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カーテン越しに感じる光に、目を開けた。
光がより強く目を刺す。もう一度瞼を下ろした俺は、寝返りを打った。背中を温まっていくのを感じながら目を開く。
「……まだ昼前じゃねぇか」
太陽は天高く地面を灼く。あと、怠惰の海に沈もうとする夜族の顔も。
「で、テメェは何他人の靴弄ってやがる」
しかも無許可で。呟く俺の足を包むのは革のサンダルである。デザインも履き心地も俺好みなのが一番むかつく。
いや、しかし楽だ。流石にこれで街の外までは出られないが、滞在している間はこれでもいいなぁ、と思ったが、俺の服装では似合わないことに気付いた。上か下を変えれば少しはマシか?
代わりの靴を置いて俺のブーツを奪った犯人は、爪先、踵、靴底等、あらゆる角度からじーっと靴を見ている。靴の中まで覗き込もうとしたところで、頭を叩いた。
「飯食うテーブルに靴を乗せるな」
「これ、どこの?」
「サフィルスのどっか」
聞いちゃいねぇよこいつ。靴の中に腕を突っ込むタナーの頭を掴む。相手は恐らく普通の人間の為あまり力は入れられないが、それでもこの状態で平然としている辺り、大物と言えよう。鈍いだけかもしれないが。
日用品と防具を作るのは別の才能だと思うのだが、こいつは一通りこなせる。興味のあるものに手を出していったらそうなったらしい。何という生産職チートだ。トラブルにはきっと才能への妬みもあったに違いない。
前のはこいつが作った靴なのだが、実は買って即行無茶をやらかしたのである。そこで持っていけばまだ何とかなったのかもしれないが、怒られるのが嫌でそのまま使っていたのだ。
それでも何とかなっていたので忘れていたのだが、某赤毛とのバトル後、ぽろっと底が抜けた。
一応修理に出そうとはした。しかし底だけでなくあちこち磨耗しているせいで、内側に革を張り直すこともできるが時間が掛かると聞いて、新しいものを買ったとしても俺は悪くない、筈。
「爪先詰めとく」
「あと中敷き」
「わかった」
俺の足は幅が広いので、大体の靴はサイズを上げないと入らない。なら作らせればいいと思うかもしれないが、知らない奴に足を出すのは嫌だ。似たような理由で、俺が買う服も特注品より吊しが多い。
とはいえ、そうするとデザインか機能性のどちらかは妥協しなくてはいけなくなる。どうせ身に付けるなら、好みのものがいい。それで自分に合うならもっといい。その辺りも、援助の理由だったかもしれないな。
「飯は?」
「これ」
「他は?」
「中敷きは豚がいいかな。やっぱり鹿か」
あからさまに誤魔化そうとする様子に、溜め息が漏れる。カロリーを摂取したのは評価しよう。だが、せめて牛乳くらい飲めばいいものを。
やっぱりこいつの背は止まるんじゃね、と呟けば、慌てて瓶を取りに行った。あ、一応気にはするんだ。
野菜の缶詰を幾つか開け、鍋に突っ込む。水や調味料を入れて煮ている間に、床下の貯蔵から取り出した燻製肉を適当に切った。ぱちぱち、じゅうじゅう。狭い部屋に広がる脂の焼ける音と匂い。
フライパンに卵を落とす。朝食みたいな内容になってしまったが、まあ、食えればいいだろう。美味いものは好きだが、自分に作れないものを無理には作らん。
牛乳を取ってきたタナーが、フライパンを覗き込む。やはり肉は嬉しいらしい。大人しく皿を用意する様子を見て、餌付けとはこういうことかと思った。
きっちり俺の分まで用意されている皿に、出来上がったものを乗せていく。本来の食事は昨日摂っているし、美味くも不味くもない自分の飯を食っても楽しくはないが、まあ、相手に合わせるのも食事のマナーだろう。
半吸血鬼とバラしている訳ではない。とはいえ、殊更に秘密にしようともしていないので、もしかしたら気付いているのかも知れない。革を弄れれば他はどうでもいいのかもしれないが、本人が何も言わないなら放っておいていいか。
「そういえばさ」
スープを啜る俺に、パンを千切りながら言うタナー。……パンは食ったんじゃなかったのか?主食がないと寂しい食卓だが……まあ、残さなければ何も言わん。
「朝方、狼が出たんだってさ」
「狼?魔狼か?」
この辺りには魔鹿が多いからか、それを狙う魔狼も生息している。餌が豊富なので、縄張りを侵さなければあまり遭遇はしないが、たまにそういうやつも出てくる。
そうすると冒険者や夜狩りの出番か、と思って口にすれば、タナーは違うとフォークを振った。マナー違反だぞ。俺もよくやるが。
「大きさからすると、普通の狼らしいけど。毛が白いって」
「へー、北から来たのか。それかアルビノか?どっちにせよ珍しい」
