ギルド職員は眠れない
そのギルド事務所は、街の中央にあった。
ぱっと見ではよくわからない位置にある看板が光る。
築三十年の物件、蔦が生い茂った、輝かしいギルドの歴史を象徴する、小さくも堂々とした佇まいの建物。
そのドアの前で、一人の少年が立っていた。
年齢は十歳ほど。巻き毛の赤髪、低い背丈と成長途中の華奢な骨格。飾り気無く質素だが、手入れの行き届いた服装は父母の深い愛情を感じさせる。
あどけない、少女にも見える顔。青い両の瞳には、年齢にそぐわない憂いが宿っていた。
「――はぁ」
ゆっくりと息を吐く。
いつまでも、このまま立ち尽くしてはいけない。自分にそう言い聞かせると、少年はもう十分以上ドアノブに触れたままだった手に力を入れた。
チリン――と、涼しげなベルの音と共に、滑らかにドアが開く。
「あら、いらっしゃい、――ずいぶん小さなお客さんね?」
凛として張りのある、落ち着いた女性の声が出迎える。
入り口からすぐの場所に、ギルドの受付があった。
建物の中は意外と広く、床や天井に使われているのは渋い色合いに使いこまれた木材。
今日は平日だからだろう、人はあまりおらず、閑散とした印象。
声の主は、受付の机にいた。
乱雑に積まれた資料の塔、情報で出来た極小の原生林が机の上に生い茂る。
椅子に腰掛けていてもわかるスラリとした長身、ブルーの制服と白のシャツが映える。
背中の半ばまで伸びる黒髪は、黒曜石の輝き。
切れ長の凛々しい眼には、優しげな光が灯る。端正な顔立ちに縁無しのメガネが乗っていた。
シャープでありながら、柔らかな印象を持つ二十代半ばの女性だ
「ここに来るのは初めてかしら? 大丈夫、そこに座って」
まるで心を溶かすよう優しげな言葉。
少年は少し照れながら、椅子に腰掛けた。
「私はメリッサ・ロウル、よろしくね、少年くん」
穏やかな笑み、豊満に揺れる胸元の右側に、言葉と同じ名札が見える。
「僕は、ミーシャ・ニルドと言います。今日は、あの……その……」
もじもじと、少年=ミーシャは口ごもる。何か言いにくいことがあるとでも言うように。
「大丈夫、落ち着いて」
メリッサはミーシャをゆっくりとなだめた。
「知ってるとは思うけど、私たち冒険者ギルドは周囲から仕事を請け負い、加入した冒険者に対して、クエストの斡旋、ランクの認定を行っているわ。
君みたいな子供が来るということは、今日は……そうね、ひょっとしてギルドの見学に来たのかしら? 学校の実習の一環とかそのあたり?」
少年の緊張を解きほぐそうと、フランクに美女は話を進める。
しかし、少年の次の言葉は、メリッサの予測外だった。
「あの、見学じゃなくて、登録したいんです。……僕は、転生者らしいんです」
沈黙が走る。
そして徐々に凍てついていく二人の空気。
「あの、」
少年の言葉が途中で止まる。
見上げたメリッサの顔からは、優しげな微笑は消えていた。
「チッ!」
勢いよく舌打ちの音が部屋に響いた。
呆気に取られるミーシャを無視して、メリッサの言葉が氾濫する。
「あー、またかよ! めんどくせぇーな! おら、ランクチェック無しでいいな? この用紙にとっとと名前書きな」
乱暴に引っ張り出される書類、ミーシャに投げつける。
「あの、こういうのって普通最初は魔力測定器を使ってランクチェックをするんじゃ……」
「ああ"ん? どーせわけわかんないデタラメな数値出るだけだろうが!
あれか? 『うそ、なにこれ!』とか『機械の故障かしら?』とか『まさかこんなはずは!』とかそういうステレオかつフレッシュなリアクション求めてんの?
あたしはね、あんたらみたいな転生者のチートクソガキをダース単位で見てきてんのよ!
