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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜会
113/161

113


 宴は続く。獲物の悲鳴を音楽に、残らず食い尽くすまで。

 紳士淑女の皮を被った化け物共も、目の前もこの男も、大嫌いだ。

 敵から目を離すなど自殺行為でしかないが、今この場でどうにかできるとは思えない。表に出せない感情を発散させる為に周囲を見渡すが、碌なものがない。


 眉を顰めて喰い漁る連中を見る吸血鬼。性分か見栄を張っているのかはわからないが、どうせ品のない連中を蔑む私カッコイイとか思っているのだろう。偏見?よく知らない吸血鬼への基本姿勢は、概ねこれで問題ない。

 俺と吸血鬼達の舌戦の間にも職務を遂行していた半吸血鬼達は、流石に今の状況には平静でいられなかったらしい。部屋の隅で固まって震えている。


 ……そういえば、半吸血鬼も何人かやられているんだったか。それが、"夜狩り"を止めようとした者なのか、ただそこに居ただけなのかは知らない。

 けれど、"夜狩り"が真っ先に狙うのは半吸血鬼だ。弱くても主人の命令に従って襲い掛かる半吸血鬼は、さっさと仕留めるのが定石である。


 "夜狩り"にとって、本意かどうかは関係ないのだ。半吸血鬼は吸血鬼の下僕であり、夜族。どちらにせよ狩るもの。弱いから、これでランクを稼ぐ奴も居るくらいである。

 人里が離れた塒を持つ吸血鬼は、半吸血鬼に餌を調達させることが多いので、町に下りてきたところをぐさーっとやるのだそうだ。楽な仕事だったと笑う"夜狩り"は、それなりに見てきた。


 殆どの半吸血鬼は、普通の人間より少し強いだけだ。それなりの経験がある"夜狩り"なら簡単に殺せる。しかし、それは現状ではそうというだけで、実際には吸血鬼な匹敵するだけの力はある、と俺は考えている。

 勿論個人差はあるだろうが、少なくとも人間にあっさり殺されるような力が、半吸血鬼の限界だとは思わない。規格外で比べるべきではないが、俺やブラッディローズがいい例である。


 なら、何故弱いか?と言われれば、俺は自信を持って断言する。餓えているからだ。

 吸血鬼は、半吸血鬼に餌をあまり与えない。余分な餌があるのなら自分が喰うし、半吸血鬼に必要以上の力を付けさせない為でもある。

 何せ、半吸血鬼でありながら主人を殺した前例があるからな。反逆を恐れるような小者連中には、死活問題である。

 奴隷には、生命活動ができる分にほんの少しだけ色を付けた量しか与えない。生かさず、ぎりぎり殺さず。成る程、合理的だ。


 そんな状態である半吸血鬼が、戦うことを生業にする連中に敵わないのは当たり前なのである。

 だが、死にたくないと足掻く気持ちもまた、生物として当然なのだ。だから、半吸血鬼は"夜狩り"に狩られる。人を襲う化け物だから。


 バルコニーの方に視線を向けると、ラジーの姿が見えた。俺の位置からでは、アンジェラは見えない。……ああ、見せないようにしているのか。

 純粋培養のお姫様には刺激が強い光景だからな。卒倒するくらいなら、可哀想であるがまだいい。最悪、これが普通だと認識する可能性もある。彼女は生まれつきの吸血鬼なのだ。血を吸うことに抵抗はない。


 普通ではない、どう考えても。

 けれど、普通でないからといって、やってはいけない訳ではないのだ。夜族に人間のルールは当て嵌まらず、吸血鬼は血を吸う生き物だ。

 ただ、非日常に羽目を外して楽しんでいるだけ。目に余る行動には眉を顰めても、それ自体を非難するものではない。

 ここに居るのは、皆同じ化け物なのだから。


「いや……っ!」


 突然上がった女の悲鳴に、視線を移す。

 給仕服を着た半吸血鬼が、悪趣味な服装の吸血鬼の手によって、部屋の隅から引きずり出されていた。

 助けを求めるように、白い指先が仲間達に伸びたが、誰一人その手を取ろうとはしない。見開かれた紅い目に浮かぶのは、恐怖。


「助け、助けてっ……!誰か……っ!」


 暴れる四肢を軽々と抑え込む吸血鬼が、舌舐めずりをするのが見えた。


 さあ、と。耳元で聞こえた音は、一体何なのだろう。

 わからない。わからないから気になって。


「ショー。……駄目だ」


 俺の腕を掴む手を見た。そこから視線を上げていけば、ヨキの真剣な顔に辿り着く。引き結ばれた唇。見返した紫の目は、じっとこちらを見詰めてくる。

 多少痛みを感じる腕はそのままに、視線を戻した。


 紅い、目。


「あ」




 助けて、の形をした唇が、吸血鬼達の向こうに消えていく。

 まっすぐ俺に伸ばされた指先を見ても、俺の身体が動くことはなかった。




「さて、私はそろそろお暇するとしよう」


 ドラクル・ナイトの言葉に、俺とヨキは顔を上げた。周囲で行われている狂乱を気にも留めず、男は涼しい顔をして俺達を眺めていた。

 僅かに上がった口端。普段の俺なら、それに対して苛つくところだが、不思議と何にも感じない。嫌でないのとは違う。どうでもいいのだ。どうでも、いい。


「近頃の若い吸血鬼は気概が足りないと思っていたが。いやはや、お前達のような吸血鬼が居ると知って安心した」

「……お褒めに与り、光栄です」

「重要なのは生まれではない。如何に吸血鬼らしく在れるか、だ。ヨキ・ナイトメア、ショー・ピール、これからも精進するがいい」

「肝に命じます」


 ヨキの礼に合わせて、黙って会釈をする。そんなことさえも、何だか他人事のように感じた。自分の意思で動いているのに、現実感がない。

 だが、微睡んでいるのとも違う。意識ははっきりしていて、けれど……酷く、冷たい。

 ……帰りたい。この場に、居たくない。もう、それだけでいい。


 血の匂いがするな。

 顎に手を当て、そう呟いた男は、俺の手を取った。あまりに自然な動きに、凪いだままの心は何の反応もしなかった。


 紅く滲んだ手袋に、赤い舌が触れるまでは。


「――――!」


 氷塊が滑り落ちたかのように、一瞬で総毛立つ背中。力任せに振り払った腕は、けれど相手の肉体を痛め付けることはなかった。


「若いな。それに、青い」

「っ……お前……!」

「ショー!」


 見せ付けるように舐めた唇から出たのは、揶揄だ。先程までが嘘のように、頭に血が上った俺を止めるヨキ。

 歯軋りと睨み上げることしかできない俺に対し、牙を剥き出して笑う男は、紛れもなく吸血鬼であった。


「つくづく惜しい。その血も、力も、半吸血鬼とは思えない程素晴らしいのに、お前を野放しにしているとは」


 "純粋なる吸血鬼"の考えることはわからん。

 おっさんが首を傾げたところで、可愛くも何ともねぇんだよクソが……!


「まあいい。セレネ・ピュアに捨てられたら、私の元に来たまえ。私はお前の価値を正当に評価しよう」




 ぎぢり。噛み締めすぎた奥歯が砕けた。






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