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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜会
115/161

115


「説明を求める」

「却下」


 適当に取っ捕まえた小動物を捌きながら答える。見た目からして肉食系だから期待はしていなかったが、案の定臭い。

 夜会で食ってきた料理とは比べものにならないような食材だが、これくらいならまあ嫌いじゃない。持つべき物は、美味い物もわかるが不味い物もそれなりに楽しめる貧乏舌である。


「塩」

「お前って奴は……」


 ぶつぶつ言いつつも荷物を漁るホワイトは、大分俺に躾られている気がする。野郎を飼うつもりはないが、便利になるのはいいな。もっと精進するがいい。

 投げられた塩の袋を受け止め、肉に振る。胡椒か辛子があればもっといいのだが、旅支度で贅沢は言うまい。枝に刺した肉を、火に翳す。


 肉は放置した方が美味いんだけどなー。旅の途中では固くなる前に即食いするしかない。死後硬直が始まると、肉はどんどん固くなる。それが解ける頃にはある程度旨味が増すが、大体丸一日以上放置する必要がある。

 とはいえ、ただ放っておけば虫が湧くし動物にも狙われる。衛生的にも管理できず、肉をぶら下げながら歩く訳にもいかないときたら、多少不味くてもすぐに食うしかないだろう。柔らかい肉食いたい干し肉塩っ辛い。


「……その格好、どうした」


 普段よりきらきらしい服のことを言っているのか、転々と散る血痕のことを言っているのか。それがどちらかなんて、わかりきっている。

 肩越しに振り返る。


「聞きたいのか?」

「…………やっぱり、止めておく」


 賢明なことだ。本心で言えば問い質したいのだろう。しかし、聞いてしまえば見逃す訳にはいかなくなる。この男は"夜狩り"なのだから。

 俺の食事を知っていても、殺そうとも正体をバラそうともしないことから、夜族だからといって無条件で狩るつもりはないらしい。それなら、襲われたから返り討ちにしたと言ってしまえばいい。それが、丸く収まる最善だろう。


 ……けれども、今回俺には選択肢があったのだ。助けずとも、見殺しにするという選択肢が。そして、それを選ばず、自ら手に掛けた。

 嘘は吐ける。すぐにわかる程下手でもない、筈。だが……そういう気分でもない。

 ぱちぱち。薪が燃える音。融けた脂が持ち手まで滴り落ちかけているのを見て、角度を変えた。


「なあ、お前は……」


 葉擦れの音が遠くに聞こえる。身体中の神経が研ぎ澄まされる感覚に、無意識に目が細まった。

 様子の変わった俺に一瞬呆けたホワイトは、けれど只事ではないと剣を取った。状況を把握する前にまず臨戦体勢を取るのは偉いぞ。及第点をやる。


 がさがさごそと音と気配が近付いてくる。恐らく一人。追い剥ぎ等の類いではないのか?まあ、警戒を怠る理由にはならないが。動きづらい上着を脱ぎ捨てる。

 とはいえ、普段の格好ではない以上、俺は拳を握ることくらいしかできない。相手が人間だったら"夜殺し"を出すのもあれだし。と思ったが、赤毛のがあるじゃん。

 手をひらひらとさせて催促する。呆れたような溜め息が聞こえた後、飛んできたナイフを掴んだ。剥き出しとはいい度胸じゃねぇか。


「来るぞ」

「ああ」


 ぱきり。枝が割れる音と共に、木の影から出てきたのは一人の男だった。

 年の頃からすると、三十代前半くらいか?背が高いので細身に見えるが、首も太いし体格はいいだろう。腰に下げられた剣も相俟って、一目で冒険者とわかる。


「驚かしたようだな。俺は怪しい者ではない」

「それを決めるのは俺達であって、あんたじゃねぇな」


 男は、そうだな、と唇に笑みを乗せる。端正な顔立ちに自然な笑顔。爽やかだな、こいつ絶対女にモテんだろ妬ましい。

 細かな傷は付いていても艶がある靴は、相当使い込まれている。外套も同じく。しかし、ぼろぼろという訳ではなく手入れが行き届いていた。

 そして何よりこの物腰。状況から言えば、武器を構えた見知らぬ二人組と対峙する向こうの方が警戒するべきである筈なのに、特に気負った様子もない。

 それがポーズなら、こちらとしてももう少し肩から力を抜けるのだが、何か自然体って感じなんだよな……印象だと信用できそうな分、一番気を抜いてはいけないタイプである。


「君達も冒険者、か?」

「見りゃわかんだろ」

「……いや、お前の格好見てそう思う奴は居ないと思うぞ」

「んなもん俺の勝手だろ」


 挑発するように顎を上げたら、男ではなく赤毛が釣れた。お前はどっちの味方だ。今日の格好は俺の趣味とは少々ずれているが、普段もあまり相応しい格好ではないので一応反論はしておく。


「……怪我を、しているようだが」

「いや、返り血だ」


 顎で焼いている肉を示す。実際は"夜狩り"の返り血だが、血なんて緑だったり青かったりしていなければどれも同じに見えるものだ。それに、俺は嘘なんて言っていない。顎は動かしたがな。

 俺は俺をじっと見詰めていたが、ふ、と眉を下げる。


「そうか。怪我なら薬が必要かと思ったんだが、杞憂だったようだ」

「ご心配どうも」

「あんたも冒険者なのか?」


 ホワイトの問いに、男は頷いた。嘘は吐いていないだろうが、冒険者だからといって安心はできない。"夜狩り"も野党も殺し屋も、あちこち回るのであれば冒険者、だ。ぶっちゃけ、単なる浮浪者でも冒険者を名乗ることはできる。

 目の前の男は、戦える人間だ。世の中には見かけ倒しの筋肉もいるが、そういう奴等とは雰囲気が違う。それに……強い。

 それは確信がある訳ではなく、何となくという漠然としたものだ。自分の直感はあまり信用できるものではないが、だが、きっと、強い。


「何で俺達の前に姿を現した?」

「同業者のようだし、挨拶をしておこうと思ってな。野党と間違われて斬りかかられるのは御免だ」


 そう言って肩を竦める姿に敵意はない。今度は俺が男の顔を見詰め……大きく息を吐いた。

 内容は、まあ納得できる。また、挨拶というのが本当だと言うように、姿を見せてから柄に一度も手を掛けていない。剣を持っていても、他に戦闘手段がないとは限らない。ホワイトだって精霊術を使うし、スプリング銃もある。お前の場合は色々手を出しすぎだと思うが。


 さて、どうするか。このままで居る訳にもいかないし、敵でもない奴にいきなり攻撃を仕掛ける訳にもいかない。

 "魅力"を掛けるか?ただ、あまり得意じゃないからな……。

 その時。


 ぐうぅ……。


 ぱちぱち。焚き火の音が嫌に大きく聞こえた。


「えぇと……」


 ぱちぱち。瞬きをする俺の前で、男は目を泳がせる。炎に照らされただけではない、頬の赤みが答えだった。


「……あれ、食う?」




 静かな空気に、肉の焼ける匂いが広がっていた。






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