驚いてほしいなら他行ってこい他!」
言葉が矢継ぎ早に飛び出す。理解できない事態に呆然とするミーシャ。
「綺麗なお姉さんが、そういうことを言うのはちょっとなぁ」
無駄に甘ったるい声が聞こえた。
いつの間にか、細身の男が立っていた。
長身痩躯、長い銀髪、緑と赤のオッドアイという無駄にカラフルな体色。
整った顔立ちだが、なんというか薄っぺらい印象のある顔。
戦士風の男は、やたら馴れ馴れしい口調で話かける。
「まあ、こんな子供相手じゃお姉さんもイライラするのは仕方ないよね? 早く終わらして、俺の仕事紹介してもらいたいんですけど……」
軽薄な笑みを浮かべながら、伸ばした右手でメリッサの頭を撫でる。一体なんの儀式なのか。
「おい、カラフルもやし。順番待ち守れ。それからあたしに触れるな、近寄るな、息をするな」
男=カラフルもやしのほうを一瞥もせず、メリッサは淡々と喋る。
その様に、ミーシャは本能的恐怖を覚えた。
しかし、男には危機感がかけていた。そりゃもうガッツリと。
「ははっ、怖い怖い。これはあれかな? ツンデレってやつかな? デレる時は二人っきりの時に……」
この時のメリッサの眼を見て、ミーシャはあるものに似ていると思った。
――いたずらしてきた向かいのリゴーくん、彼の耳を食いちぎった犬は噛みつく時こんな眼をしていた……!
「それ以上いけな……!」
ミーシャの言葉より、メリッサの動きは速かった。
しつこく撫でる右手を左手で掴む。
勢いよく机に叩きつけた。
バンッ、という音と共に広がるカラフルもやしの右手、メリッサはペン立てから、握れるだけボールペンを掴んだ。
「え? ちょ」
男の間の抜けた声、構わずメリッサは右手を振り下ろす。
カラフルもやしの右手は、血でリペイントされたそれは見事なペン立てになった。
「――――ぎゃあああああああっっ!!」
銀髪を振り回しもがく男、それでもメリッサは手を離さない。
「ニコポだかナデポだかテレポだか知らないけど、ベトついた手で髪に触れるな! ニヤつくな! 気持ち悪りいんだよ! あと前歯に青海苔ついてる!
頭撫でられるとか笑顔で女落とせると思うな! 安メシ食わされてホテル連れ込まれそうになるほうがまだマシだ!」
メリッサの言葉にただ頷くしかないもやし。
「お前待合所でヒンズースクワット二千回な、紹介はそれからだ。さぼったら次から永遠に列の最後尾の刑。人がきたら順番を譲り続けるマシーンにしてやる。
返事はっ!」
「はっはいいっ!」
悲鳴混じりの返答、もやしは血をしたたらせながら半泣きで待合所へ走っていく。
そして待合所のソファーの近くで、うめきながらヒンズースクワットを始めた。
――あ、ちゃんとやるんだ……
冷静に、関心する。
「さて、」
メリッサの頬に男の血が僅かについていた。構わず彼女は話を進める。
「んで、どーせランクチェックはチートとやらでトップの成績出るんだから、おら、好きな称号決めさせてやるわよ。
ほらどれがいい? SSS? 神級? 超竜帝? 雷神? 武神? なんでもいいから自分で勝手に決めれば?」
キレ気味に、更にまくし立てる。ミーシャに渡した紙には「神」「暗黒」「天使」「幻」「Z」などの入った全く規則性のないランク名が並ぶ。
「これ、なんですか……? なんでこんなにランククラス名が、しかも名前が違うだけで全部トップランクだし……」
「最初に来た転生者のチートっぷりにギルド協会が喜んじゃってね、もう一つ上のランク作ってそいつに名前着けさせたのよ。
その後、大挙してきた転生者がその前例使って好みのランク名作りまくってその有り様よ!
おかげで書類整理やら申請やらで無駄手間が死ぬほどかかって、休暇どころか寝る暇も無いわ!
