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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
屋敷
105/161

105


 昔、ある町にローグというならず者が居た。

 本名ではない。しかし、周りがそう呼び出し、本人も気に入って名乗り始めたというのだから、ローグ――それこそ、ならず者とか破落戸という意味だ――は男にとって、確かに名前だったのだろう。

 傷害、恐喝、強盗等々、買った恨みは数知れず。その頃の自分は相当のワルだったと後に男は語ったが、自分からそう言う奴は大抵なんちゃって悪人である。本当に極悪人だったら、そもそも後の悲劇は生まれない。


 荒くれ者の癖に、根が真っ直ぐというか単純な性格のローグは、ある日、縄張りで一人の少女に出会った。

 少女は変わった服装をしていたが、生地や仕立ては上等であったし、何よりとても可愛らしい。商人の娘か。少なくとも、自分の縄張りに居るような子供ではない。

 親を探してやる、と声を掛けたローグの行動は、責められるものではないだろう。例え、それが全くの善意からに寄るもので、少なくとも悪人を自称している奴がする行動ではなくとも。


 そうして少女を連れたローグであったが、そんな彼の前に黒ずくめの集団が現れる。何故か少女を襲う黒ずくめ達。

 少女を守ろうとしたローグは、実力の差を思い知ることになった。それなりの修羅場を潜ってきたつもりであったが、所詮は破落戸。当時は知らなかったとはいえ、訓練された『断罪者』達に敵うわけがなかったのだ。断罪者達は邪魔者にも容赦はしない。

 絶体絶命のその瞬間、ローグの命を救ったのは自分が守る筈の少女だった。




 細い月と断末魔を上げながら腐り落ちる人間の身体を背景に、傷一つなく微笑んだのは――。




 なんて、格好付けた言い方をしたが、要約すれば簡単な話だ。馬鹿が気紛れで彷徨いていた吸血鬼をか弱い少女と勘違いした。そして、吸血鬼に気付いた断罪者の襲撃に巻き込まれた。

 結果、吸血鬼無双で終了。それまで娯楽小説の主人公の様にボコられていたローグ涙目である。

 しかし、男にとっての悲劇、他人からすれば喜劇はここからであった。


 何がどうして気に入られたのかはわからない。何千年も生きる"守夜"の考えることを、人間が理解できる訳がないのだ。

 状況を把握できずに居たローグに近付いた少女は、その体躯から想像もできない力で男の襟を掴むと、引き寄せた首に噛み付いた。

 干からびる寸前まで吸われて、飲みきれない量を飲まされた男は、哀れ吸血鬼となったのだ。

 呆然とするローグに、少女の姿の吸血鬼は言った。


『決めた!ラズベリー・スイートスイートピーにしよう!』




 それは今から四百年程前実際に起きた、涙なくしては語れない昔話である。いやー、初めて聞いた時は腹筋崩壊するかと思った。

 俺もそれなりに不運を積み重ねてきたが、ここまで可哀想な奴が居るとは思わなかったのだ。人助けをしようとしたら、化け物にされた挙げ句にとんでもない名前まで付けられるとか、東国の助けた亀に故郷を奪われた漁師の昔話と甲乙付けがたい悲劇っぷりである。まああちらは、誰もリスクを説明しない辺り、組織的な犯行だったが。


 そんな訳で、ラジー――ラズベリーと呼ぶと切れる――は、レト・ナイト・イエローナルキッサスの『夜の息子』となったのだ。拒否権?そんなものはない。


 それにしても、悲惨な名前だ。言葉遊びみたいで多少面白いが、何だよ甘いスイートピーって。確かに匂いは甘いが、あれは確か有毒植物だった筈だぞ。


 名前の持ち主が超絶美少女とかであったら、周りがどうこう言うことだってなかっただろう。

 例えば、そう、レト・ナイトがその名前であったら、その姿を見て、これなら仕方ない、と納得もできる。しつこいようだが、見た目だけは可愛いのである。


 だがまあ、現実は名前程甘くない。つか、その名前を付けた張本人がそのレト・ナイトだし。

 しかし、名付けや服装こそまるっきり少女趣味だが、本人自体はそういう趣味でないらしい。部屋は殺風景とラジーが言っていた。

 そう言う奴の部屋は、あちこちにラズベリー色が配色され、馬鹿デカい天蓋付きベッドが主張する。『夜の父』曰く、「ラズベリーちゃんに似合うから」だそうだ。それを聞いた男の拳はぷるぷる震えていた。


 基本的には人間に、そして吸血鬼にも心乱されることのないレト・ナイトだが、ラジーが関係すると壊れる。『夜の子』を溺愛する吸血鬼は多いが、レト・ナイトのそれは異常だ。満面の笑みで抱き着くレト・ナイト。それをラジーが全力で引き剥がそうとする様子を離れて眺める。

 あれもそうだ。俺はあまり関わらないが、奴の友人達の話だと、餌相手でもないのに自分から触りに行くこと等想像できなかったらしい。ましてや、あれだけ反抗する奴を寛容しているということも。


 丸くなった、というのは違う。餌や喧嘩を売ってくる相手に容赦がないのは変わらない。そこに、ラジーが関わってこなければ。

 いやお前、本当に何やってあんな奴に気に入られたんだよ?そんなもん俺が知りてぇよ!と叫んだ男は、その後『夜の父』に抱えられていった。大声出すから見付かんだよ、馬鹿が。


