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青白い顔で部屋を出ていく吸血鬼を見送り、俺は食事に戻る。
うん?何かちょっと減ってるような。ラジーを睨めば、悪びれた様子もなく美味そうだったからとか……とりあえず足を踏んでおいた。文句は聞かん。俺の皿の上に乗っているものは俺のものだ。
何だかわからない魚のカルパッチョにフォークを立てようとするが、油で滑って上手くいかない。皿を鳴らしながら悪戦苦闘していると、また近付いてくる気配。
「やあ、ショー、ラジー。いい夜だね」
また無駄にキラキラした奴が来たよ……。とはいえ、今度は一応知り合いだ。漸く刺せた魚を口に入れている俺は、とりあえず軽く顎を引いて返した。
見た目は、金髪紫眼の若い吸血鬼だ。勿論見た目通りの年齢ではなく、六百は超えている。
ヨキ・ナイトメア・リゾルートプリムラ。
名前が表す通り、"月僕"の吸血鬼だ。"月僕"のくせに元人間や人間にも好意的な、変わり者の吸血鬼で、こうして俺にも普通に接してくる。ラジーと同じく、ヨキは俺にとって恐らく友人という分類に入るのだろう。
「馬鹿に絡まれたばかりの俺に言うか?」
「あれは、ショーも悪かったよ。彼の娘を殺したのは本当なんだろう?」
「まあな。でも、向こうも殺る気だったぜ」
「だとしても、辛いんだろう。僕にも娘が居るから気持ちはわかるよ」
その言葉に、周囲を見渡す。俺の様子を見たヨキは苦笑しながら、今日は一人だよ、と言った。面倒事が増えないことがわかって安堵の溜め息を吐く。『お父様』が大好きな赤毛の娘は、何かと俺達に突っかかってくるのだ。
何十年かに一回くらい、こうして夜会に出ることがある。それはセレネの代理であったり、一緒に行こうと誘われたり、知り合いから直接招待されたりだ。特に後者の方では、大体メンバーは決まっている。
そして、その場にヨキが来ると大体その娘、ベルナデッダも着いてくる。理由は、『お父様を悪い虫からお守りする為ですわ!』だそうだ。悪い虫イコール俺達ですねわかります。
ヨキは親馬鹿という程ではないが、こっちは間違うことなくファザコンである。吸血鬼と人間の親子は、元々が他人から始まるせいか異常にイチャラブする連中が多い。実はラジーやヨキの方が珍しいのだ、残念なことに。
「セレネ・ピュア様もそうだと思うよ」
「奴のことには触れるな」
苦笑するヨキに、反射的に返した声は、自分でもわかる程に固い。ヨキの、眉を下げて小さく謝る姿から目を逸らした。
守るのは下僕の仕事だ。だから、何故助けてくれなかったのだろう、なんて、下僕の言葉ではない。
……それでも。助けてくれれば、きっと、助かったのだ。吸血鬼らしい残酷さで心を傷付けて。それでも。
筋違いもいいところだとはわかっている。だから、どうしていいかわからなくなるのだ。恨み。諦念。罪悪感。それらを、俺は見たくないのだ。責める理由は、そのまま責められる理由になるから。
本当に触られたくないのは、俺の心だ。
「……悪い。八つ当たりした」
「なんだかんだ言って、ショーはいい子だよね」
「餓鬼扱いしてんじゃねぇ!」
「最初の印象が強いからね」
百年程度長く生きて居るからといって、年上面されるのはうざい。こいつの場合は子持ちだからよりそう思うのかもしれないが、年下に対して妙な責任感を持つのは止めて欲しい。暴力なら俺の方が強いっつの。
最初のってあれだろ、俺を取っ捕まえたやつだろ。確かに俺は負けた。ああ、負けたとも。だが、負け惜しみでもなく、サシでやったなら負けなかった。ヨキの能力は戦闘向きではない。
「今ここで、やり直してもいいんだぜ?」
スカーフを掴んで引き寄せて囁いた。ヨキは俺より背が高い為、不格好に背中を曲げる形になる。はは、その高そうな服に変な皺を付けてやる。
締めているつもりなのだが、顔色も変えずに遠慮しておくよ、と苦笑するヨキ。鼻を鳴らして、手を離す。
解放されたヨキは襟元を直した。そんな仕草でさえ様になるのだから、美形は得である。見惚れているお嬢さん方は冷静になるべきだ。こいつには嫉妬深いコブが付いている。
「折角来たのだから、夜会を楽しもうじゃないか」
「アンジェラが来ないなら帰る」
半吸血鬼が"月僕"ばかりの夜会で楽しめる訳がない。それなのに俺が来た理由なんてそれだけだというのに、楽しみがまだ来ない。
まさか、この期に及んで駄々を捏ねてんじゃねぇだろうなあの親父。親父と表現するには美しすぎる男の顔を思い浮かべる。
普通にしていれば冷たい美貌なのに、妻子が関わると途端に崩れる男は、正に残念な美形。俺の知り合いには多いタイプである。
「ああ、だからか。ショーが出てくるなんて珍しいと思ったけど」
「俺をダシにする奴が多くてなー。まあ、可愛い女の子の希望なら仕方ないが」
冷たい目を向ける先には、名前だけなら可愛い髭面男だ。こいつのせいでレト・ナイトに睨まれたと思うと、むかむかしてくる。
一応自覚はあるのか、ラジーはこちらの会話には入らず黙々と料理を食っていた。奴の皿の上の料理を浚う。何だその目は、お前の皿の上のものは俺のものだろ。
皿を綺麗にし尽くした頃、部屋の空気が変わった。静かなざわめきが広がる。なんだかんだこちらを伺っていた連中も、ある一点に視線を向けていた。
部屋に入る。ただそれだけのことで室内の注目を集めた娘は、けれど気にした様子はない。その視線一つ一つに籠められたものの意味まで理解できているかはわからないが、慣れているのだ。
この場の誰よりも美しく愛らしい娘。吸血鬼には美形が多いが、その中でも一際輝いていると思う。
ぱっちりとした二重にあどけない顔立ち。愛らしさだけならレト・ナイトも張れるが、見る者全ての頬を緩ませるような笑みは絶対に真似できないだろう。まあ、奴の場合、腹どころか一皮剥いたら全て真っ黒だと思われるので、比較対象にならないというのはある。
顔の造作と同じくらい目を惹く、白金色の髪に金の目。"純粋なる吸血鬼"と"守夜"の特徴を併せ持ったような色彩は、正しくその通りだった。
吸血鬼と吸血鬼の間に産まれた"花冠の吸血鬼"。アンジェラ・リース・ロイヤルスノーフレーク。
誰もが彼女に魅了される。
とりあえず、今夜パートナー同伴で来た奴は運がなかったと思って諦めろ。なに、平手くらいなら軽いもんさ。




