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男はタロと名乗った。
何か犬っぽい名前……と思ったが、大陸育ちの連中にはきっと伝わらないので黙っておこうと思う。
「歩いていたら、いい匂いがしてきてな」
「顔出した理由はそれか」
呆れながら焼けた肉を差し出せば、嬉しそうに受け取った。尖った八重歯が眩しい。
早速肉を噛み千切る姿は野性味が溢れていて、これはこれでモテそうだな……と心のハンカチをぎりぎりする。
しかし、そんなことにかまけていれば肉が不味くなる。焼けてきたもう一本はホワイトに押し付け、遠火にしていた分を火に近付けた。
「食わないのか?」
「焼きすぎたからお前食え」
流石に生だと食感が悪いが、半生くらいが好みには合う。焼きすぎて火がしっかり通った肉なんて、簡単に食中毒になるような人間の餌にしかなんねーよバーカ!
取り分は減ったが、元々腹が減って食おうと思った訳ではない。食う気がなくなったら、血の足りない奴に押し付ければ、まあ、無駄にならないだろう。
「食料が尽きたのか?」
「勿論、保存食はある。だが、やっぱり肉が食いたくなるというか」
照れたように笑うタロ。気持ちはわかるが、大の男にそういう顔をされても反応に困る。しかも、そういう仕草にもわざとらしさがないから、はっ倒す訳にもいかない。
おかしい。基本的に俺の回りの野郎には、見た目はいい癖に中身が残念な美形しかいない筈なのに、何だこいつ。
今のところ、目に見える形でマイナス補正がないとか……いや、何かある筈だ。筋肉は見かけ倒しで実は凄く弱いとか、血を見るとテンションがおかしいことになるとか……。
「君達の名前を聞いてもいいか?」
「俺はクリム。そっちの態度だけはでかい奴がショーだ」
だけって何だ、だけって。俺は器もでかいぞ。……ん?もしかして身長のこと言ってんのか?
テメェを炙ってやろうかクソ赤毛。半眼で睨むと、ホワイトは誤魔化すように横を向いた。
そんな俺達の様子を見ていたタロは、笑いを堪えながら言った。
「仲がいいんだな」
「人聞きの悪いことを言うな」
何故どいつもこいつも、俺と赤毛を仲良くさせようとするんだ。どうせなら美しいお姉様との仲を疑ってほしい。
即答した俺にタロは目を丸くしたが、気を取り直したように口を開く。
「君達はどこから来たんだ?」
「俺はサフィルスだ。これから……そう言えば、何でお前ここに居るんだよ」
「俺がどこに居ようと、俺の勝手だろ」
「オパリオスに向かったんじゃなかったのか」
疑問符を浮かべるホワイトに、眉を潜める。何でお前俺の行き先知ってんだよ。ストーカーか。
俺がオパリオスに向かうことを知っている奴なんて……あ、家から出ていく時に学長に言ったわ。それを聞いていたのか、爺さんの口が軽いのか。
どちらにしても、俺のミスであることは間違いない。表には出さないが、自分の阿呆さ加減にへこんだ。
「あーあー、オパリオスには行ったぞ。でも用があるから離れていた」
「……君は、オパリオスに居たのか」
今までで一番固い声音。不思議に思って視線をタロに移したが、表情は先程と変わらない。気のせいか?
「あんたは?」
「俺は色々、かな。探しているものがあって旅をしている」
「探し物?」
「ああ。……白い狼なんだが、知らないか」
ぱちり、と瞬きをする。
白い狼。それは、オパリオスに出た奴のことだろうか。それならば心当たりはある。
が、どうして白狼を探しているのだろうか。首を傾げる俺の耳に、ホワイトの声が聞こえる。
「白狼とは珍しいな。依頼か?」
「まあ、そんなものだ。……ショー」
心当たりはないか。
タロの目が真っ直ぐこちらを射貫く。その視線の強さに怯みかけるが、胸を張って見返した。端から見ればガン付け合っているように見えるかもしれない。いや、どういう状況だよ。
敵意を感じないが、妙な威圧感がある。何でいきなりこんな真剣モードになったのだろう。訳がわからない。
何だかわからないが、先に目を反らした方が負ける。気がする。ぎり、と歯を合わせながらも睨み返す俺。
「……すまない。なかなか見付からないから、気が立っていたようだ」
頭を下げるタロには、先程の雰囲気はない。それに拍子抜けはしたが、争いたい訳ではないのだ。深く息を吐き出す。
「……いや、探し物が見付からない気持ちはわかる」
それこそ、俺は何百年も探しているのだ。胸が痛くなるような焦燥も、手足を動かすのさえ億劫になる程の無力感もわかる。
時間の長さは関係ないのだ。見付からない、というのは、それなりにきつい。少なくとも、例え手探りであっても諦められないような奴には。
「……白狼だったよな。知っているぜ」
「本当か!?」
「ああ。でも、直接見た訳じゃない」
「それでもいい。一体どこで」
「オパリオスなんだが……でも、今も居るかはわからないぞ」
白狼を狩ろうと、結構な人数が動いていた。オパリオスから逃げているかもしれないし、そうでなければ狩られている可能性が高い。
白狼なんて本当に珍しいから、買い手なんてすぐにつくだろう。そうでなかったとしたら、値を釣り上げている最中か。今から手に入れるのは大変そうである。
そのようなことを言うと、タロの顔色が目に見えて悪くなった。
「急がなければ」
「剥製か毛皮なら金次第じゃないか?」
「生きてなければ意味がないんだっ……!」
突然大声を上げてタロに、目を丸くする。先程も思ったが、こいつの琴線がわからない。これが残念なところか。
どうしようか、と視線を泳がせればホワイトと目が合った。あいつもどうすべきかわからず、眉を下げている。
「……あー、依頼人は生きた狼が欲しいのか?」
「依頼人……そ、そうだ。遺体では駄目なんだ」
怪しい。タロが何かを隠しているのは間違いないだろう。だが、偶然会っただけの俺達が深く突っ込むのもおかしな話だ。何より、面倒事のにおいがぷんぷんする。
……だが、悪い奴ではないと思うのだ。何の確証もない、単なる印象でしかないが……仕方ない。
「もう死んでいるかも知れないが……」
「っ…………」
「オパリオスには何人か職人の知り合いが居る。そちらから捕獲依頼を出してもらえるよう頼んでやるよ」
殺した方が楽なので、そういう輩は減らないだろうが、そうすれば捕まえようとする奴も出てくるだろう。
それに、タナーの元親方はオパリオスの職人連盟の中でも古株に入る。あの人が動けば、手を貸してくれる職人もいるんじゃないかというのは、希望的観測に収めておこう。
但し、それには依頼成功時の報酬が払えることが条件だ。死んだら減額ではなく、生存限定であるなら、危険度が跳ね上がる分報酬もそれなりになる。
ちなみに金はあるのか聞いたら、金貨がごろごろ出てきた。い、意外と金持ちだな。俺も本気を出せば稼げる額であるが、大金を持ち歩く習慣がない俺には、少々引く。
「最初に言ったように、まだ生きていたらの話だし、依頼を出したからといって殺されない訳じゃない。それでもいいなら」
「勿論だ!……ありがとう、ショー」
「礼は上手くいってからにしろ」
何はともあれ、話が決まったのなら、行動は早い方がいいだろう。
飛べば朝には着くだろうが、タロに正体を知られる訳にはいかない。頑張って歩くとするかね。
探し物が見付からない気持ちはわかるのだ。だから、視線の先を照らすくらいはしてやりたい。




