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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜会
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 愉しそうに見ている吸血鬼達からすれば、人間と人間の殺し合いなんだろうな。

 下等生物共が戯れ合う、夜会の余興。単なる酒の肴。どこまでも自分達は高尚で上位の存在だと思い込み、下賤のものを容認する遊び心を持っている。


 阿呆らしい。吸血鬼は確かに捕食者であるが、力のある人間達にとっては狩られる側だ。その力を、正義感なんてお綺麗なものではなく、ただただ自身の愉悦の為に狩る連中を見たことがあるか?

 それを上等だというつもりはないが、そいつらからすれば、お前達も虫も何の違いもありはしない。訂正、『遊び甲斐』があるだけ面白いと思われるだろう。


 より力のある者が蔑み、捩じ伏せる。馬鹿にできるのは、教われたところで返り討ちにできるからだ。

 敵わないとわかりきっている相手には牙を剥かない。腹を見せて恭順の意を示し、姿が見えなくなったところで舌を出す、卑怯で臆病で愚劣極まりない生き物。

 結局は同じだ。どうしようもなく、醜い。汚い。みんなみんな死んでしまえばいいのに。

 吸血鬼も、人間も、俺も、みんな。


「ショー」

「…………退けよ」


 俺と"夜狩り"の間に立ち塞がったヨキの背中。身体は正面を向いたまま振り向くと、後ろでくくられた髪が尻尾のように揺れる。

 さっさと仕留めようと思ったのに、邪魔すんな。


「彼等相手に、君が手を下す必要はないよ。勿論、逃がす訳にはいかないけれど」

「…………お前には、わかんねぇだろうな」


 多分、ヨキは。俺が人間を殺すのを嫌がると思っているのだろう。

 間違いではない。知り合いでもない奴が死んだところでどうでもいいが、気分は良くないと思う。だが、それは当たり前の感覚だろう?

 どうしたって俺は夜族なのだ。敵なら夜族も人間も区別なく殺すが、獲物として狙うのは、危害を加える力もない人間だけ。人間でありたいという気持ちも、夜族の本能の前では霞むのだ。


 それでも、生まれつきの吸血鬼にはわからないものがある。元人間でも、性格や境遇によってはわからないかもしれない。

 間違っているのが俺だけだとしても、見たくないものはあるのだ。だから、手を出そうとしたのに。


「ふむ、余興もそろそろ飽きてきたな」


 低く、艶のある声が響いた。

 壮年男性の姿をした吸血鬼が、一歩前に出る。短く刈られた髪と整えられた口髭は清潔感があり、立ち居振舞いにも余裕と品が見受けられた。こういう風に歳を重ねたい、と思う渋さがある。

 黒髪に金目。こんなくだらない夜会に参加する"守夜"が居るとは思わなかった。


「ドラクル・ナイト・グラスアコナイト……」


 ヨキの呟いた名前に、思わず眉を寄せる。

 基本的に他人に興味のない俺でさえ知っている"守夜"。恐らく、大陸で一番有名な吸血鬼だろう。もっとも、人間達にとっては彼をモデルにした戯曲を思い浮かべるのだろうが。

 竜を吸い殺したとか下僕にしたとか。嘘か真か付いた渾名が『竜公』という、尊敬していいのか笑っていいのかわからないおっさんである。


 ドラクル・ナイトは、俺みたいに派手にやらかすタイプではないが、常日頃から人間達にプレッシャーを与えるような正統派吸血鬼だ。

 その生き方は、ある意味ブラッディローズと通じる部分があるので、あまり好きじゃない。いや、まあ、実物を見たのは初めてだがな。


「ただ眺めるだけではつまらない。少しは身体を動かしたいものだ」


 君達はどうだ?と"夜狩り"から離れるようにして、遠巻きに見ている吸血鬼に声を掛けた。いい声だ。落ち着いて通る声は、聞く者の心に直接響く。

 顔を見合わせた吸血鬼共は、ゆるりと"夜狩り"に視線を移す。転がっている者、拘束されている者、未だ武器を持つ者。対象はそれぞれ違っても、それを見る連中の顔に浮かぶのは、確かな喜悦。


 自分の目が据わっていくのがわかる。ああ、本当にいい声だな、畜生。基本自分勝手な化け物共に、一言で同じ目的を植えつけさせるのだから。

 訂正しよう。"夜狩り"は、もう誰一人道連れにできない。




 ――お前達が迷い込んだのは、吸血鬼の夜会なのだから。




 甲高い悲鳴は、絶え絶えの吐息に変わる。開きっぱなしの口から、赤い舌が覗いていた。

 合間から時折見える瞳は虚ろであったり恍惚に蕩けていたり……何も見ていない、ということに変わりはない。役に立たないものなんて、いっそ捨ててしまえばいいのに。

 そう思ったのが俺だけでないのは、転がってきた球体が教えてくれた。完全な球というには歪だし、余計な紐も付いているそれの黒い部分が、俺の焦点と合った。よく見ると、そこには俺が映っている気がする。


