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高校一年生冬 買取

お読みくださりありがとうございます。前田奈穗と申します。


さて、第六話です。


すでに完結まで書き上げており、2026/03/20ごろ連載終了予定です。午前と午後で毎日二話ずつ更新いたします。


お楽しみいただけましたら嬉しいです。



「どーもー」


 その日、昼食を食べていると、カーテンがまた勢いよく開いた。(ひかる)だ。膝の上にはのりたまふりかけが乗っている。


「じゃじゃん。見て見て。これ、浅葱(あさぎ)……お手伝いさんに早速買ってきてもらったんだ」


 光は得意げに梅乃(うめの)の目の前にのりたまを掲げ、ふんふん鼻歌を歌いながら机の上に置いた。『持ってきた』だけでどうしてそこまで誇らしげ? とは思ったが、六百万もらった手前、あまり邪険にはできない。梅乃はただ、どうもと控えめにお辞儀した。


 早速、もらったのりたまの袋を開ける。途端、たまごふりかけ特有のご飯に合う匂いが鼻を刺激して、梅乃は柔らかく目を細めた。お盆にのっている白ご飯は、まだ少し温かい。


 のりたまをふりかけていくと、それは一気に色鮮やかになり、何倍もおいしそうになる。ビビッドな黄色と、細長い海苔。箸で一口分すくい、口に入れる。想像通り、しょっぱさに混ざる独特な風味のたまご味。丸っこいせんべいのようなものが、食感にアクセントももたらしてくれる。これを考えた人は天才だ。


 ほくほく食べていると、光が面白そうに笑った。なんだか恥ずかしくなって、梅乃はまた、小さく会釈する。


「調子はどう?」


 光が尋ねる。


「まあまあです」


 梅乃はのりたまご飯を咀嚼しながら適当に答えた。でも改まって訊かれると、そういえばようやく少し、身体全体のだるさに慣れてきたかもしれない。きっと訊かれなければ気付かなかった。


「午前中は何をしていたの?」


「特に何も」


「ぼうっとしていたの?」


「まあ、しいて言えば」


「そうか、それは退屈だろう」


「はあ」


 盛り上げる気がまったくない返答。仮にも六百万を、そしてふりかけまでも差し出してくれる相手なのに、我ながら無体なものだ。そういえば自分は、誰と話すときでもこうだった。いつでもどんな話題でも、何となくどこか他人事で、身が入らない。そんな自分自身にも、今気が付いた。


 思考を飛ばしていると、


「こんなものを持ってきてみたんだけど」


 光がまた、車椅子の下から大きな紙袋を取り出した。


 前例が前例なので恐る恐る覗く。今度は、本が数冊入っていた。


「失恋を買わせてもらった手前、君の失恋は一刻も早く失くしてあげたいんだけど、どうしたらいいのかわからなくてね」


 ……ああ、そういえばそんな話あったな。


「でも、日がな一日ぼうっとしていたら、どうしたってうっかり想い人の顔が浮かんでしまうだろう? それは間違いない」


 だからひとまず、湿っぽい感情を吹き飛ばしてくれるような本を選んでみた。


 僕はもうすべて読んでしまったから、もらってくれていいよ。



 失恋をしたという強い実感がないのでまったくもっていらぬ気づかいだが、『ベッドに寝そべりぼうっとする』以外のことができない今、確かに梅乃は退屈していて、時間を潰せるものがあるのはありがたい。さて、光は一体どんな本をくれたのか――。


『クレヨンしんちゃん』

『スヌーピー』

『失恋は人生の終わりじゃない! 始まりの三十か条』

『失恋したあなたへ 立ち直るための二十ステップ』


 ……なるほど。馬鹿にされているのか、壊滅的にセンスがないのかわからない。少なくとも最後の二冊は心の底からいらない。


「……ありがとう、ございます」


「いえいえ。こちらこそ。改めまして、いい買い物をどうも」


 微妙な顔をしている梅乃に、光はほのぼの言った。


 よくわからないが、失恋にはこんなものより、あかりやのりたまのほうがよっぽど効く気がする。


 あかりやのりたまのおかげで、まずかったご飯はまあまあ美味しいご飯になった。加えて言えば、そもそも入院したおかげで、今はそこそこのベッドで毎日ゆっくり眠れている。


 梅乃に安らかな毎日をくれた四つ上の元カレ。失ったことを、今はもうさほど悲しんでいないような気がする。


 それでも、午後に暇つぶしに読んだ『クレヨンしんちゃん』で、梅乃はおなかが痛くなるほど笑った。声を出して笑ったのは、随分久しぶりだった。



 翌日も、翌々日も、光は本を持ってきた。『ドラえもん』、『ブラックジャック』、『トムとジェリー』。毎回読む前はあまりそそられないが、読んでみるとかなり面白い。


 ただ、飽きずに毎日混ざっている失恋から立ち直るためのティップス系啓発本は、なんとなく気持ちが白けるので手を付けなかった。


「どうして読まないの? もしかして君は、本当は失恋を手放したくないの?」


 ある日、ショックを受けたように光が言うのに、梅乃はあきれた。


「胡散臭いから読む気がしないの」


 その頃になるともう大分、自然に光と会話するようになっていた。はじめは話すのも面倒だと思っていたけれど、一日が鬼のように長いこの病院で、光と話す時間があるのは悪くない。持ってきてくれるふりかけも込みで考えたら、光は充分に楽しい存在だった。