なんであいつらは似たような美形ぞろいで、似たようなセンスの名前名乗りまくってんのよ! そのくせオリジナリティにバカみたくこだわる、やってられるか!」
さらに激昂するメリッサ。
「それで今度は『めんどくさいから下から二番目くらいということにしといて』とかいいだすクソガキも出てきてね。わざわざランク別でクエストの住み分けしている意味なくなるだろうがバカどもが!
仕事増えるのに残業代カットされるわ、クエスト代金の相場変え直さなきゃならいわ、
適当なチートであたしの年収分半月で稼ぎやがるわ、独身仲間だと思ってた同僚のシェイリーは去年結婚しやがるわ、
それもこれも全部転生者どもが悪い!」
最後のは確実に転生者は関係ないが、突っ込んだら死ぬとミーシャは理解した。
「ちょっとメリッサ君、僕が昼食を取っている間に待合所で泣きながらヒンズースクワットしてる人がいるんだけど……?」
丸い樽のような腹、禿げ上がった頭、赤ら顔に人の良さそうな表情の中年男性がひょっこり顔を出す。
「タルギン係長、あれはヒンズースクワットが趣味の冒険者です。いやむしろヒンズースクワットをしないと呼吸が止まって死ぬと信じています。
止めたら暴れ出すのでそのままでお願いします」
さらりと嘘をつくメリッサ。中年=タルギン係長はそれ以上突っ込むのは命に関わると本能で感知。
「ま、まあ趣味は人それぞれということで……おや? そちらのお子さんは?」
「彼はミーシャ。転生者です。早速好き勝手やるためにギルド登録に来たそうです」
「そ、そりゃまた若いうちからアグレッシブで……私はギルド事務所係長のタルギンです」
汗を拭きながら名乗るタルギン。メリッサよりははるかに取っつき易そうな雰囲気。
「あ、あの僕はそういうためにギルドに来たんじゃなくて……第一、僕は魔力がほとんど無いので、クラスチェックしてもいい成績はでませんよ」
寂しげに、少年はうつむく。
「またそんなことを……じゃあ試しに計ってみるわね」
メリッサは引き出しから手の平ほどの水晶球を取り出す。ミーシャへ持たせた。
「握れば光り出すわ。魔力量に比例するから、相当明るく……あれ?」
ミーシャの手には光が灯らない。
「壊れてるのかしら……? あ、測定不能とか感知不能の特殊な魔力とかそういうオチで……」
「いや、違うよメリッサ君」
タルギンがメリッサを制する。
「これは先月の頭に購入した最新型だ。おそらく、この子は正真正銘――――魔力が無いんだ」
「ちょっと待って下さいタルギン係長、この子は転生者なんですよ? なにがしか魔力があるとか」
「転生者の中でも特に特別な力が無いものもいるだろう。全てが全てスペシャルではないんだ」
淡々と、事実を計るタルギン。
「ミーシャ、じゃあ、なんであなたはギルドに? 魔力も無いのに、冒険者なんて危険すぎるわ」
「――転生者は、みんな前の世界の記憶があるそうで、僕もそれがあるんです」
当然、転生者であるには転生前の記憶が無ければならない。
「ただ、僕の場合、記憶が五歳までしかないんです。というより、五歳で死んだみたいなんです」
「そんなに若く……」
転生者は、ほとんどはみな何故か二十代から三十代、速くて十代後半で死亡、転生した記憶を持つ者が多い。しかも死因は事故が最多を占める。
「僕がとにかく覚えているのは、やたら寂しかったのと、タバコの火を当てられる辛さと、殴られる痛さと――――親に見捨てられる恐怖でした」
ようやく、メリッサは気づく。少年の瞳に込められた憂いに。
「死因は多分、風邪を引いたんだと思います。向こうにはテレビっていう映像を映す箱があるんですけど、それが熱が出ているせいでぐにゃぐにゃに見えて、怖くて泣き叫んでも、誰もいなくて……」
「虐待」の二文字がメリッサとタルギンの頭に同時に浮かぶ。
おそらくはネグレクトにより、病気のまま捨て置かれたのだろう。
「――――真っ暗になって、気がついたら僕はこの世界に生まれていたんです」
「それは……」
なんとも二の句が告げない。今までメリッサが見てきた転生者は、みな楽観的かつ享楽的な深刻性のない人間たちばかりだった。ミーシャのようなケースは初めてだ。
――あたしが当たり散らしたのは、虐待されたただの子供ってことじゃない。
死亡時五歳、現在十歳なら、実年齢は十五歳。
大抵の転生者は実年齢はメリッサより年上だが、ミーシャはまだ本当に子供の内になる。
その子供に、彼女はストレスをぶつけてしまった。それも虐待された特殊な力も持たない子供に。
――……なにやってんだあたしは!
