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「ダドリー・ナイトメア・グレイトバーダック閣下?」
先程蹴りを止められた仕返しも兼ね、奴が息を吸った直後に声を上げた。
開きかけた口はそのままに俺を見るラジー。はは、間抜け面。
腹を抱えて笑いたいが、今は顔面を崩壊させている場合ではない。如何に格好良く、夜族らしい笑みが浮かべられるか。唇の吊り上げすぎにもご用心、だ。
「何だ貴様は!」
「ご覧の通り。穢らわしき半吸血鬼、ショー・ピール・ブラッディローズ」
胸に手を当て、にぃと笑う。芝居と割り切れば頭も下げられるが、まあ、そこまではしなくていいだろう。目的は馬鹿にすることだし。
俺の名乗りに、不審な目を向ける野菜吸血鬼。あれ?俺が怖くないのだろうか。先程の騒ぎで、俺が『月狂い』だということはバレていると思っていたが。
それが気にならない程、強いの、か?それにしては聞いたことのない名前なんだが……。若い吸血鬼でもあるまいし、『月狂い』を知らない訳はないだろうし。
内心首を傾げる俺に、吸血鬼の怒声が飛んでくる
「半吸血鬼風情が邪魔をする気か!」
「邪魔等とんでもない。"尊き血"たる吸血鬼に、五百も生きていない若造が相手をするのも失礼かと思っただけですよ」
若造、でラジーに視線を向ける。初めは状況に着いていけず、目を白黒させていたのだが、餓鬼扱いには鼻に皺を寄せた。そういうところが餓鬼なんだよバーカ。
「もっとも、私も五百を過ぎて十数年。ましてや半吸血鬼ともなれば、"月僕"閣下のお相手には不足でしょうが」
「……待て。"尊き血"、だと?半吸血鬼が?」
何馬鹿なことを言っていやがると言わんばかりの態度に、疑問符が浮かぶ。『月狂い』と呼ばれるくらい暴れる夜族はたまーに出るらしいが、俺の知っている限り、『月狂い』の半吸血鬼は俺だけの筈である。
もしかしたら遥か昔には居たのかもしれないが、それなら確実に年上だろう。……もしかして、さっきは広間に居なかったのか?
阿呆みたいに群れるのが好きなんだから、誰か一人くらい教えてやれよ。嫌味や嫌がらせは、ある程度レベルが近くないと成立しないのである。このままではつまらない。
「人間共には『子供狩り』と呼ばれる程度の小物ですので、ご存知ないかも」
しれませんが。凍り付いた表情に込み上げてくる愉悦。残りの言葉を言い切るのには苦労した。
ふふふ……良かった、俺の知名度が低いということではなくて。別に有名願望があるという訳ではないが、無駄に偉そうな馬鹿が半吸血鬼如きの一挙一動にビビる様子を見るのは、それなりに面白い。
そういうところが敵を作る、というのはわかっているが、嫌いな連中にどう思われたとしても関係ない。気に入っている奴に憎まれたらへこむが。
「そ……その『子供狩り』が何の用だ」
「ですから閣下のお相手に。若輩者如きに邪魔をされては、さぞお怒りでしょう。だからこそ、名乗られたのでは?」
「い、いや、私は」
「本来なら無礼を働いた当人が相対するのが道理ではありましょうが、あれには役不足でしょう」
あ、それっぽいことを適当に考えていたから間違えた。役不足って、それ本音。怒るかと思ったのだが、その余裕もないようで気付かなかったらしい。良かった。
「半吸血鬼とはいえ、私とて"尊き血"。あれよりはお楽しみ頂けると思いますが」
偉大なるダドリー・ナイトメア閣下?囁く為に顔を寄せ、小首を傾げる。顔を蒼白にさせた吸血鬼は、あちこちに視線を彷徨わせた。こんだけ俺が下手に出てやってんのに失礼なおっさんだな。
