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蝋燭に灯る炎。
それだけでは明かりとして心許なくとも、幾つもの面を持つ硝子に反射する内に目映い光となる。
実用性等ないに等しいシャンデリアは、権威の証だ。もっとも、この場に集まる連中に、そんなものは関係ないが。
見栄を張りたいが為にこんなものを維持するという気持ちが、俺にはわからない。
食事だってそうだ。テーブルの上には、見映えの為だけに用意されたサンドイッチやら肉やら。夜会と言えばこういうものだ、という偏見がよくわかる。
見た目だけかと思えば、味も中々のものだ。どうせ食べやしないのに何で作らせるかなぁ……俺は嬉しいが。目に付いた物を片っ端から皿の上に乗せて思う。
マナー違反?このまま捨てる方が勿体ないだろう。別に乗り切らない程乗せてはいないし、皿に乗せた分は食い切っている。ただ料理を取りに行く頻度が多いだけだ。
その様子を見て嗤う連中の手にあるのは、赤い液体の満ちるグラスだ。場所を考えれば葡萄酒と思うだろう。間違いではない。
基本的に、生まれつきの吸血鬼は吸血以外の食事を摂らない。生気の問題もあるし、嗜好もそうだ。また、力のある連中にとって狩りは大した手間でもないので、わざわざ人間の食事を摂る必要はないのである。
とはいえ、生きている人間をテーブルに乗せるのも品がない。仕方ないので、こういった場に供されるのはもっぱら血を混ぜたワインになる。完全に見栄張り用のそれは、味も生気も無視されているがな。
まあ味の方は、材料や配合次第である程度の改善はできるらしい。職人肌の吸血鬼が作る貴重品は、味、喉越し共に、吸血とは違った旨味を感じることができるとかなんとか……。
好き好んで飲む奴は、その味がわかるのも上流階級の嗜みだと思っていそうである。俺からすれば、体外に出た時点でクソ不味くなった血に、更に酒なんか混ぜたもんなんて飲めたもんじゃねぇだろ、思うけどな。
「目立ってんな、ショー」
「んんー……んく、ラジー?」
丁度クラッカーを口に入れたところで声を掛けられた。慌てて噛み砕き、ラジーが持ってきた葡萄水で流し込む。
飲み込みづらいのは、普段と違って首が詰まっているからだろう。チョーカーは慣れているが、スカーフなんて滅多にしない。ああ、引き抜きたい……つか帰りたい……。
結局夜会参加を決めた俺は、即行で後悔した。レト・ナイトの怒気を直撃した時は、死を覚悟したものである。
勝手に人を条件に使っておいて、思い通りにいかなければキレるとかふざけんな……!勿論、言えるような雰囲気ではなかった。セレネが居なかったら、多分殺されてたんじゃ……。
その場は何とか収まったものの、その後も面倒臭かった。
行くと決めてから、メイドと蝙蝠が異常に張り切り出したのだ。
この間燃えたので適当に切り揃えた髪を整えられ、服をひっぺがされたかと思えば薬湯に浸けられ、風呂から上がれば香油を塗り込まれ……どこのお姫様だ!
しかもこれ、昨日の話だからな?今日はもっと色々されてるからな?途中何故か顔を出した普段着のセレネを、思わず撃ちたくなった俺は間違いではないだろう。
屋敷の連中を思い出して頭を掻き毟りたくなる。が、整髪剤できっちり纏められていることを思い出して断念した。この行き場のない感情は、美味いものに向けるしか……!と、来てから食い続けている次第である。
「何もしなくても目立つんだから、関係ない。放っておけ」
紅い目の吸血鬼は、基本的に半吸血鬼である。そしてこの場に居るのは、無駄に選民意識の高い"月僕"の吸血鬼ばかり。俺を半吸血鬼と認識した瞬間、空気が変わったのがわかった。
不審、不快、無関心。最も多いのは侮蔑だ。まあ、陰口を叩くぐらいしか能のない連中なんぞ、どうでもいいがな。目に余るようなら撃ち殺せばいいし。
名代として出席している立場でそんなことをしたら、セレネの顔を潰すことになるだろうが、そんなこと俺には関係ない。つか、あいつも多分気にしない。
何かすっげぇいい考えに思えてきた。飽きてきたらそうしようかなー。
「お前もそう思わねぇ?」
「……一応聞くが、それは何に対してだ?」
皆殺し、と答えようとしたところで、近付いてくる男に気付く。
人間であれば二十代と思われる外見の男だ。上着から覗くフリルに多数の装飾品。チーフと装飾品の青、それに金髪以外は殆ど黒で揃えているが、随分派手な男だ。本人に華やかさがある。
ラジーに視線を向けるが、首を振られる。勿論、俺の知り合いでもない。
男は俺達の前で止まった。物騒な雰囲気を纏う男と半吸血鬼。夜会には相応しくないだろう組み合わせに、好奇の視線が集まる。
さて、一体何の用やら。
「貴様が『月狂い』か」
「だったらどうする?」
