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滴るような紅い薔薇  作者: ツギ
屋敷
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100

 新章始めました!




 ……あ、100話じゃん。


 腕の中の身体が硬直し、ぐにゃりと力が抜けた。

 腕の隙間から滑り落ちそうになるそれを抱き留めながら、高い声を封じていた掌を外す。身体が安定したところで、先程より低い位置にある首に、唇を寄せた。

 力が抜けた拍子に牙が抜けた穴からは、だらだらと溢れる血。服まで垂れそうになっているのを見て、慌てて舌を這わす。証拠が残ってしまえば誤魔化しきれないからな。

 放心している身体は俺の為すがままだ。最近、自分には人形遊びの趣味があるのではないかと恐々としつつある。楽しいことは認めるが


 痕を消して、唇を離す。一仕事終わったことで吐いた息が、腕の中の女を震わせた。

 頬を包んで目を合わせる。開きかけた瞳孔に映る俺の顔。すっげー悪い顔してる。うん、誰が見ても夜族。

 さて、意識が戻る前に精神感応を済ませるか。




 職人の街『オパリオス』。

 何気に第十聖地なのだが、サフィルス以上に大陸教の影響力がない街である。

 サフィルスの時点で失敗しているのだから、よく考えて聖地認定すればいいものを、街の大きさだけで決めるからこうなるのだ。学習能力のない連中である。


 職人の街、と付くように、ここはもの作りにおいて大陸一の技術を誇る街だ。

 理論であるなら、勿論サフィルスの方が上である。しかし、その理論を形にするとなると、話は別だ。いくら設計図が完璧であっても、それを形にする腕がなければ意味がない。その点に関して、オパリオスの職人達は非常に優秀である。


 元々は鉱山の街として栄えていたのだが、その良質な鉱石を加工する技術が広がったことで、一気に鍛治が広がったという過去がある。

 その技術を伝えたのが、変わり者の"髭小人ドワーフ"オパリオスだ。

 亜人の一種である髭小人は、背が低い代わりにがっしりとした体躯を持つ。見た目通りの力を蓄えていながら、それでいて、短く太い指は嘘のように器用に動き、繊細な作業も苦にならないそうだ。彼等は、例外なく何らかのもの作りに秀でている。


 オパリオスは鉱石の加工技術は伝えたが、彼自身の得意分野が実は宝飾細工であったというのは、職人達の中では有名な話らしい。

 とはいえ、もの作りに秀でた種族。得意分野でなくとも、並の職人には比べ物にもならない技術やそれに関する知識を持っていたという。多芸でありながらスペシャリストってすげぇよなー。不器用な俺には真似できん。


 オパリオス周辺は鉱山が多く、魔獣も数多く生息している。豊富な素材面に支えられ、磨かれた技術が、オパリオスの売りだ。それは、鍛治から武具製作、金銀宝石の宝飾細工から木材石材革等の日用品の加工まで多岐に渡る。サフィルスのもの作り特化版だな。

 訪れる人間としては、命を懸ける冒険者や、その冒険者や貴族等を相手にする商人が多いが、職人志望の若者なんかもそれなりにいるらしい。オパリオスで修行することで箔を付けるとか。いや、実力を付けろよ。


 悪魔の言葉でオパリオスに来た俺を迎えたのは、憎い男ではなく盛大な肩透かしであった。

 嘘はさ……嘘は言ってなかったんだよ、当たり前だが。だが、よーく考えてみた。あいつ、いつ会ったかなんて言ってねぇ。

 それらしき事件を聞き込んでみたら、子供が殺されて、姉と言う金髪の"夜狩り"が当時かなり派手に情報を集めていたとか……その事件が五年前と聞いて、笑えばいいのか悲しんでいいのかわからなかった。

 普段は装備を整えるだけのことが多いとはいえ、ここ二年くらいはちょくちょくオパリオスに来ている。最後に来てからの間は結構平和だったと聞けば、悪魔が見たというのはミナの弟の事件だろう。

 そうすると、手掛かりなんてものはない。ミナ自身、悪魔に伝えられるまで犯人の目星を付けられなかったようだしな。


 ……いつもこうだ。いつも。無駄足には慣れているが、だからといって落ち込まない訳ではない。このまま見付からないのではないのか……もう諦めた方がいいのではないか。

 例えそれが最善だとしても、俺は選ばないけれど。




 夜も更け、することのなくなってしまった俺は食事に出掛けた。南の出身らしい飴色の肌をした冒険者は、まあ、うん、しっとりとした肌が気持ちよかったよ。味についてはノーコメントで。

