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デスルーラー番外編

デスルーラー番外編【ノエルの謎】

作者: kiriko
掲載日:2026/07/23

「ねぇ、ノエルさんの髪ってさ、すっごく綺麗だよね!」


エスタリアへ向かう船の中で、アネモネがはしゃいだようにそう言った。

大きな目を輝かせ、「金髪っていいなぁ」と呟いている。

そう言えば、アネモネは黒髪だし、リュクサもまた黒髪だ。

色素が薄くて煌びやかな金髪というものに憧れても、おかしくはないだろう。

ちなみに、ノエルの普段の髪型は独特だ。

長い髪を三つ編みにし、左側に垂らしている。

男性らしくないなというのが、リュクサの率直な感想だった。


「ね、リュクサ?私、今すっごく見たいものがあるの!」


どうせロクなものじゃないだろうなと思いつつ、話の続きを促してみると、彼女はこう言った。


「ノエルさんの、三つ編みじゃない姿が見てみたい!」


雑誌を持つ手から力が抜け、バサッという音を立てて床に落ちた。


「リュクサは見たくない?」

「俺は見たくない」

「なんで?」

「興味がない」


わかってはいたが、「興味がない」というのは理由としてカウントされなかった。

もっとも、アネモネの計画によると、男手が絶対に必要だから、必ず協力しろということだ。

だったら、なぜさっき「リュクサは見たくない?」と聞いてきたんだと言いたいが、言葉をゴクリと飲み込んだ。

アネモネに逆らってもいいことはない。

リュクサは経験上、そのことを知っていたのである。


リュクサがアネモネから言い渡されたのは、ノエルの船室に上手く入り込む、というミッションだった。

それはノエルと友人であれば容易いが、顔を合わせても挨拶すらまともにしない仲だと少々厳しい。

もしもリュクサが友好的な性格であれば、それも可能だったかもしれないが、現実にはその逆なのだから、目も当てられない。


そんなある日のこと、なんとノエルの方からリュクサに話しかけてきた。


「今日は海が荒れていますね」


デッキから波を見つめていたら、ノエルがこんなことを呟くように言ったのだ。

これは会話を交わすチャンスなのではと鼓動が高鳴るが、邪魔をしに来たのは、なんとアネモネだった。

この計画の発案者のくせに、計画を邪魔してどうするつもりだ。


「うぇぇ…助けて、リュクサ…船酔いが酷くて」


よろよろとこちらへ向かって来るアネモネ。

だが、俺が手を貸さずに見つめていると、ノエルがすかさず彼女の方へ歩み寄る。


「医師のヴァレンティスです。薬を持っていますが、飲めそうですか?」

「え?あ、はい…あれ、ノエル…さん?」

「なぜ私の名を?」

「ええと…ちょっと有名ですから。ちょっとだけ」


すると、アネモネの話を聞いているのかいないのか、ノエルは彼女を軽々と抱き上げる。


「私の船室へ行きましょう。そこの付き添いの方もご一緒にどうぞ」


「付き添い」というのは、リュクサのことを言っているのだろうか。

問いたいが、ノエルはこちらに背中を向けて、スタスタと歩いて行ってしまっている。

彼の腕の中のアネモネは、とてもぐったりしていた。

いつもよりも、酷い船酔いだったらしく、それならそれで、もっと優しくするべきだったかと後悔した。


ノエルの部屋は一等船室にあり、室内はピカピカに磨き上げられていた。

話によると、かなりの潔癖症のようで、毎日室内を磨かずにはいられないのだそうだ。


「さぁ、アネモネさん、薬です」


ノエルはピルケースから緑色の粒を二粒だけ、アネモネの手に乗せた。


「飲めますか?」

「はい…お水、ありますか?」


アネモネがベッドの上に起き上がると、すかさずノエルが水を入れたコップを差し出す。


「あ、ありがとうございます」


薬を飲み下したアネモネは、しばしベッドに横になっていたが、やがてスヤスヤと眠ってしまった。


「典型的な船酔いです。心配いりません」


ノエルはようやくリュクサを見つめ、話しかけてきた。


「ありがとうございます。アネモネは部屋に連れて行きます…」