 ぴかぴかに磨かれた革靴。色鮮やかなドレス。洒落っ気のあるチーフ。きらびやかな装飾品。

 真っ赤に染まる床をテーブルクロスに。獲物の服をナプキンに。カトラリーはその毒々しく塗られた爪か?しかし皿がない。

 美しい物に身を固めた紳士淑女が餌に群がる様の、なんと醜いこと。

 まるで、化け物のよう。


 血の匂いが、する。生きている血の匂いだ。すん、と鼻を鳴らせば、濃厚な香りが肺一杯に広がる。震えながら吐き出した息が、熱い。

 くらくらくらぁり。目眩がする。酒を飲んだときのように、頭が揺れて、足元も覚束ない。戦慄く唇。震える指先。

 肉体は溶けそうなくらいに熱いのに、どこかだけが酷く冷たい。


 くちゅ。あ。じゅう。あ。ぺちゃ、くちゃ。ぁ。濡れた音と喘ぎの生々しさに、耳を覆いたくなる。群がる吸血鬼が多すぎて、獲物の姿がはっきり見えないのが救いか。少なくとも、俺の。

 集る数が少ない"夜狩り"は、恐らく死んでいるからだろう。生気も味も劣る死体なんて、相当餓えているか死体愛好ネクロフィリアでもなければ好き好んで喰うものではない。

 抵抗もできずに蹂躙され、快楽の海に沈んで死ぬのと、屍を辱しめられるのでは、一体どちらがマシなのか。……どちらにせよ、開け放たれた檻の前で、獲物に選択肢はない。


「楽しんでいるかな。ショー・ピール」


 向けられた言葉に、一瞬で頭が冷えた。

 強く握った拳、吊り上げた唇。震えを隠し、不敵に相対する俺は、間違いなく『月狂い』の半吸血鬼、ショー・ピール・ブラッディローズ。


「まさかあの『竜公』にお声を掛けて頂けるとは、身に余る光栄」

「畏まらなくていい。セレネ・ピュアにも対等な口を聞くらしいじゃないか」


 それがどうした。お前には関係ないだろう。他人が突っ込んでんじゃねぇよ。

 内心での罵倒をおくびにも出さないよう、笑みをキープする俺。ドラクル・ナイトは驚いたように目を細めた。


「ふむ……私の半吸血鬼達でも、ここまで近付くと動けなくなるのだがな。ショー・ピール、お前は面白いな」

「どうも」

「ドラクル・ナイト閣下」


 視線だけを動かしたヨキの顔は、固い。威圧されているのだろう。目の前の吸血鬼に。

 俺だってそうだ。平静を装っているだけで、できることなら一目散に逃げ出したい。もしくは、座り込んで頭を抱えたい。

 そんな醜態を晒さずに済んでいるのは、この男が敵意を向けていない、という一点に尽きる。目の前の吸血鬼からすれば、俺など赤子にも満たないのだろう。


「お前は、確か……」

「ヨキ・ナイトメア・リゾルートプリムラと申します」

「ああ、アルフォンソの養い子か」


 敬愛する名付け親の名前が出たことで、ヨキの表情が僅かに動く。気付かなかったのか、気にした風のない男は、顎に手を当ててこちらを眺めていた。


「……閣下は、何故こちらに?閣下程の吸血鬼が、たかが"月僕"の主催する夜会にいらっしゃるとは思いませんでした」

「なに、ここの主とは少々縁があってな。夜会を開くというから、混ぜてもらったのだよ」


 この歳になると、若い吸血鬼と話をするのが楽しみになってくるものだ。

 そう言って笑う男の顔からは、他意はないように見える。……だからといって、それを鵜呑みにする気はないがな。

 握った指先を掌に立てる。手袋が邪魔で、なかなか裂けない。舌打ちの代わりに歯を食い縛る。


 とはいえ、これではもう話はできなさそうだ。周囲を見渡し、まるで他人事のように呟いた言葉に、拳がぎりりと鳴った。テメェが唆したんだろうが……!

 少なくとも、ヨキに邪魔をされた時点ならまだ何とかなった。動ける奴の息の根を止めて、倒れている奴に止めを刺して。既に捕まっている奴も、まあ、何とかできなくもなかっただろう。あの時点では、吸血鬼は観客だったのだ。


 それが、こんな。…………こんな、気持ち悪い状況になったのは、間違いなくこの男が焚き付けたせいである。

 ほんの僅かな干渉で、場の雰囲気を一気に動かした。




 気に食わない。何だかわからないが……こいつ、気に食わない。






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