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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
夜会
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111


 さらさらさら。小麦粉よりも細かいそれは、叩いたくらいでは落ちない。

 上着に続いて手袋もやってしまった……これが普段使いの物なら、適当にざぶざぶ洗うのだが、絹だしなー……。俺の着方だと鹿革は似合わないので、大体白である。


 掬って手袋を汚したのは俺だが、こんなところに放置すんなよ、と思う。見なければ別に放っておくのに、知ったら何かしなくちゃいけなくなるじゃないか。

 少なくとも、屋敷の主の耳には入れておかないと、後で何かあった時に付け入る隙を与える。既に色々やらかしてはいるが、一応名代なのである。一応な。

 面倒事に溜め息を吐きそうになり、慌てて呑み込む。


 残り方からすると、それ程時間は経っていないだろう。風は少なくとも、野晒しであれば形は崩れるし灰も飛ぶ。

 最初に溜め息で飛ばした分を考えても、結構残っているしな。しかし、一体どういう状況だったのやら。


 人目に付かない場所であるから、逢い引きか?一瞬頭に浮かんだ考えは、首を振って否定する。

 痴情の縺れからなら、バルコニーに居た俺達が言い争いに気付かない訳がないし、周辺が荒れていないとおかしい。となると、抵抗する間もなくやられたということになるが……。


 まあ、そういうことを考えるのは俺ではない。とりあえず、一度戻ろう。そう思ってバルコニーを見上げると。


「あれ?」


 ヨキが消えている。飲み物でも取りに行ったのだろうか。それにしては二人の様子がおかしい。

 室内に視線を向けて、顔を顰めるラジーに、困ったような、不安そうな顔をしているアンジェラ。蝙蝠もアンジェラを室内から遮るように飛んでいる。


 屋敷に近付けば、先程よりも騒がしい。硝子の割れるような音に、甲高い悲鳴。これが品のない余興でなければ、間違いなく何かが起こっている。

 名前を呼ばれて顔を上げれば、手摺からこちらを見るアンジェラ。顔が下を向くことで揺れる髪が、月に照らされてきらきらと輝いていた。


「何があった」

「"夜狩り"が居るようです」

「"夜狩り"?」

「数は広間に居る奴だけで四人。半吸血鬼が何人か、"月僕"が一人やられてる。結構やるな」


 アンジェラの後ろからひょいと顔を出したラジーが、状況を説明してくる。

 満月には足りないとはいえ、"月僕"相手に勝つとは手練れなのだろう。だとしたら尚更意味がわからない。

 いや、Aランク以上なら殺せなくもない。ないだろうが……そこまで生き残るような奴が、新月でもなく、しかも大勢の吸血鬼が居る場所に突っ込むような自殺行為をするとは思えない。


 そもそも、どうやって"夜狩り"は何故ここにいる?この屋敷は山の奥まったところにあり、人里から離れている。まあ、これに関しては、近隣の被害状況から"夜狩り"ギルドに情報が集まっていることもあるので、絶対とは言えないが。

 また、そうして居場所を特定したとしよう。それにしては、下調べが足りないように思う。夜会自体は隠していない為、慎重に様子を伺っても吸血鬼がわんさか居るとわかる筈である。

 なのに突っ込んできたということは、それすらも考えない馬鹿、もしくはそれでもいけると思っている馬鹿、ということになる。

 しかし、先程も言ったように、高ランク"夜狩り"ならそんな馬鹿はやらかさない。そして、そんな馬鹿なら、いくら脳足りんが多い"月僕"だって殺されはしないだろう。……多分。きっと。恐らく。自信はない。


 だがまあ、多少やるとしても、精々が道連れを数人作れればいい方だろう。

 基本的には、圧倒的な力の差がある狩りしか行わない連中だが、そんなんでも夜族だ。何より、数というのは力である。普段は人間達の専売特許であるが、今この場においては逆転している。

 つまり、"夜狩り"が生き残る方法等ないのだ。……誰かが手助けでもしなければ。


 俺は、どちらの側に立つべきなんだろうな。

 俺は夜族だ。狩られる側だ。数多の人間達を殺し、獲物として喰い漁る化け物。

 セレネの代わりとしてこの場に来ている以上、ある程度は吸血鬼の味方をするべきだ。

 だが、俺は"夜狩り"でもある。元人間だから。吸血鬼が嫌いだから。数多の吸血鬼を殺し、時には獲物として喰い漁る半吸血鬼。

 広間に向かおうとしていた足を止める。


 どちらにせよ化け物なのだから、立場なんて変わらない。変えられるとするならば、それは自分の心だけだ。

 俺の心。正直な気持ち。そうすべきだと考えるのは夜族としての俺で、できるならどうにかしてやりたいと思うのは人間としての俺。

 前者は合理的なもので、後者は現状から離れている感情。だからこそ、何の見返りも持たないそれを、ただただ美しく尊いものだと考えるのだろう。人間であれば。

 瞼を下ろす。暫くそのままでいて……目を開いた俺は、足を動かした。


 壊れた調度品。

 血の跡が残る絨毯。

 不規則に落ちている灰の固まり。


 聞こえ始める嗤い声。


 開け放たれた広間の扉をくぐった俺は、一番近くに居た"夜狩り"を縊った。


「おまっ……ぇえ!」

「うぜぇ」


 逆上して襲い掛かってくる"夜狩り"。その手に握られた銀を、丁度手に持っていた物を盾にして防ぐ。どぷり。流れる紅が"夜狩り"と俺を染め上げた。

 こんなこと、予想もできただろうに。けれど、"夜狩り"の手から一瞬得物を握る力が抜けた隙を見逃さず、掴んでいる物を放り捨てた。無意識に追ってしまったその身体に、靴の先を埋める。ああ、潰れたな。


 蹴られた"夜狩り"は、テーブルクロスを巻き込んで絨毯の上を転がった。散らばる料理。原材料と顔も知らぬ半吸血鬼であろう料理人に、内心で合掌を贈る。

 奇妙に痙攣する"夜狩り"の口からは、黒っぽい血混じりの吐瀉物が吐き出されている。汚い。あんまり近寄りたくないなぁ。


 ぐるりと広間を見回すと、倒れているのが俺がやったのを含めて三人。二人が吸血鬼に拘束され、負傷しながらも二人が武器を構えていた。

 ラジーが言っていたのより増えている。これで全部なのだろうか?取りこぼしがあると面倒だから、侵入者の捜索は頑張ってくれよ、屋敷の半吸血鬼諸君。


「吸血鬼の夜会に乱入とか、馬鹿だろ。そんなに死にたかったのか?」

「……お前、クリムゾンローズの」

「残念。俺は真紅ではなく血塗れだ」


 ご覧の通り、な。腕を広げながら唇を吊り上げれば、歯と歯が擦れる音がした。この程度の挑発に乗ってくれるなんて、若い子ってやっぱいいなー。おいちゃん嬉しい。


「化け物が……!」

「だから?」


 そんなことお前に言われずとも知っている。

 お前の爺さんの爺さんの爺さんの爺さんの爺さんの爺さんの爺さんの爺さん残り省略が生まれる前から化け物なのに、それこそ今更だ。


「さあ、来いよ」




 俺にできる最高の優しさで、殺してやる。






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