(1-8)平和
苗字が同じだった!
心の中で叫んだが、すぐにその不安は消えた。
なぜなら雪宮という苗字は孤児院にいる子供の約半分につけているため、
この地区では有名な方だからだ。
そんなことを考えている内に1時間目は終わっていた。
当然のことだがクラスのほとんどが転校生に話しかけている。
いきなり大勢に話しかけられて戸惑うのも無理はない。
それからも休み時間になる度に話しかけられ、4時間目には結構やつれていた。
助けたいという気持ちはあるが、そんなことをしたら敵意のまなざしを向けられるようになるだろう。
「ねぇ?ゆ・きみやくん」
「何だ?」
僕が心配そうに見ていたら前の席の紀美夜が話しかけてきた。
「ゆ・きみやくん。転校生に興味があるの?」
「いや、興味というよりは心配だな」
やや怒り気味に尋ねてきた。たぶん他の男子よりもかまってくれる僕にかまってもらえなくなるかもしれないと言う嫉妬だろう。
それよりも間を入れないでほしい……。
「心配?」
「ああ、見た感じ結構疲れているからな」
「やっぱり優しいんだねー」
「やっぱり?」
やっぱりと言う言葉に疑問を持った。
僕は誰にも優しくした覚えはないからだ。
「うん。だって中学生のころ不良に絡まれてたとき、助けてくれたから」
「そんなことあったか?」
「あったよ。それに、ゆ・きみやくん雪宮李秋なんでしょ?」
「――!?」
僕はあまりにも突然だったため、絶句した。
なぜ知っているんだ!?と何度も心の中で言った。
「やっぱり……そうなんだね」
パニック状態になっている僕を見て紀美夜は言った。
もう、ごまかすことはできない。
「いつ……気づいた?」
「おい、鋼峰。授業中だ、前を向け」
「あ、すみません」
……聞き出す前に先生に注意された。
いったいいつから気づいていたんだ?
幸い、生徒が結構騒いでいたため、さっきの話は聞かれていないようだ。
そのまま授業に集中できずに終わりを告げるチャイムが鳴った。
「やっと昼休みか……」
空腹は感じなくとも、体は食べ物を欲している。
複雑な気分だ。
そんなことを考え弁当箱を取り出そうと思い、かばんを開けたとき、外から聞き慣れた声が聞こえた。
「秋ー!!弁当箱ー!!」
速の声だった。
その言葉を聞いてかばんの中を見たら、弁当箱が無かった。
「秋!窓開けて!!」
言われるままに窓を開けると、速がジャンプしてちょうど開けた窓から教室に入ってきた。
「秋!私のかばんに間違えて入れたでしょ!?」
「あ、ごめん。……わざわざ届けに来てくれたのか?」
「そうよ!」
周りを見てみるとみんな驚いてこちらを見ていた。
いきなり女の子が3階の教室に飛び込んでこれば驚くだろう。
「ゆ・きみやくん。この子だれ?」
「えっと、妹みたいな関係……」
「妹なの?」
「っ……」
強い口調で問い詰められ、動揺を隠せない。
「違うわよ!私は義理の妹よ!」
「そうなの?」
「そうよ!」
「へぇー」
助かった……。
あとで色々と要求されそうだ。
無茶なことを言わなければいいが……。
「ところで名前は?」
「雪宮速よ。……あんたこいつの彼女?」
「違うわよ」
「そう」
なんてこと聞いているんだよ……。
まぁ、何とかなりそうだし大丈夫か。
「ちょっと!何のさわぎですの!?」
少し落ち着いてきたところに、僕が一番恐れている人の声が聞こえた。
「あら?李……宵。こんなところで会えるなんて奇遇ですわね?」
来てしまったのか!?戸葉瀬 母音。
「まさか、年下……それも同じ学校の生徒だったなんて驚きですわ」
―お母さん?寝ちゃったの?
―あら?ごめんね。少し疲れているのかしらね?
―お母さん大丈夫?
―大丈夫よ。ほら、もう寝なさいね?
―うん。おやすみなさい。