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アンジェラが来たことでより目立つ集団になった俺達は、野次馬共の視線から逃れる為にバルコニーに出た。
それでもアンジェラの魅力にふらふら寄ってくる虫みたいな連中は、しっかり睨みを聞かせておいたので大丈夫だろう。
普通に外の風に当たりたい奴?余所行けば?
外からこっちを覗こうとする奴には蝙蝠が居るし、目に余るようなら"夜殺し"を出してもいい。
なに、女性を覗き見しようとするような輩に手加減なんざする必要はない。正義は我にあり、だ。
夜会に出てきたのに、結局広間から外れてしまった。俺はそれなりに料理を堪能したが、来たばかりのアンジェラにはつまらないかもしれない……と心配したのだが、見知った顔に囲まれているので不満はないようだ。
まあ、普段も両親の下僕である蝙蝠や元人間の半吸血鬼に囲まれて、ユーリ・ナイト黙認の顔見知り意外としか関わらないしな。いつも通りと言うか、もしかしたらそれが夜会と思っているとか……ありそうである。
だが、特に問題はないか。視野が狭まるというのは否めないが、初めはまともな奴で慣れてからの方がいいと思うんだ。夜族ってだけでまともじゃないという突っ込みはなしで。
中が盛り上がってくれば、多少はアンジェラから興味も薄れるだろう。とりあえず、引っ込む前に飲み物は確保したので、話でもしながら時間を潰すとするか。
「もっと前から知ってたなら、アンジェラに土産の一つでも用意したんだけどな」
サフィルスの周りでは蒼玉が採れた筈だ。矢車菊の様な優しい青のものや、深く透明な蒼。今夜のドレスなら、結構合いそうだったのに……くそう。
まあ、あらかじめ渡せないのなら、どちらにせよ一緒か。彼女のコーディネートは、上から下まで下僕達の腕が思う存分発揮される。
俺にわかるのはいいか悪いかくらいなので、想定外の装飾品を加えて、それを崩したくはない。その場で着けてくれるような娘であるなら、尚更だ。
「私、ショーにお会いできてとても嬉しいです。今回はどちらに?」
「んー、色々行ったよ。最近ならサフィルスで厄介事に巻き込まれたり、昨日まではオパリオスに居たりね」
「巻き込まれたんじゃなくて、お前が起こしたんじゃねぇのか?」
「僻みうざい」
自分が外に出られないからって、俺に突っかかってくるとは……これだから木苺男は。ヨキにグラスを持たせて、やれやれと肩を竦めて見せれば、ラジーの持ったグラスが割れた。混ぜ物をされたワインのにおいが、酒精と共に広がる。
「物は大事にしろよ。これだから若い吸血鬼は」
「ショー、他人のこと言えないよね」
「おや、こんな所に一応葡萄水の入ったグラスが」
俺とアンジェラは葡萄水を選んだのだが、ワインだけでなく、こちらにまで血を混ぜているらしい。不味い。アンジェラも笑ってはいるものの、少々苦さが混ざっているそれを見れば、気持ちは同じ筈だ。
グラスを持つ手を、見せ付けるように持ち上げれば、冗談だよ、と一歩分下がる。こちらとしても本気でやるつもりはなかったので、一応葡萄水の入ったグラスを一気に干す。……不味い。もう要らない。
「誰が好き好んで悪魔やら教会やらに手を出すか。向こうが突っかかってきてんだよ」
「悪魔って……それはまた」
「しかも微妙に見た顔だったのがむかつく。何考えてんだか知らねぇけどな」
……いや。目を細める。少なくとも、目的だけはわかっている。
ジニーを作って、甦らせる。
悪魔は嘘を吐かない。やると言ったなら必ずやるのだ。
もっとも、この言葉に関して抜け道はある。だから、ただ俺への嫌がらせだけで言っただけといえばそうなるのだろう。……でも。
愛している。今までも、これからも、ずっと。それは、俺の中にもあるものだ。自分勝手で汚い言葉。それがないと生きられないのだ。あいつも、俺も。
「ショー?どうされました?」
「え、あー……いや。ごめん、ぼけっとしてた」
「私のせいでご迷惑をお掛けしてしまったようですし……お疲れなのではありませんか?」
「そんなことはないよ。君に美しさに見惚れたというのはあるけどね」
いつも通り、にこりと笑ってみせれば、不安そうな顔が綻んだ。あー、癒されるー。
こういう当たり前のコミュニケーションが当たり前じゃない連中に囲まれていると、ちょっとしたことで感動するから困る。訂正、別に困らないからどんどん来てください。
「俺だけ話しても面白くなくね?何かないの」