猛烈な後悔と自己嫌悪に耐えきれず、行動を起こす。とにかく、少しでもやってしまったことを埋めたかった。
「そ、そうだ! お菓子とかあるのよ、高いやつが! あとお茶も入れるわね!」
慌てながら引き出しを開ける。引っ張り出されるは紅茶道具一式と取って置きのチョコレート。
多少白々しく見えても何もしないよりは遥かにマシだ。
「ほら、遠慮なく食べなさい。どんどんあるから」
並べられる菓子類の内、一つをもそもそと口に運ぶミーシャ。なにがしか食べないと無礼と思ったからだ。
「……あの、ごめんなさい、ミーシャ。あたしはあなたがそんな境遇だとは全然知らなくてあんなことを……」
「別に、いいんです。他の転生者達の一部がこの世界で好き勝手してるのは事実ですし、今の両親は僕にとても優しくしてくれます」
その言葉は、彼の格好を見ればよくわかる。服装も靴もよく手入れされていた。
「前の世界の記憶は、ただの夢だと思うことにしています。ただ、」
「――ただ?」
「時々、思うんです。僕は本当にこの世界に居ていいのかって」
少年の眼には、ふざけた様子はない。ただ真剣にそう考えている。
「それは、どういう意味で……?」
いぶかしむメリッサの問いに、少年は答える。
「上手く言えないんですけど、僕という人間は前の世界からの記憶を引き継いで生きてきたんですよ。ということは、本来この世界の記憶だけなら今の『僕』にはならないわけです」
記憶が、人格を作る。
人格とはそれまでの記憶や体験によって形作られるものだ。
「つまり、もし僕が転生をしなければ、今とは違う、この世界でゼロから作られた人格のミーシャがいるはずなんです。、
――――僕はひょっとして、本来ミーシャとして生きるはずの誰かを犠牲にして今ここに生きているんじゃないでしょうか?」
あまりにも、重い疑問。
本来、生きる事は罪ではないはずだ。しかしこの少年は、転生者全体が生まれる時に、本来居るべき誰かを押しのけている可能性に気づいている。
生まれながらに誰かの居場所を奪ってしまったのかもしれないと怯えていた。
「……メリッサさん、もしあなたが将来子供を産んだ時、その子が転生者だったらどうしますか? ゼロから育てようとした自分の子供が、すでにもう『誰か』だったらその子を愛せますか?」
言葉さえ、メリッサは返せない。
あり得るかもしれない、けしてゼロ%ではない未来の一つだ。
実感する恐怖に、身が硬直する。
「ミーシャ、あなたが転生者であることは、あなたのご両親には……?」
「……怖くて、言えませんでした。
誰かに言ったのは今日、あなたたちが初めてです。
もし言ったら、憎まれるかもしれないと考えたら言えなくて」
声が、震えていた。うつむく少年の顔に、怯えが張り付く。
見捨てられることが何よりも怖い彼は、今まで誰にも真実を告げられなかった。
前世の記憶に苦しみ、
押しのけてしまった誰かへの罪を背負い、
そして今の幸福を味わうたびに、自分を愛してくれている人を裏切っている事実に悶える。
ミーシャは悪ではない。ゆえにはねつけることも眼をそらすことも出来ない。
ただ背負い、溺れていくだけだ。
だからこそ、メリッサはミーシャを見捨てられなかった。
「――なぜ、あなたはギルドに来たの? ギルドで何をするつもりだったの?」
「一人でずっと考えてても答えがでなくて、ギルドには転生者が沢山登録していると聞いたので、誰か同じ転生者に相談してみようかと……」
ここに来て、メリッサに全てを話している今この状況が、彼の勇気の全てだ。