「いえ、ここに寝かせておいて結構ですよ。起きて治っていなかったら困りますしね」


そして、ノエルはスーツケースを開き、何やら荷物を漁り始めた。

何をしているのかと聞けば、彼はこれから長いバスタイムを楽しむのだそうだ。


「え、風呂に一時間半も入るんですか?」


男にしては長風呂、いや、人間にしてはかなりの長風呂だと言えるだろう。


「いけませんか?」

「いえ…じゃあ、彼女は連れて帰ります」

「起きた時、船酔いが残っていたら厄介だと言ったでしょう?そこに寝かせておいてください」


この人は、起きた時にアネモネが悪さをするかもしれないとは、考えないのだろうか。


「考えます。ただ、それは盗むべきものがあれば、の話です」

「ないんですか?」

「ありませんね。私の宝は金銭ではありませんし」


そう言って、バスルームに消えて行くノエル。

リュクサはアネモネだけを残して行ってしまうわけにも行かず、仕方なくベッドの下に座り込む。

ノエルの入浴時間は、まさかとは思っていたが、本当に一時間半きっかりだった。

リュクサもアネモネにつられてウトウトしていたのだが、バタン──、という音がしたので慌てて体を起こす。


「ッ!?」


そこにいたのは、とんでもなく美しい男性だった。

三つ編みを解いた、腰に届く金髪は真っすぐかつ艶やかで、メガネを取ったことで、彼の素顔がよく見える。

薄茶色の瞳に、高い鼻梁と薄い唇のバランスが絶妙で、映画のワンシーンから現実世界に足を踏み出してきたかのようなルックスだ。


「あなたは、特別ですからね」

「は…何が特別なんです?」

「口が堅そうです。この姿を見ても、あなたなら騒がないと信じていました」


そう言うと、ノエルは鏡の前で金髪をまとめて左側に三つ編みにし、メガネをかけてこちらを見つめてきた。


「あの姿をうっかり見せてしまうと、周囲が騒がしくなるのです」

「はあ」


まあ、そうかもしれないなと、リュクサは素直にうなずいた。


「ですが、それは不本意極まりない」

「なぜ…でしょうか?」

「私は顔だけの医師ではないからです」


ノエルという男性は、素顔で歩いているととにかく人目を惹くのだそうだ。

まあ、あれだけの美形であれば、当然だろう。

だから普段は髪を編み、メガネをかけて顔面の露出を控えているのだそうだ。


「別に視力が悪いわけではありません」

「モテるって、大変なことなんですね?」

「ええ…そうですね。特に…」


その後、どう続くのかと思ったら、彼はこんなことを言ってきた。


「男性ばかりにモテるので、心底参ります」




翌日──。


結局、あれからアネモネはノエルの部屋で一泊してしまった。

もちろん、リュクサもだ。

固い床の上で寝ていたので、体中が軋むように痛い。


「あーあ、ノエルさんの髪解いたバージョン、どうやって見ようかな」


そんなアネモネに、リュクサはポツリと一言言う。


「ノエルさんはやめておけ」

「ええ、なんでぇ?」

「あの人、男専門だぞ」


この言葉を最後に、アネモネは二度とノエルについて語らなくなった。




数年後──。


よくよく聞けば、ノエルはアネモネの態度の変化に気づいていたという。

だが、当時の彼は女にモテるのもまた面倒だと思い、敢えて無言を貫いていた。


「ノエル、今度はインテリ専属医と使用人の間で呼ばれているな?」


ノエルはリュクサの専属医となり、今となっては気の置けない友人である。


「迷惑千万ですね。私のことは放っておいてくださって構いません」


「わかった、執事にそう伝える」

「ああ、それと?」


ノエルはメガネの真ん中を指で押し上げた。


「何だ?」

「夜更かしは体に毒ですので、決してしないように、いいですね?」

「耳にタコができているんだが?」

「あなたに放置されては困ります。何かあったら、必ず私に言うこと」


リュクサは苦笑しつつ頷いた。

自分だけが特別なのかもしれないと思うと、少しくすぐったかった。




(了)


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