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「未定」の書  作者: アナン
第一章 春に咲き、春に散る花
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(1-2)五千年後の約束

 僕はいつも一人だ。保育園に入ったときには入る前から親同士の仲がよく、すでにもう何度も遊んでいる子供たちのグループが出来ていた。そしてハブられた。幼稚園に入ってもそう、新たな子供がいてもそのグループに入って、他の子はハブられている僕をいじめる。学年が上がるにつれてそれらは増えていった。でも、女子とは仲良く出来た。一緒に絵を描いて遊んだり、ままごとをやったり。あまり関係ないが僕はよく年上の女性に好かれた。それは幼稚園から始まっていた。でも今では顔なんて覚えてない。それに、家庭内暴力も酷かった。だから僕はコミュニケーション力がなく、もうかれこれ6年近くまともに会話をしていない。

 そんなこんなで早くも僕は中学2年生。思い出が少ないからだろうか。成績は中の上で上がり続けている。それなのに親には叱られっぱなしだ。自殺をしようと考えたときもあった。でも――でも今は違う。こんな僕に優しくしてくれるクラスメイトの女性がいるから。

 彼女の名前は優神ゆうがみ雲母きらら。転校生だった。彼女は男子、女子からも人気があり、容姿端麗文武両道でさらに優しくても時には厳しいまさに完璧な人間だった。

 初めての出会いは彼女が転校してきてから2週間後だった。僕はイジメを避けるために休み時間にいつも別校舎の端に隠れていたから会うことはなかった。でも、たまたま僕が教室でうなだれていると声をかけてきた。「やっと会えた」と。それから彼女との友達関係が始まった。でも、彼女とでさえ僕は未だに会話をしていない。


「では、次までにこの問題を終わらせてきなさい」

「えぇ~」

「これ無理だって!テスト範囲から外そぉって!」

「楽勝とか言ってたやつは誰だ?」

「……まじかよー」


 教室はにぎやかだ。いつも授業の初めの基礎は余裕だと言うのにちょっと応用に入れば終わっただの捨て問題だのばかばかしい。初めから諦めていたらできるものも無理になるんだ。そう心の中でつぶやき、僕はその問題をさわいでいる中でさっさと終わらせた。


「はい号令!次までに終わらせてこいよ」

「ういーっす」

「起立、礼、ありがとうございました」


 クラス委員の優神さんが号令をかけ、授業が終わり昼休みに入った。


「やっとめしだぜ」

「ちくしょーなんでこの中学校購買ないんだよー」

「へっ、また寂しい弁当か」

「かあちゃん弁当作ってくれねぇんだよー」


 昼休みに入ったことで各自友達同士で集まり弁当を広げる。この学校で唯一友達である優神さんは他のグループとの付き合いで帰り道ぐらいしか話す機会はない。あんな完璧人間が僕なんかと付き合ってるより他と付き合う方がこの人間社会では普通だ。そしていつもどうりイジメ回避のために生徒立ち入り禁止の屋上階段で僕は昼食をとる。

 そうして一人でいるととても退屈で、いろいろと考えてしまう。考えることはだいだい心理学や哲学などだ。また、教室にいるときは他人の話が耳に入ってくる。そのおかげで心理学の研究はできるし、他人のメールアドレスや電話番号も知ることができた。もちろん緊急時用である。他にも誕生日、好きな食べ物、誰が好きで嫌いか、最近の友達関係はどうか、この先どうなるか、などがわかってしまう。僕も最低人間ではないため影ながら気づかれずに悩み解決の手伝いはしたりする。

 気をつけた方がいい。俗にいうボッチは情報収集能力が高く、教室の隅にいても対角にいる人の話を聞くことができる。

 こう言うととても最低な人間だとイメージしてしまうが、自ら独りになった者と他者によって独りにされた者では大きく異なる。ボッチは反社会的な思考を大抵持っているが、決して悪者というわけではない。ボッチになってしまう環境こそが悪者である。そもそも、他者を見下して弱者を得ないと理性を保てない人間事態問題があるのだが、それを言ってしまうと破綻してしまう。つまり、全ての人間は悪者であるということで、誰もが悪者を決め付けることはできない。一般的な悪者も、元は善人で何らかの事情で悪者になった人もそう少なくはないからだ。

