな。


「あー、じゃあ、さっきのが妙に慣れていたのはそのせいか」

「ああ。何かショーが必死に歩いているのを見てたら娘の姿が思い浮かんで」

「餓鬼扱いしてんじゃねぇ!」


 はっ倒すぞテメェ等!

 俺の叫びに、眠っていた鳥達が飛び起きる。幾つか断末魔のような叫びが聞こえるのは、鳥目が枝にでも引っ掛かったのだろうか。ばさばさと羽ばたく音と共に、巻い散った羽が落ちてくる。


「……とりあえず、叫ぶのは止めないか」


 誰のせいだ誰の……!ぎり、と噛み締めた奥歯が不吉な音を立てる。ホワイトの血を吸った時に治したばかりの歯だ。一日に何度も何度も噛み砕きたくはないのだが、この気持ちはどこにやれば。

 とはいえ、罪もない動植物の皆さんの眠りを妨げるのは本意ではない。

 結果。叫ぶことができなくなった俺は、大きめの声でうーうー唸ることしかできなくなった。森を抜けるまでだ、森を抜けるまで我慢しろ俺……!

 暴風雨が来ているかのように荒れた内心を抱える俺の耳に届いた、小さな呟き。


「…………あの子がむずがっている時にそっくりだ」




 とりあえず、全てが終わったら殴らせろ。






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