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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒い心

作者: ひとぽん

小さい頃から時々、不思議な感覚を覚えることがあった。

『―――……』

「うん、そうなんだ。……うん」

自分の内側に"何か"が存在していて、それが語りかけてくるのだ。

小さい、小さいその声は、何故か自分の頭の中に鮮明に聞こえてくる。

その疑問の色を含んだ言葉に応えると、声はまた疑問を投げてくる。

そうしておっかなびっくり質疑応答をする内に、いつしかその声と会話をするようになった。

「……うん、ありがとう」

時には励ますように、時には叱るように、時には自分の中に封じようとした本音を晒すように。その声は語りかけてきた。

でも、その"何か"は、そんな鮮明な声が聞こえるだけで、他人にも自分にも、視覚的には認識が出来ないものだった。

それでも自分は、その声の主は自分の内側―――心の中に確かに存在しているのだと、その声を聞いたときから漠然と信じられた。どうという理由はなかった。ただ本当に、漠然と信じていた。

だから、そのことを家族には話さなかった。何だか、話してはいけない気がした。

そして、そんな自分の考えを見透かしたかのように、その声は、自分が一人でいるときにしか語りかけてこなかった。


そんな漠然とした"何か"と過ごしていたときだった。

小学四年生になった時に、誰もいない裏庭でその声といつものように話をしていた。

何故だか周りの子どもは自分にも寄ってはこなかったので、友達と呼べるものはその声だけだった。

……そうして話していたところを、誰かに見られたらしい。

「やーい、変人!」

いつしか自分は、独り言を言って笑ったり悲しんだりする、「変人」と呼ばれるようになった。

それが、テレビで聞いた、いじめというものだと理解したのはもう少し先のことだ。

「……」

反論が出来るわけもなく、余計にその声との会話に逃げるようになった。

ただ、つけられた傷には見ないふりを続けて。


そうして、一ヶ月が経った頃だった。

「変人!どっかいけよ!」

いじめはエスカレートの一途を辿った。

そして、一人の男子が遂に自分に暴力を振るった。

「っ……」

一瞬、何をされたのか分からなかった。

殴られたのだと気づいて、感情の整理が追い付かなくなる。混ざりあった感情が、涙として流れた。

その時だった。

『いいのか?』

今までにない、はっきりと、脳を揺さぶるような声量が、頭に流れ込んできた。

『このままで。負けたままで、いいのか?』

「……やだ」

その声だけには唯一、いつだって正直になれた。

祖母が亡くなって悲しかったときも。家族と喧嘩をしたときも。クラスで何か言われたときも。

……そして、今も。

「嫌だ」

負けたままでは、いられない。

このまま、負けるわけにはいかない。


悔しい。

恨めしい。

憎い。


……絶対に、許さない。


負の感情が混ざりあう。

「あ……あ……」

そして、自分の中の何かが、ぷっつり切れた。

「ああああああああああああああああぁぁぁぁアアアぁアァああァァ!!!」

びゅう、と風が渦巻く。

つむじ風は徐々に実体となり、一振りの黒い剣を型どった。


―――。

「……あれ……?」

気づくと、周囲には見たことのない赤い池が広がっていた。

足先から伝わる感覚が生温い。

「……」

自分の手には、黒い剣が握られている。

その切っ先からは、池の色と同じ赤い水が滴っていた。

『気分は、どうだ?』

いつもの声が、自分の心からではなく、剣から伝わってきた。

……不思議と、その剣が自分の中にあった"何か"なのだと、信じることが出来た。

「……」

問いかけに答えられず、何気なく池を見渡す。

するとその池には、見慣れた机や椅子があった。

学校にあるはずのそれが、どうしてこんな赤黒い池に浸っているのだろう。

見ると、黒板や窓ガラスも、赤く塗られてはいるがそこにあった。

「……?」

どうやらここは学校らしい。そういえば、記憶が途切れる前までは自分は学校にいたはずだ。

何故、学校がこんなにも赤いのだろう。

首を捻っていると、視線の先に、記憶が途切れる前に自分を殴った男子の顔があった。

近づくと、確かにそれは頭だった。

しかしその下から先には、"何もついていない"。

「……」

視線を右にやると、首から先がない身体が転がっていた。

明らかに、人が裂いたと分かるものだった。

徐々に視界が明瞭になるにつれて、この池には他にもそんな様をした身体や頭があることが知れた。

……これは、自分がやったのか?

『良かったな。憎いものはなくなったぞ』

漠然とした思考の隙間へ、また、剣からの声が響いた。

「憎い……もの……」

憎いもの。


自分をいじめてくるクラスメイト。

それを囃したてるクラスメイト。

何もするでもなく、遠目から眺めるだけのクラスメイト。


クラスメイトが、自分にとっての憎いものだった。

「……」

そうか。

不思議と、自分の行った行為を悟った。

自分はこの剣の力を借りて、憎きものを負かしたのだ。

勝ったのだ。自分は。

「わ……あ……」

それと同時に、恐怖を覚えた。

「わ、ああ、あ……」

自分は、してしまった。

この手で。

シテハイケナイコトヲ、シテシマッタ。

「ああああぁぁアァアああァァ!!」

剣を捨てた。

今までの密やかな会話など、なかったのだと。

そう言い聞かせて。

躊躇いなく、剣を捨てた。


自分ハ、シテシマッタ。

シテハイケナイコトヲ。

決シテ許サレヌコトヲ。


小さい心には余りすぎる恐怖を抱えて、逃げた。


自分から。

自分のした行為から。

その行為を促した剣の切っ先から。


靴からは赤い水が滴り、手は赤く染まっている。

視界が、黒く染まっていく。

逃げているはずの、あの切っ先が近づいてくるように。

心が、黒く染まっていった。

逃げているはずの恐怖が、近づいてくるように。

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