 それでも腹が満ちていい気になった俺は、土産を持って今日の寝床に戻ったのだ。


「戻ったー」


 室内は暗い。寝るには少々早い時間だが、家主の年齢を考えれば健康的である。寧ろその方がいいんだけどな、と工房に足を運んでみれば、案の定明かりが点いている。

 工房の扉を開け、思いっきり顔を顰めた。脂の臭い。油の臭い。それに鉄の臭いも混ざって、耐え難い悪臭となっている。

 胸当て、帽子といった既に形になっているものから、紙を挟んで何枚も積まれている大きな革まで。

 それぞれ単体なら悪くはないのに、これだけ一ヶ所に集まると気分が悪くなってくる。呼吸の度に体内にこびり付きそうだ。髪や服には間違いなく臭いが移っているだろう。


 工房の主は、俺が戻ってきたことに気付かずに何やら机に向かっている。ランプのに照らされる身体が、部屋の壁に大きな影を作っていた。

 はあ、と大きく息を吐くと、床に置いているのか落ちているのかわからない革を踏まないようにして近寄る。


「目ぇ悪くすんぞ」


 紙袋を頭に乗せれば、かさり、と潰れた。驚いたように頭を上げる前に持ち上げる。中身はサンドイッチだ。しっかり包まれているので崩れはしないが、潰れたら固くなる。

 ずっとランプの方を見ていた目には見辛かったのか、眉を寄せて目を細める。きゅう、と大きくなった瞳が俺の姿を捉え、ぱちぱちと瞬きをした。


「お帰り、ショー」

「ん、ただいま」


 これ土産、と紙袋を渡す。中身を見た工房の主は、目を輝かせて口の中に詰め込んだ。

 残り物を適当に挟ませたのでこれだけ喜ばれると、何だか悪い気がしてくる。しかし、この臭いの中で良く食欲なくならねぇな。若さか。


 目の前でサンドイッチを貪り食う餓鬼は、これでも革細工職人だ。名前はタナー。冬には十七になる、正真正銘の餓鬼である。

 普通なら、まだまだどこぞの工房で修行している歳だが、見た目がなよっちいせいで工房内でトラブルになったとかいう微妙な問題児である。

 工房主はそう酷い人間ではなく、本人も才能はあるようなので、こいつの元職場の工房を贔屓にしていた俺が援助してみたのだ。その頃臨時収入が続いて、重くなり過ぎていた財布を軽くする目的もあった。


 最初は若いということで芳しくはなかったが、元親方の口添えや日用品から武具、場合によっては装飾品と手広く扱える仕事振りから、リピーターも増えてきているらしい。

 俺も、珍しい魔獣を捕まえたらこいつの所に持っていく等して、評判作りに貢献している。もっとも、本人としては珍しい革を扱えるということの方が嬉しいようだが。

 来た直後に、久し振りだからと魔猪の革を持ってきたのだが、俺そっちのけで工房に引き籠ったのは忘れねぇぞ。その時も、こうして夜中まで革と紙を相手に睨めっこしていた。

 成長期に入ったのか、にょきにょきと伸びた餓鬼はもうすぐ俺を抜きそうだ。ちょっとくらい縮んでもいいが、伸びるものを無理に止めるのもアレである。仕方ないので、飯を作って寝かし付けるところから、俺のオパリオスの滞在が始まった。


「今は急ぎの仕事はねぇんだろ?」

「でも、早く終わらせれば、ゆっくり魔猪を触れるだろ」

「何この革フェチ……」


 きょとんと目を丸くするのは、野郎としてどうよ。この歳なら無駄にカッコつけたがるものだろうに、世間知らずというか、どこかズレているというか……。それでも生きていける状況を作ってしまった俺が言っていい台詞かは知らない。


「睡眠と食事を疎かにするようなら回収」

「寝る!」

「その前にお湯浴びてこい。かなり臭うぞ」

「そうか?」


 くんくんと腕の臭いを嗅ぐ。いや、工房の臭いに慣れてる奴が移り香なんてわかる訳ねぇだろ。お湯を浴びたところで、普段から染み着いた臭いは落ちないが、不衛生よりはマシだろう。

 オパリオスの住人は職人やその家族が多いので、仕事上着いた臭いや汚れに寛容だ。……それが、職人達が身形に気を使わなくなる原因なんじゃないかと思うんだが。


 いい仕事をしてくれるのならそこまで口煩く言うつもりはないが、汚い奴に援助するのは何となく嫌だ。

 つまり、これはパトロンとしての権利である。好きにやらせているのだから、少しくらい言うことを聞け。




 どうせ髪も乾かさずにベッドに入り込むだろう餓鬼を捕まえるべく、俺はタオルを取りに行った。






 すみません、また後書き嘘吐きました……。

 今週中には……!今週中には夜族がいっぱい出てくる予定!です!

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