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ロボット社会        :約2500文字 :ロボット

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/03/29

「はい、どうもいつもありがとうございますっ。……次の方――えっ、人間?」


 店主らしき男はぴたりと動きを止め、眉をひそめた。次の瞬間、カウンターに両手をついてぐっと身を乗り出し、丸く見開いた目で、まじまじとおれを見つめてきた。

 おれは「ははは、まあ……」と曖昧に笑い、手にしていたベーコンレタスサンドをカウンターに置いた。カサリとビニールの擦れる音が妙に大きく響いた気がした。

 今日は行きつけの牛丼屋が臨時休業だった。仕方なく通りをぶらつき、どこか手ごろな店はないかと探しているうちに見つけたのが、この小さなパン屋だった。看板は少し色褪せていて、ガラスも曇っており、どこか時代に取り残されたような雰囲気を漂わせていた。それがむしろ、どこか親しみを感じさせた。なのに――。


「いやー、珍しいですねえ。人間のお客さんなんて……あっ、もしかして現金ですか? あの、申し訳ないんですが、うちは――」


「いや、電子マネーで払えるよ」


 おれはそう言ってポケットからカードを取り出し、差し出した。すると店主は一瞬きょとんとしたあと、首を傾げて苦笑した。


「ああ、カードね。はいはい。えーっと、読み取り機はどこだったかな……たしかこのへんに……」


 棚の下やレジの脇をもたついた手つきで探す店主の背中を眺めながら、おれは小さくため息をついた。今どきはオンライン決済が主流で、カードですら珍しい扱いになっているらしい。

 ……いや、それ以前の話か。


「あった、あった。……じゃあ、すみませんが、ちょっと横にずれていただけます? 後ろのお客さんが待ってるんで」


 そう言いながら、店主はおれのベーコンレタスサンドを腕で軽く押しやり、スペースを空けた。


「え、でも会計なんてすぐじゃ――」


「ロボットのお客さんが先なんでね」


「はあ」


 おれはしぶしぶカウンターの端へと移動した。背後にはロボットが四体、きっちりと一定間隔を保って並んでいた。わずかな音も立てず、ただ静かに順番を待っている。

 次の一体が前へ進み出ると、店主の顔がぱっと明るくなった。


「ああ、いつもありがとうございますぅ。サンドイッチと、はいはい。いやあ、どうもどうも。ご一緒にソーダバッテリーはいかがですか? シュッっと一本、効きますよぉ」


『いえ、大丈夫です。この店のパンは他所とは段違いだと、主人が申しておりました』


「ははあ、ありがとうございます! ぜひぜひ、よろしくお伝えくださいっ」


 店主は文字通り腰を低くし、ぺこぺこと何度も頭を下げた。

 どの店でも、買い物はロボットが優先される。もちろん、それはロボットに人権が認められた――なんていうSFじみた話ではない。

 この時代、人は誰もが販売会社と契約し、一人一台ロボットを所有しているのだ。

 所有者は自宅のソファに身を沈め、オンラインで仕事をこなし、買い物といったあらゆる雑用をロボットに任せている。

 ロボットを持っていない人間は低所得者か、奇人だけ。時は金なり、時間の価値も使い方もわからない愚か者。自分の足で店に出向くなんて効率の悪い、恥ずべき行為――そんな風潮が広がり、いつしかそれが『常識』になっていた。

 とはいえ、かつては富裕層の象徴だったロボットも、今では契約プラン次第で本体は無料だ。低所得層でも手が届く。(もっとも、月々の支払いに苦しめられることになるのだが)

 だから、ここまで過度にへりくだる必要もないように思えるのだが、この店主にはまだ昔の感覚が残っているのかもしれない。


「ふーっ……ああ、はい。どうぞー」


 ようやくおれの番がきた。店主は顎をしゃくらせ、前へ来るように合図した。


「カード決済ね」


「ああ、はい。どうも」


「しかし、本当に珍しいねえ」 


 店主は端末をずいと差し出し、じろじろと舐め回すようにおれを見てきた。好奇心と軽蔑が入り混じったような目だ。

 おれは少しむっとして、口を開いた。


「はあ。でも、あなたもこうして働いているじゃないですか」


「ははは! わたしゃね、一日に二十分だけですよ。たまにゃ体を動かさないとね。おーい、このお客さんの相手してくれ」


『はい』


 店主が奥へ向かって声を張ると、バックヤードの暖簾の奥から一体のロボットが現れた。店主は「どうだ」と言わんばかりに鼻を鳴らした。


「じゃ、ごゆっくり」


 店主は勝ち誇ったような顔でそう言い残し、奥へ引っ込んでいった。

 会計はものの十数秒で終わり、おれはパンの入った袋を受け取って店を出た。

 駅のほうへ向かって歩きながら、おれはふっと息を吐いた。やれやれだ。やはり、人間が店に立っていると分かった時点で引き返すべきだった。人間を相手するのはどうも余計な神経を使う。


『あ、おやっさん。どこ行ってたの! 時間ないんだよ』


「ああ、はいはい。すみませんね。ちょいと昼飯の調達をね」


 持ち場に戻ると、おれは慌ててござに腰を下ろした。駅前の一角、路地の脇がおれの仕事場だ。

 ロボットはすぐにおれの膝へ足を乗せてきた。


「へへ、すみませんねえ。タオルの上にお願いします」


 おれは笑いながらその足を持ち上げ、膝にタオルをさっと広げた。

 ロボットはあらためて足を預け直した。おれは脇の道具箱に手を伸ばし、留め具を弾いて蓋を開けた。中には大小さまざまなブラシ、研磨クロス、専用オイルの瓶などがきっちりと収まっている。必要な分だけ素早く選び取り、作業に入る。まずは靴からだ。


『他にも業者はあるけどさ、おやっさんが一番腕がいいよ』


「へへえ、ありがとうございますっ。そう言っていただけると励みになりますっ。お靴の次は、お体もお磨きしましょうか?」


『ああ、いいね。頼むよ。ただし、早くね』


「へい、もちろんですとも! ロボット磨きは、このてっちゃんにお任せください!」


 ロボットが普及すると、人々はその性能やグレードに異様なまでにこだわるようになった。大手企業が新モデルを発表すれば、主人に命じられたロボットたちが列を成し、限定モデルともなればオンライン抽選に何百万件もの応募が殺到し、サイトが落ちる始末。

 現在の最新モデルは『アイン27』。他社製、とくに格安モデルの『ドロイ』なんかを子供の誕生日に贈ろうものなら、喉から血が出るほど泣いて抗議されるらしい。


 もっとも、おれにとってはそんなことはどうでもいい。どのロボットも等しく上客だ。磨けば光り、金になるからな。

 いやはや、ロボット社会万歳。

 今日もたっぷり稼いで、家で待っているミリーちゃんに、いい香りがする高級オイルを買って帰ろう。むふふ、最高のセックスロボットには、やっぱり高級品じゃないとな。むふふ、むふふふ……。

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