「俺に言うか」
「私も特に」
「ショーに比べたらね」
アンジェラはともかく、野郎共、少しはネタを提供しろ。木苺は『父』のやらかすアレやコレがあるだろ。
と思ったが、見方を変えるとただの痴話喧嘩になりそうなので言わないでおこう。親子かつ野郎同士なのにそう見えるのは、主にレト・ナイトのせいである。
「ああ、でも、最近大陸教の様子がおかしいみたいだ」
「んー……どっかで聞いたことある気もする」
「教皇の体調が良くないらしい。まあ、人間にしては高齢だからね」
今の教皇は、確か八十かそこらだっただろうか。産まれた頃には『亜人狩り』の爪痕もすっかり消えていた――人間からすれば――からか、亜人に対しても好意的な人物だと聞く。
そのせいで、民衆からは穏やかな人物だと人気がある代わりに、教会の中では過激派と穏健派の対立が起きているとか。そういうのを聞くと、宗教家って権力に執着する奴多くね?と思ってしまう俺が居る。
古代図書館が襲われたのも、それが関係しているのかもな。言われてみると、事件後にちょろっと説明されたような気もするが、関係ないと思っていて覚えてない。ソシ・レの方が気になっていたというのもあるかも。
代替わりに対して、今の内に力を付けておこうというところか。大きい組織なので、宗教心だけが取り柄の馬鹿に就かれても困るが、目的の為に手段を選ばない連中がトップになるのも嫌だなぁ。願わくは、俺に手を出すことの不毛さがわかる奴が就きますように。
それにしても、ヨキからこういう話が出るということは、議会からまた何か押し付けられているのだろうか。
"月僕"の中でもそれなりに力があり、物腰の柔らかなヨキは、議会からすれば扱い易い吸血鬼と思われている為、色々な雑用を任されることが多い。
ヨキも断りゃいいのに、種族の為になるならば、と引き受けるから押し付けられるのだ。
本人が好きでやっているだけなら、俺だって何も言う気はないが……変なのを引っ張りあげられると、何故か俺も議会に呼び出される。
あの爺共は、半吸血鬼だから何やらせてもいいと思っていそうだ。てめぇらの頭に風穴空けてやろうか。しかし、向こうは"純粋なる吸血鬼"が多いので自重する。ビビってるとか言う奴は齧るぞ。
「俺に来る前にどうにかしろよ」
「うーん……それは動き次第かな。寧ろ今夜は」
「あら?」
不意に聞こえた声に、視線を移す。外を見ていたアンジェラは、話を邪魔したと気付いたのか謝罪をしてきた。それに気にするなと返し、彼女が見ていた庭に、俺も目を向ける。
手入れの行き届いている庭には、たくさんの薔薇が植えられている。家主の趣味なのか、ピンク系の大輪が多い。
あれって落ちると汚く見えるから、掃除する側は大変だろうなぁ。それをやるのは半吸血鬼だろうが。屋敷では紅い目をした召使が、客の迎えや給仕で忙しなく動いていた。
「アンジェラ?」
「先程、何かが動いた気がするのですが……」
「動物かな?」
後ろの会話を聞きながら、手摺から身を乗り出す。可愛い小動物なら、アンジェラに見せてやりたいんだけどなー。影になる部分に目を凝らした。……うん?
なぁんかあそこ気になるな。僅かな違和感にもやもやする。気にしないようにすれば放っておける程度のものでもあるが……まあ、ちょっとくらいいいだろ。
断りを入れて、バルコニーの手摺から飛び降りる。このくらいの高さなら翼を出す必要もない。が、革靴の底が芝生を抉ったことで後悔をした。やばい、土汚れなんか付けたら間違いなく蝙蝠に怒られる。
気分は急降下したが、やってしまったものは仕方ない。石の敷かれた部分で底を擦り、先程違和感を感じた植え込みまで向かった。
多分、この辺だよなー。下から根元や枝を覗くが、生き物が居る気配はない。小動物なら夜族の気配で動けなくなっている可能性もあるが、そこまで近付く前に逃げ出そうとするだろう。その物音さえしないのだから……違和感は気のせいか?
ある程度探したが、何も見付からない。何やってんだろうな、俺。このどうしようもない感情を吐き出すつもりで息を吐いたら、舞い上がった砂埃に噎せた。いや、マジで何やってんだよ!俺!
上着に着いた白い砂を払い落とす。生地が黒いから目立つのだ。くそう、中々取れないなこの――。
ぱちりぱちり。瞬きをして。
気付いたことに息を呑んだ。地面に溜まったそれを掬い上げる。
さらさらと掌から溢れる、灰。
あらすじを変えたり戻したり……迷走しています。