「それでギルドに登録を……」
正直、困った。実を言えばあのカラフルもやしも転生者だ。
大抵の転生者はカラフルもやしのようにあまり真面目なスタンスのやつがいない。ミーシャのように転生者に対して深く考察するタイプなどメリッサは今まで見たことがない。
どう考えても、ミーシャにいい影響や助言を与えるとは思えなかった。
「あー、別にギルドの転生者に会わなくても、ほら、もっと真面目に生きてるその辺の人に相談してみてみるとか……」
「ミーシャくん」
タルギン係長がミーシャに話かける。
「ギルドに登録するといっても、仕事である以上は何か認められる技能がなければ登録はできないよ。君は何かあるのかね? 戦闘力があるとか、知識があるとか、特殊な能力があるとか」
「僕は、特にそういったものはちょっと…… あ、家が牧場なので力仕事とかは出来ます」
渋い顔で返す中年男。
「うーむ、力仕事といっても子供の君ではたかが知れてるしねぇ。やはりここは成長するまで待ったほうが……」
――ナイス! 係長!
メリッサは内心でガッツポーズをとる。
「そ、そうですか……」
ガックリと肩を落とすミーシャへメリッサは話しかける。
「ねぇ、ミーシャくん? あなたが自分の話をしてくれたのなら、お礼にあたしも一つ自分の話をしてみたいんだけどいいかしら」
「え? あ、はい大丈夫ですよ」
「そう、ありがとう。これはあたしがなぜ転生者をキライになったかの原因の話なんだけど……」
メリッサの瞳が遠い場所、記憶の彼方を見つめる。
「何年か前、ギルドの冒険者に十六歳くらいだったかしら、女の子がいたの。
職業は魔術師、とても強くてかわいらしい女の子だったわ」
脳裏をよぎる回想、人懐っこい笑顔と不自然なほど可愛らしい仕草。
「やたらあたしに懐いてきてねぇ、最初は嬉しかったんだけど……やたらなんか胸とか腰とか触ってくる娘だったのよ。
本人はコミュニケーションとは言うんだけど、やんわり注意しても止めなくてね
まあ、仕方ないかとなんとなく許してたの」
ゆっくりと息を吐く。思い出すたびに憂鬱になる心理を落ち着かせた。
「たまたまね、他の転生者からその娘の事を聞いたのよ。
……その娘、転生する前は三十路の男だったんですって」
「――うわぁ」
ミーシャも思わず声が出た。
「それでね、本人を呼び出して話をしたのよ。彼女……でいいのかしら? まあ彼女は全部認めたわ。
でもね、女として転生したのはそいつのせいではないわけだし、『友達として付き合うけどせめてベタつくのは本当に止めてくれ』と伝えたの。
そしたらね」
「そしたら……?」
メリッサの顔が暗く歪む。
「『自分は女になって女性といちゃつくのが夢だったんだ! だから友達じゃなく恋人になってくれ』っていいながら迫ってきたわ。
眼がね、まるっきりセクハラしようとするオッサンの眼だった……」
ギリリと握り締められた彼女の手が、拳を形作る。記憶の中の手応えがそうさせた。
「即座にローキックからの肘鉄を顔面に入れて、
一本背負いから、胸を踏みつけてアバラを折って、
ギルド事務所から叩きだしたわ。
その後二度とここには来なくなった」
そりゃそうだろう。
「お、お強いんですね、メリッサさん……」
恐怖でブルリと背を震わすタルギン、ミーシャも顔を引きつらせた。
「護身術の通信空手が役に立ったのよ」
恐らく、百%彼女の才能だ。
「それからなんだか、転生者全体が嫌になっちゃって。仕事が増えた原因も重なってああなっちゃったのよ。
――――本当にごめんなさい。あなたのような境遇の人がいることを考えていなかったわ」