ざわめきが止んだ。主人の命令を忠実に守る半吸血鬼が奏でる音楽がなければ、室内は静まり返っていただろう。
集まる視線には、先程以上に負の感情が含まれている。その顔に宿る恐怖を見て取った俺は、唇に嘲笑を乗せた。野次馬共が、慌てて視線を外す。はは、半吸血鬼如きにビビんなよ。
ラジーに皿を押し付けて、腕を組む。恐らく"月僕"であろう男の表情は変わらない。まあ、自分から聞いておいてそんなことをしたら蹴っ飛ばすが。
俺を『月狂い』だと知っていて、喧嘩を売ってくる奴なんて、大体餓鬼か馬鹿だ。こいつはどちらなんだろうな。
「私はアレクサンドル・ナイトメア・ブルーデルフィニウムだ」
「ご丁寧にどうも。俺はショー・ピール・ブラッディローズだ」
男の目が吊り上がる。礼儀に付き合ったというのに、何故態度になるのかわからない。名乗りに敬いが足りなかったからか?えー……俺、尊敬できない相手には敬語使えないんだけど。
「……何も思わないのか」
「えっ?もしかして有名人?」
知ってて当然と言いたげな態度に、首を傾げる。他人に興味がない俺は、知り合いか相当有名な奴でないと覚えていない。
ちょっと有名な奴なのだろうか。ラジーを見ようとして、だが止めた。家から出させて貰えないラジーは、こういうことに関して役立たずである。
同じ箱入りでもアンジェラの方がまだ知っているだろう。視線を巡らせたが、まだ来ていないようだ。彼女が居れば一目でわかるので、それは間違いない。
「悪いが知らない。それとも、どこかで会った」
「ふざけるな!」
突然の激昂に、鼓膜が揺れる。そんなに怒ることを言ったつもりはない。カルシウム足りてないんじゃねぇのかこの男。
「貴様が殺したフランシスカ・ブルーデルフィニウムは私の『娘』だ!」
「わからん。いつの話?」
「まだ愚弄するか!」
「思い出せねぇんだから仕方ねぇだろ!」
娘ということは、女吸血鬼か……。ここ何年かは俺に挑戦してくる阿呆は居なかったので、依頼でしか殺してない筈。そんなもの、人間に目を付けられるようなヘマをやらかす方が悪いだろ。
元人間なら、親がしっかり見とけば済む話である。俺みたいなのには近付かないように言い聞かせるか、それができないのなら、レト・ナイトのように家に閉じ込めておけば良かったのに。
「ああ、可哀想なフランシスカ……初めての狩りでこんな半吸血鬼に目を付けられるなんて……だから私は外に出したくなかったんだ……!」
まるで俺が悪いように言ってくる"月僕"。いい加減に鬱陶しくなってきたんだが、そろそろ撃ってもいいだろうか。
初めての狩りというからには、依頼ではないだろう。まあ、親子ぐるみで暴れていたのであればその可能性もあるが……それだったら時間をおいて来る必要はないだろうし。
依頼じゃなくて?フランシスカとか言う女吸血鬼?全然思い当たる節が……ああ、でも。
「名前は知らんが、四ヶ月前くらいに殺した奴が居たような」
「四ヶ月前で何で忘れるんだよ」
「そもそも名乗られてない」
「それは!貴様が!」
すかさず飛んでくる怒号に、眉を顰める。あー、うざいうざい。確かに、このうざさはあの女吸血鬼と通じるものがある。
「俺は名乗ったし、名乗る時間はくれてやったぞ。半吸血鬼に名乗る名前は持ってないとか言っていたが」
「そ、そんな……」
「なら、何で俺が知らねぇんだ?」
半吸血鬼には名乗らない。普段ならそれでもいいが、決闘では話は別だ。……決闘というと試合みたいだな。吸血鬼同士の戦い全般である。
名乗りとは、吸血鬼の誇りだ。自身の名と、力に誇りを持つからこそ、その存在を示す。吸血鬼は崇高な種族であると思っているから、こんな面倒臭い仕来たりがある。
それは、どれ程実力差があったとしても変わらない。弱者が強者に名乗るのは、礼儀であり、当然のことである。そして、強者もまた、自分が殺す相手に礼儀を示さなくてはならない。
名乗らないと、例え勝ったとしても大バッシングを受ける。負けた者として名前が残ることを恐れた故の行動だと言われるのだ。自分が負けると思って戦うような臆病者だと。勝者ですらこんなんなのだから、敗者は言わずもがなである。
その中でも、今回はかなり酷い部類だ。いくら俺が半吸血鬼とはいえ、こっちが名乗っているのに自分は名乗らず、また圧倒的弱者の身ながら、身の程知らずにも戦って無様に負けている。
これが生まれつきの吸血鬼なら、本人の名誉だけで終わるが、奴は元人間。完全に『親』の顔を潰している。まあ、躾ができない方が悪いんだけどな。
俺の暴露に、二の句を継げない吸血鬼。初めは男を同情的に見ていた周囲も、流石に軽蔑の視線を向けている。
俺からすれば、恥ずかしくて面倒臭いだけの行為だが、吸血鬼にとっては誇りだ。あの女吸血鬼はそれだけのことを仕出かした。
俺は優しいから、これ以上恥晒す前に帰ってもいいぜ?