「つか、何しに来たんだ。あいつ」


 あの鎖をレト・ナイトが拘束に使ったのは間違いない。自らの『子』である髭面大男を溺愛する男は、ラジーを屋敷から出すことを酷く嫌う。

 屋敷の、精神感応で自我を壊した奴隷――半吸血鬼ではない――の前に出すのも嫌なのに、他の獣共の前に可愛いラズベリーちゃんを晒すなんて!とかなんとか……阿呆か。

 ちなみに、レト・ナイト以外でラジーが関わることの多い俺や何人かの吸血鬼は目の敵にされている節がある。誰がおっさんなんぞ襲うか。独占欲も大概にしろよ。


 そんな訳で、普段屋敷から出られないラジーにとって、外に出られる機会は貴重だ。レト・ナイトの数少ない外出を見計らって、屋敷を抜け出したのはわかる。

 しかし、そうなると何でここに来たのかがわからない。外出先なんて限られているのにそこに飛んできたら、捕まえてくださいというようなものだ。

 しかも、降りる前にわかるだろうし……夜族は同族の気配がわかるが、『親子』のそれはかなり感度が上がる。近くであれば、はっきりと場所がわかるし。どんなに離れていたとしても居なくなってしまえばわかるそうだ。

 ……半吸血鬼からすれば、どこまで行っても逃げ切れないと思い知らされているだけだけどな。


「ショー!お前夜会に出るよな!?」

「諦めが悪いラズベリーも可愛いけど、あいつは出ないってさ」

「あ?」


 口を塞ごうとするレト・ナイトに必死で抵抗するラジー。美少女と破落戸の画だが、押され気味なのは勿論破落戸である。

 いやまあ、出る気はないが、何でラジーまで?セレネからレト・ナイトに伝わることはあっても、外と関わりを持たせたくないレト・ナイトがラジーに言うとは思えないのだが。

 首を傾げる俺に、セレネが答えた。


「同じ物がレトにも届いた」

「無視すりゃいいじゃん」

「偶然ラズベリーが受け取ったらしい」


 おやまあ。恐らく、受け取り損ねた奴隷は殺されたんだろうな。事実を知ればラジーは怒るのだろうが、バレなければどうということでもない。

 レト・ナイトは好きではないが、かといってチクるつもりもないのだ。奴隷を哀れだとは思うが、余所の家庭事情に首を突っ込む理由には不足である。


「ねだられて条件を付けて許してしまったのだと言っていた。晶が行くなら、行ってもいいと」

「俺を巻き込むなよ。つか、お前も乗るな」


 友人なら、寧ろ親馬鹿を止めてやれよ。言っても理解しなさそうなので言わないが。

 それはさておき、普段無視する連中がどうしてこんなに拘るのかと思えば、そんなことがあったのか。成る程、レト・ナイトが来た理由がわかった。俺から行かないという言質を引き出して、ラジーに諦めさせる為だろう。逆にラジーは俺に行くと言わせる為。


 どちらかに協力をしなければいけないのであれば、ラジーを選ぶ。が、こんなことでレト・ナイトの恨みを買うのも嫌だ。それなら、単純に行きたくないという気持ちを優先する。


「衣装はミケ達が用意している」

「お前に来たんだからお前が行けよ」


 服を用意されているということは、少なくとも返事は出してしまっている筈だ。そこに俺の名前が書かれていたとしても、本来招待された奴が行く分には問題ないだろう。

 しかし、俺の言葉を聞いたセレネは首を傾げた。


「私が行ってもいいが、そうすると晶は行かないだろう」

「理由がない」

「服はどうする」

「勝手に用意したものなんぞ知るか」

「ならば行かない」


 お前、接続詞の使い方知ってる?眉を顰める。五百年以上の付き合いになるが、この男が何を考えているのかさっぱりわからん。


「お前はどっちの味方だ、セレネ」

「着飾った姿が見たい」

「好きな時に着飾らせられないなんて、躾がなってないんじゃないの?レトのラズベリーはいつもレトの為に」

「テメェが無理矢理着せてくるんじゃねぇか!」


 野郎共の会話を無視して、スコーンを割る。あ、美味い。ミケお手製のスコーンは、冷めてもなかなかいける。ジャムは木苺だ。

 レト・ナイトの好みに合わせたのだろうが、そういう気遣いがわからない奴なんて放っておけばいいのに。たっぷりのクリームを乗せれば、木苺の甘酸っぱさにまろやかさが加わる。あー、うめー。


「気に入ったか」

「ミケが作るものは美味い」

「作らせよう」

「無理矢理させんなよ。……あ、そういえば、アンジェラが行くってマジ?」


 大事に大事に育てられた、吸血鬼のお嬢様。ラジーと違って家に不満はないが、外出自体は楽しみにしているだろう。花のような笑顔でドレスを選ぶ姿を想像し、頬が緩む。

 しかし、あそこも過保護な親馬鹿が居る。よく説得できたな……。


「二人が行くなら行きたいと頼んだそうだ」

「………………」

「ユーリ・ナイトも了承している」


 その了承しているの前に、渋々、という言葉が付くのは間違いないだろう。不本意だが、という言葉に変えてもいい。

 アンジェラの父親がレト・ナイトと違うところは、親馬鹿であっても最低限の良識を持ち合わせている点である。自分の気持ちより、娘の気持ちを優先する気持ちがあるのだ。

 それがつまりどういうことかと言うと……。想像できる未来に頬が引き攣る。




 断ったら、間違いなく親馬鹿が出てくる。






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