真摯な謝罪。彼女の眼には心からの許しを乞う懇願。
「い、いえ、あのそんなに謝らなくても……気にしてはいませんから」
「……優しいのね、君は」
メリッサが微笑む。反応するようにミーシャの顔が赤くなった。
「さっきの質問、もし自分の子供が転生者なら愛せるか? だっけ。
どんな転生者か、によるわ。産まれたのが君みたいな子なら、それでもいいと思う」
きっぱりと断言するメリッサ。気遣いではなく、心からそう思う。
「メリッサさん……」
「ま、まあとにかくミーシャくんのギルド入りはもう少し待つ方向で。
あ、相談に乗りそうな転生者を紹介するぐらいなら出来るかもしれ……」
「いい加減にしろ、お前らっ!!」
和やかに場を閉めようとしたタルギンの声を、絶叫がかき消す。
振り向けば、先ほどの戦士風の男。ヒンズースクワットのために汗だくだ。
「どいつもこいつも俺のこと無視しやがって! 俺はやり直したんだ、もう誰も俺を無視なんてできないんだよ!」
半泣きの表情のままわめく。前の世界では何か無視されたキツい体験でもあったのか。
どうやらスクワットをやっている間に怒りに火が着いてきたらしい。遅い導火線だ。
右手には魔術の光、形成されるバスケットボールほどの火球。転生者の魔力なら強力な威力。
「ほら! あんたが用があるのはあたしでしょ?」
即座に席を立ち、横に移動、カラフルもやしを引きつける。ミーシャに被害が及ばない距離を確保。
メリッサのアイコンタクトにタルギンも動く、ミーシャの盾になるべく体を前にだす。
――ギルド敵に回すのは転生者でも避けると思ってたけど、バカには関係ないか……!
メリッサも片手に魔術を紡ぐ。どれほど対抗できるかわからないが、自分のまいた種は自分で刈り取る覚悟はある。
「死ね、バカ職員っ!」
闘いが始まる――そう思った刹那、
派手な破砕音の後、メリッサの視界の端で何かが持ち上がった。
――え?
それがなにか、彼女が理解するより早く、消える。
一瞬遅れて、カラフルもやしが壁際へ吹き飛ばされた。
「――――っっ!!」
声にならない悲鳴、壁にめり込む男。
男を壁に挟みこんだのは、メリッサの机だった。
重厚な造りと大量の資料を収めた引き出しにより総重量は百キロを超える。足に着いた床固定用の金具は無理やり引きちぎられている。
メリッサの机が、砲弾の如き加速で激突、男を壁で挟み込んでいた。
「君が、やったの……?」
目で見た物が信じられない。しかし、堅い机には小さな子供の手形のへこみがついている。
「……あの男の人、生きてますか?」
机を超速度でぶん投げた存在、――――ミーシャは怯えた声で尋ねる。初めて人に暴力を振るったからか、足元が震えていた。
ピクピクとはみ出した手が動くことから、男はどうにか生きているらしい。
「あー、なるほどなるほど、つまり魔力のチートではなくて」
タルギンが感心した声を上げる。
「肉体的チート、超筋力が君の力なんだ。どうりで力仕事が得意なはずだよ。これならギルドに登録できるじゃないか、メリッサ君?」
「……えせ」
「……あの、メリッサ君?」
「結局チートじゃない! 返せ! あたしのお茶菓子と紅茶と同情を返せぇぇええっ!」
「メリッサ君、今、君は人として相当アレなこといってるから! 休もう、ね、ちょっと休もうよ!?」
この後、タルギン係長は過労死を覚悟でメリッサに一週間の休暇を取らせたそうな。
ストレスがたまったから書いたので、
またストレスがたまったら続きを書こうと思います。