 人は環境によって変わる生き物であり、人の人格は環境が決めると言っても過言ではないはずだ。


「キーンコーンカーンコーン……」

「あ、もう終わりか。教室に戻らないと」


 僕はそうつぶやいて教室へ向かった。

 その後もくだらない授業の連続で特に何もなかった。



 僕はいつもどうり優神さんと下校していた。帰り道はそれほど遠くはなく、歩いて15分程度で僕の家に先に着く。因みに優神さんの住所は知らない。彼女は休み時間廊下を友達と歩きながら会話をしているため、僕の耳には届かないし、授業中も静かに授業を真面目に受けているからだ。


「あの、どうしました?」

「…………」


 僕がぼーっとしていると優神さんが心配そうに声をかけてきた。僕はなんでもないの意思表示で首を横に振った。唯一の友達とも会話できない自分が憎いと僕もそれなりに感じてはいる。でもいざとなるとどうしてもできない。誰にでもこういう経験はあるのだろうか?


「ねぇ、ちょっとあそこのお店に行ってみない?」


 優神さんはそう言って僕の手を引っ張っていった。疑問形なのに無理やりなのはどうだろうか……。そして無抵抗のまま引っ張られていった。それにしても普段寄り道することなくまっすぐ変えるのに今日はどうしたのだろうか。

 着いた店は個人経営のアクセサリーショップで、かなりボロくてレジにおじいさんが一人座っていた。

 当本人であるのに優神さんは指輪、ピアス、ネックレス等のアクセサリーをただ普通の表情で眺めているだけだった。別の用事でもあるかのように。

 少し退屈だったので僕もアクセサリーを見て回った。どれだけ興味がないものでも他にすることがなければ見てしまうのは当然だ。

 しばらく眺めていると、ふと、とても興味のわくキーホルダーを見つけた。特に特別な形をしているわけでもないただの球体で、手に取ってみると音が鳴ったので鈴の一種だろうか。でも、なぜ興味がわくのかまったくわからない。


「それ、気に入ったの?」

「…………」

「あ、値段書いてないね。レジに持って行ったら?」


 そのキーホルダーをずっと見ていると優神さんに声をかけられて、レジに持って行くように促された。レジに持って行くと「それはウチのもんじゃないから持ってっていいよ」と言われ、そして即座にとなりにいた優神さんに「よかったね」と特に驚いた様子もなく普通の声のトーンで言われた。

――今日の優神さんやっぱり変だ。

 そう思いつつも頭の隅に追いやって僕と優神さんは店を出た。


「ねぇ、何でもいいから話してみてよ」

「…………!?」


 僕は驚いた。出会った時から優神さんは僕に話すように要求はしなかった。

 僕は話したくないと首を横に振った。


「何でもいいよ?」

「…………」


 真剣な面持ちで言葉を要求してきたけど、それでも僕は話さなかった。


「んーまぁいっか」

「…………」


 優神さんはいつもの笑顔に戻り、僕たちは遅くなっていた歩を速くした。

 変な店には入ったけど、いつも通りの帰り道。そしていつも通り家に着き、いつも通り優神さんと別れる――はずだった。

 家に向かう途中の信号が赤になって僕たちは止まり無言のまま青になるのを待って、青になって優神さんが「あ、青になったよ」と言って歩道に先に出た瞬間だった。大型のトラックが信号を無視して突っ込み、そこにただ一人だけいた優神さんをはねた。