それとも何か、俺の顔が至近距離の直視に堪えかねるとでも?彫りが深いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ化け物共が。決めた。やっぱり蹴っ飛ばそう。
笑みはそのままで不穏な雰囲気を出す俺に気付いたのか、吸血鬼は慌てたように口を開いた。
「いや、その、そちらの吸血鬼が随分若いな、と思ってね!彼女の前で良いところを見せたいようだったから、花を持たせてやるつもりで」
「成る程。若輩者にも気を配られるとは、"月僕"閣下の懐の広さに感服致します」
「そ、それほどでもないさ!」
あとは若い者達でゆっくり!と、何か色々間違っている台詞を残して、おっさん吸血鬼は去っていった。
その後ろ姿を呆れ顔で見送る俺とラジー。すると、アンジェラが小さく首を傾げた。さらりと揺れる前髪。
「あの方はどうされたのでしょうか?」
「気にしなくていい。君の人生には二度と関わらない男だから」
「そうなのですか?」
「そうなのですよ」
笑いながら言葉を返せば、アンジェラは不思議そうに瞬きを繰り返した。うんうん、君はそれでいいんだよ。隣の蝙蝠が凄い目であの吸血鬼を見ているのなんか気付かなくていいからな。
俺に蝙蝠の見分けなんて付かないが、アンジェラのドレスより少々褪せた青のリボンを首に巻いた蝙蝠は、恐らくいつもの奴だろう。
彼女の父親、ユーリ・ナイトの半吸血鬼である蝙蝠は、主人はもとよりその妻ルナ・ピュアと、娘であるアンジェラに対しても誠心誠意仕えている。
アンジェラに付き従い、不埒者から『姫様』をお守りするのだ!と叫んでいたこともあったなぁ。確かあの時はラジーの目を潰そうとしていた気がする。濡れ衣どんまい。
まあ、そんな主人一家らぶの下僕だから、間違いなく主人に報告するだろう。そして向こうは妻子らぶである。蝙蝠のちっこい目玉と頭に焼き付けられた愚か者の末路なんて、想像に難くない。
そんな訳で俺の言ったことはその場しのぎの嘘ではないのだ。"守夜"の怒りを買うなんて普通に嫌だが、自業自得だから諦めろ。
まあ、おっさんなんかどうでもいいか。
「やあ、アンジェラ。久しぶり」
「お久し振りです、ショー。今宵は良い夜ですね」
「全くだ。君が居るなら、例え嵐の夜だって素晴らしいものになるだろう」
繊細なレースに覆われた手をそっと握って、その甲に唇を落とす。はにかむ愛らしい姿に、こちらの頬まで緩んだのがわかった。ああ、可愛い。
俺の周りの女性陣は色んな意味で逞しいタイプが多いので、この反応には本当に癒される。特に、自称ボトルとヨキの娘はアンジェラの爪の垢を飲ませて貰え。あ、でもアンジェラはマジ天使だから代謝なんてないか。残念。
「ラジーもお久し振りです。レト・ナイト様はお元気ですか?」
「元気だ。……が、折角外に出てこれたんだからあいつの話は止めてくれ……」
「アンジェラは悪くないだろ」
「俺だってそうは思ってねぇよ」
「楽しそうだね、僕も混ぜてくれないかな」
笑いながら入ってきたヨキは、俺と同じようにアンジェラの手の甲に口付けた。……くそ、俺より様になっていやがる。綺麗なものは綺麗なので諦めるしかない。心のハンカチをぎりぎりはするが。
「で、お前はやんねぇの?」
「……俺が、あれを?」
思いっきり眉間に皺を寄せるラジー。まあ、似合わないもんな。レト・ナイトとはまた違う感じに犯罪臭のする画になるだろうし。本人のキャラでもない。
だがな、ラジー。男にはやらなきゃならない時っていうのはあるんだぜ。ラジーを見るアンジェラの目には、確かな期待。ついでに、蝙蝠が発する威圧感。
それらを前にして、自分無理ですすみませんと言える者が居るだろうか。
やっぱるクソ似合いませんでした。まる。




