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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
サフィルス
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吸血ありです。ご注意!


 精霊術の効果は術者によって変わる。

 精霊は目に見えない為、同じ精霊に干渉しているとは証明できないが、同じ場所、同じ時間で同じ術を使ったとしても、同じ効果が起きるとは限らないのだ。


 また、術者が同じでも効果にばらつきはでる。

 精霊術を使うためには、自身の生気操作は必要不可欠だ。そしてその操作は、術者のコンディションに左右される。一番重要なのは集中力で、これが足りないと術を制御できないどころか発動すらしない。

 その為、言葉や文字、道具等、術者は自分なりの集中法を使って精霊術を行使するのだ。

 国によっては重要な施設に精霊避けの結界を張っている場所もあるが、精霊術封じは術者の集中を乱すことが最も単純で効果的であると言えよう。


 顎を掴んでいた手を離すと、がくり、頭が落ちた。衝撃で噎せている間に目の前の服を引っ張る。留め具が外れ、なおもぐいぐい引っ張っていれば、腕も抜ける。

 アンダーも同じように引っ張れば、生地の違いで破れた。特に気にしない。どうせ俺の服じゃねぇし。

 布をホワイトの口に突っ込み、ついでに左手で塞いだのだが、何だかうーうー唸っている。人語しゃべれよ。


 破れた服から覗くのは綺麗な背中だ。傷がない訳ではない。全て塞がってはいるが、大小合わせて幾つかの傷跡は残っている。

 縦に真っ直ぐな背骨。左右対称の肩甲骨。無駄のない筋肉と言うのだろうか。筋肉隆々ではないが、皮膚の上からでもわかる固さ。女子受けしそうな背中だ。くそ、羨ましい。

 訂正。綺麗な背中ではなく格好良い背中だ。普通に言葉を間違えたが、よりによって野郎に対して使うべきでない言葉と間違えるとは……ショー・ピール・ブラッディローズ、一生の不覚。


 さて、どうするか。背中にぺたりと掌を置いて考える。鳥肌が立つ広い背中。以前知り合いの女淫魔(サキュバス)にやられたことがあるが、これ、ただ触られているだけなのにかなり不快になる。

 多分、無防備な姿を晒していることを思い知らされるからなのだろう。もしくは屈服させられていると感じるからか。自分の意思ではなく背中に触れられる。本能が警鐘を鳴らす。


 背中に置いていた手を離せば、あからさまに肩の力が抜けた。思い出したように脚をバタつかせ始めたので、背骨を撫でる。びびっと全身に力が入る様は、まるで毛を逆立てた猫のようだ。

 何度か嫌がらせに撫でていたが、飽きてきたので爪を立てて引く。薄い皮膚を破る痛みに、ホワイトの身体が大きく跳ねた。口を塞ぐ手に力を入れることで制す。


 最近爪を切っていなかった為、背中には五本の赤い線がはっきり残った。じわりじわりと赤が滲み、線はぼやける。

 皮を剥ぐように爪を皮膚と肉の間に入れようとすれば、俺を振り落とそうと身体を捩る。爪を立てて線を引き直せば大人しくなったものの、震えは収まらない。


 さて、どうするか。適当に傷口を抉りながら考える。痛めつけられるくらいなら痛めつけたい派だが、加虐趣味はないので拷問とかはよくわからないのだ。

 理想はこいつがもう二度と関わってこないことだ。但し、これまでも殴ったり投げたり折ったり撃ったりして来たのに、何ら変化が出てないのは何故だ。


 ――いっそ殺すか。


 殺したくない理由がある訳ではない。殺してはいけない理由もない。駄目とは言われていない。どうでもいいから適当にあしらって来ただけだ。

 考えれば考える程、冷たいものが胸に広がる。そうだな、それがいい。きっと。これは獲物。俺の餌。


 傷口に唇を寄せる。ちゅう、と吸えば口に広がる血の味。

 ……相変わらず不味い。酸化したから余計に不味くなっているというのはあるにしても、不味い。若い頃の不摂生は三十路になると一気にくるぞ。

 男が動いたことによって流れる血液を舌で止める。不味いが、元々の生気量は多い。左手を回復するためにも、生気は多い方がいい。

 震えが大きくなる背中を手で押さえ、肌に伝う血を舐め取り、吸い、治癒作用によって塞がりかける傷口に舌を差し入れる。ぷちゅ。平面に近い背中では、上手く吸えずに間抜けな音がした。


 そういえば。ふと気付く。大分大人しくなったな。まさかこの程度で貧血起こすほど血の気の少ない奴ではなかった筈だが。口を塞いだ手でぐっと首を曲げさせる。


 溜まっていた涙が溢れた。

 俺を睨み付ける赤い虹彩。


「……男がこんなんで泣くなよ」


 俺なんて昔もっとエグいことされたことあるぞ。つか、今現在俺の方が痛い思いしてんだろうが。主に左手とか。

 俺の言葉にホワイトはより眼光を鋭くさせた。まるで炎のようにギラギラ光っている。


 深く息を吐く。口から手を離せば、男は布を吐き出した。唾液の染み込んだ服の残骸が濡れた音を立てて落ちる。


「てめっ…………!」

「喧しい」


 男の文句を聞く前に首に噛み付く。押さえきれなかった悲鳴を上げるこいつに言いたいことは一つ。お前本当に男としてどうよ?


 ――やっぱり不味い。


 生臭くて、酸味が舌を刺して、飲み下せばいつまでも喉に絡み付くような後味の悪さ。

 一応旨味らしきものもあるが、ほらお前これ好きなんだろ!と言いたげなパンチ力。なんというか、生命活動は維持できるが身体に悪そうなジャンクな感じ。


 思えばこの色餓鬼は最初っから不味かった。……余計なことまで思い出してげんなりする。あれも一生の不覚だ。というよりこの男と出会ったことが俺の人生において間違いだったのだろう。

 吸血は吸う方もそれなりに興奮するものだが、何故こんなに憂鬱にならなくてはいけないのだろう。それだけこいつの血が不味いということか。俺に謝れ。


「……お前、マジまじぃ」

「うっ……せ、馬鹿死ね……!」


 少し口を離せば首を捻って飛ぶ罵声。真っ直ぐ睨み付けてくる赤い目。綺麗な顔をした奴が怒ると怖いと言うが、悪人面寄りだとなお怖い。子供が泣くレベルだ。


 ……この顔に騙されたのだ。


 認めるのは癪だが。非常に癪だが。この顔に、この赤い目に騙されなければ、不味い血を飲まされずに済んだのだ。騙されて、うっかり間違えて、こんな風にずるずると腐れ縁を続けている。

 悪いのは俺ではないのだと全力で主張する。異論は認めない。こいつがあんな時に、あんな顔をするから。


「お前が悪い」

「は……?……み、っかんね……」


 お前には理解できないだろうよ。言葉にせず、牙を立て直す。先程より高い悲鳴。お前人来てもいいのか。

 じゅう、と吸えば癖のある味が口内に広がる。不味いー、不味いー、じゃあ何で俺はこいつ喰ってんだ?

 毎度毎度邪魔だから。仕置きのつもりで。女の子と違って手荒に扱っても問題ないから。この顔が結構気に入っているから。

 色々考えてみるが、どうもしっくりこない。何なんだろうな、本当に。

 でもまあ、間違いなく言えることは。




 多分、きっと、お前が悪い。






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