 優神さんの身体が宙を舞う光景が、とても遅く長くスローに見えた。やがて優神さんは頭から地面につき、黒々とした赤い血を地面に広げた。

 僕は何が起きたのか理解できたが、理解しようと頭が回らなかった。それは数学テストの難しい計算問題に直面して、とても面倒な計算をしなければいけないとわかった時にこの問題を解こうとしているのに、解こうとしない気持ちが高くそのままそこでしばらく固まっているのと同じだった。

 僕は救急車が車での間、その場で立ち尽くしていた。


 僕は家に帰って、制服を着替えないままベッドに突っ伏した。そして、ようやく優神さんの死を僕は認めた。

 わけがわからない。どうしてこんな!なぜだ!と僕は心の中で叫んだ。こんな時だというのにあるロボットアニメの仮面男のセリフを思い出していた。まだ認めたくないんだと僕は思った。


「認めなくちゃ……」


 そうつぶやき、僕は優神さんが死んだ時のことを思い出そうとした。優神さんは信号が変わったとたんに飛び出しそしてトラックにはねられた。トラックの運転手は居眠りでもしていたのだろうか?それとも急いでいたのだろうか?今となってはあまりどうでもいい。

 僕は次にふと優神さんの行動を思い出してみた。いつもと違う様子で、途中変な店に入って、そこでも変な様子で、その帰りに僕に話してと要――!

 あっ、と僕はとてつもない後悔に陥った。なぜなら――なぜなら僕は一度も口を開いたことがない。しかも、あれが優神さんの僕への最後の頼みになったのだから……!


「あそこで話していれば――あのままゆっくりと歩を進めていれば!……優神さんはあのトラックにはねられることもなかったかも知れないのに!」


 後悔先に立たず。いくら悔やんでも仕方がなかった。でも悔やむことでしか理性を保てなくなかった。僕はベッドでずっと泣いていた。

 でも、悔やむことは妨げられた。父が僕宛の封筒が届いたと怒鳴っていたから。父はとても無駄に疑い深く、妙なところで鋭く、そしてそれらは全て的外れな理不尽な怒りだ。だから、僕宛ての封筒を見ただけで僕が怪しいことをしてるんじゃないのか、悪いことをしているんじゃないのかと怪しみ、疑いの念をまったく解こうとせずに数十分経った。僕は怒りを通り越してあきれた。いつものことだ。

 再び僕は部屋に戻り、封筒を開けた。――優神さんからだった。


『五千年後にまた会おうね。優神雲母より』


 僕はその手紙に書かれた言葉に絶句した。


「どういうことだ……五千年後って、どういう意味だよ……!」


 優神さんからの手紙の嬉しさと言葉の意味のわからなさに僕は涙を流した。涙は手紙を濡らし文字をにじませる。優神さんが最後に僕にくれた文字まで消えてなくなりそうで、僕は手紙を顔から、その涙をぬぐった手から遠ざけた。

 僕は必死に涙をこらえ心を落ち着かせた。優神さんの死を認めなくちゃいけない。そう心に言い聞かせ僕は部屋を出た。

 部屋を出てもこの家はまったく変化がなかった。優神さんの死とはまったく関係がなくいつも通りだ。僕と優神さんが親しい関係であることを誰も知らないし僕には友達なんていない。だから家に電話がかかってくるなんてありえない。帰り道だってみんなとは違う方向で、目撃者なんていやしない。それに目撃されたって僕が誰だかわかるはずもない。わかってたまるものか。同じクラスの人でさえ誰一人僕の名前を知らないのだから。


 僕は寝た。夕食も終わって風呂に入るのも終わり、僕には大してすることがないから。

 そして、夢を見た。とても不思議な夢を。


 とても暗い世界が広がっていた。


――えるか……


 どこからか声がする。男性なのか、女性なのか、わからない声。


『誰だ』


 僕は思わずその声に尋ねてしまった。


――聞こえるか……


 しだいに声ははっきりしてきて、言葉を話しているとわかった。


『誰だ!?』


――聞こえているようだ。

――そのようだ。


 その声の主に僕の声は聞こえないようで、複数人いるようだった。


 

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