白い狼とか、何それちょーある一時期における子供心を擽られるんですけど。アルビノとかオッドアイとか、本人達からすれば面倒臭い身体的性質も、端から見れば魅力的である。
そんな感じのことを伝えると、タナーも頷いた。色が綺麗に染まりそうだよな、なんて、思いっきり剥いで毟ること前提なのが悲しい。気持ちはわかるが、普通毛皮として使うだろ。白い毛を生かせよ。
つか、俺の手袋や外套に使ってる革は、発色が綺麗になる鞣しと聞いたが、それじゃ駄目なのか?という問いには、元の色でどう変わるか気になるだろ、と。そういうもんかねぇ。
「だから、冒険者が狙っているとか」
「暫くは治安が悪くなるな。ヤバそうな奴には近寄るなよ」
「ん。あまり出ない」
「いや、日光には当たれよ」
狼は夜行性だ。情報集めは昼に行うだろうが、捕獲するつもりなら夜に動くだろう。夜歩きはしづらくなっただろうが、昼は人の目もあるだろうし、そこまで警戒する必要はない。だかまあ、一応そっちも聞いてみるか。
空になった皿を前に、俺は手を合わせた。
食事が済んだ俺は、ブラッディローズのことと白狼のことを聞いて回った。とはいえ、前者はここ連日の聞き込みでわからなかったように、やはり有力な手掛かりはない。
代わりに、白狼の方は少々詳しい話が聞けた。
オパリオス周辺でぽつぽつと見られていたのだが、今朝……夜明け前に現れたのが街中ということで、目撃情報が増えたらしい。それまでは見間違いや噂レベルだったものが、信憑性を帯びたのだ。
狼は一頭で、大きさからすると成体。普通の狼よりかなりデカい魔狼なら子供サイズだが、そうすると一頭で現れて捕まっていない理由がわからないので恐らく狼。
紅い目が光っていたという話を聞いた時には、アルビノ説が有力になって興奮したものだ。
そんな聞き込みの最中にもガラの悪い連中を何人も見た。中には、俺が商人か職人関係かと思ったのか、冒険者を雇ったか聞いてくる者も居た。これだけ噂になっていれば、多少吹っ掛けても売れると思っているんだろうな。
気にはなるが、そういう奴等に絡まれるくらいなら夜歩きを控える方がいい。腹も満ちているし、暫くは吸血しなくても問題ない。
少しでも腹持ちを良くする為、そして育ち盛りの食生活を改善する為、新鮮な肉と野菜をゲットするぜ!……あれ、もしかして俺、お母さんポジになってる?
その夜。
部屋でごろごろしていた俺の元に、望まぬ来訪者がやってきた。
窓を叩くそれを無視していたが、このままではタナーにも気付かれるかもしれない。仕方なく窓を開けてやれば、飛び込んでくる小さな身体と小言。
『何故あばら屋に居る!お前にはセレネ様の屋敷に立派な部屋が』
「うっさい黙れ用はそれか」
きーきー叫ぶ蝙蝠の持つ封筒を取る。黒い封筒を留める蝋は白い百合。何を気障なことを、とは思うが、本人は特に意図があってやっているのではないことも知っている。周りが用意して、そうするように言ったからしただけだろう。
黒いのは封筒だけで、中身は普通に象牙色の便箋である。そこに書かれている内容に目を滑らせて、蝙蝠に向き直る。
「面倒臭い」
『お、お前は!セレネ様の"夜の子"であるという自覚はないのか!』
「"夜の子"じゃねぇからな。それに"純粋なる吸血鬼"の名代に半吸血鬼とか聞いたことねぇよ」
つか、それならお前もセレネの半吸血鬼だろ、と言えば、またきーきー喚き出す蝙蝠。その目は紅い。
俺がまだ人間だった頃から半吸血鬼であるこいつは、例にも漏れずセレネ至上主義である。あいつの周りは、昔から異常に信奉者が多い。現代では自称ボトル程ヤバいのは居ないが。
手紙の内容を要約すると、ある"月僕"が主催する夜会に招待されたので、代わりに出ろというものだった。突っ込みどころしかない。
先程の半吸血鬼云々もそうだが、何故俺が。そもそも、普段夜会なんぞ出ない引き籠りには評判なんて関係ないだろ。つか、この"月僕"も、知り合いでもない"純粋なる吸血鬼"を招待するなんてどんだけ空気読めないんだよ。勿論、聞いたことのない名前だった。
『既に衣装も用意してある。屋敷に帰るぞ』
「だから何で俺が行くことになってんだよ」
『アンジェラ・リース殿もいらっしゃるぞ』
「アンジェラが?」
知り合いの女吸血鬼の名前が出てきて、目を丸くする。箱入り娘の彼女が夜会に出されるなんて珍しい。
保護者同伴か?妻と娘を異常に愛する男の顔を思い浮かべる。確かにあの一家が出るなら見映えはするが、そんなに力のある"月僕"なのか?だが、全く聞いたことないんだが。
忘れているだけかと記憶を掘り起こす俺に、蝙蝠の言葉が届く。
『お前が帰って来ない限り、私も帰らないからな』
うん、迷惑。