 何より、ここは安全だ。一週間という期限付きの場所であるとはいえ、そのことは、梅乃をいつもの何倍も穏やかな気持ちにした。


「胡散臭い? そうかな。ノンフィクションだろう。とても信頼性があると思うんだけど。ほら、これなんかどう? 高校生の君にピッタリじゃないか」


『高校時代の失恋、スパダリと出会って三日で上書きした私が教える、最高の切り替え術 考え方で世界は百八十度変わる!』


 ――この世間知らずお坊ちゃんめ。


 梅乃は深いため息をついた。どこがぴったりなのだ。とんだ移り気ロマンチストじゃないか。


「そんなものを読んでうまくいったら苦労しないよ」


「でも、読んでみないことにはわからない。君の失恋も、こういう本から得た思わぬ発想の転換で、すっと癒えていくのかもしれない」


「興味なし」


「読んでみる前に決めるなんて」


 光は真剣に訴えて、にべもなく切り捨てられると心底悲壮な顔をした。せっかく用意してくれている訳だし、申し訳なさはあるけれど、読む気がしないものをわざわざ読む面倒くささには負ける。


「そんなことじゃあ、いつまでたっても、君の失恋が癒えないじゃないか」


「ああ、……それ、まだ気にする?」


「え?」


 光は、梅乃の反応にぱちぱちと目を瞬いた。光のこういう反応が、最近はなんとなく面白い。


 これまで梅乃のまわりに、これほど熱心に自分を付け回し、働きかけてくる人間はいなかった。これはどうだった? あれはどうだった? 森で拾ってきたドングリを、家で母親にひとつひとつ披露する子どものように、自分の喜ぶ顔、驚く顔をただひたむきに引き出そうとしてくる。そして梅乃が予想だにしない反応をすると、今みたいに目を丸くする。こんな人、初めて出会った。


 しかもそれが、哀れみや見返りを求めた行動ではない。おそらくは、すごく暇な金持ちによる、純粋な暇つぶし。もしくは、人と出会ってこなかった少年による、へっぽこな探求ごっこ。少しくらいは、梅乃の一面を見せてもいいかと思ってしまう。


「本当は、君が本を持ってき始めたころくらいにはもう、元カレのことなんかほとんど思い出してなかったよ」


「……ええ? 嘘だろう?」


 光はさらに大きく、零れてしまいそうなほどに目を見開いた。そして、車椅子の右側のひじ掛けに大げさにうなだれる。


「なんだよ言ってくれよ」


 梅乃は笑った。


「でも本は読みたかったの。暇だから。……まあ、『立ち直った』? のは、あかりとのりたまのおかげもあるし、君が癒してくれたことに変わりはないんだ。あとは、このベッドかな。やっぱりご飯と寝る場所は人を穏やかにする」


 梅乃がしみじみ言うと、光は忌々しげにこちらに横目を向けた。


「すると君は、僕から不当に本の供給を受けていたわけだな。卑怯ものめっ」


 言葉のわりに、光は笑っている。


「つまるところ、君が失恋から立ち直るには、ふりかけとベッドが必要だったわけだ」


「まあ、そうなるね」


「……おかしいな。そんなことはどの本にも書いていなかった」


 光は、ベッドの端に積みあがった失恋ティップス啓発本に手を伸ばし、パラパラ見返して首を傾げた。


「だから言ったでしょう」


「……ううん、失恋っていうのは難しいんだなあ。まあ、何はともあれ君が立ち直れたならよかった。これで、君の失恋は完全に消えたということでいいんだね? 買取完了ということで」


「うん、いい」


 結局よくわからないんだよな、と思いながら、梅乃はうなずいた。


「そうか。あかりものりたまもさぞ鼻高々だろう」


 謎方面に嬉しそうな光に苦笑を返しながら、梅乃はふと思う。本当は、自分が手元に大金を持っていることも、少なからず心の安定につながっているだろう。


 着替えもタオルも靴も手元になく、入院、医療費負担のことなど、考えるだけで憂鬱だった。しかし手元に六百万がある今、割とどれも、なんとかなりそうな気がしてくる。生々しいので口には出さないけれど。


「……ありがとう」


「なにが?」


「いや、えっと、……君がふりかけを持ってきてくれたから」


 光は、ああ、なんだ、そんなこと、とにっこり笑った。この人は、笑顔が似合う。でも「そんなこと」って、前は『たかがふりかけ』で随分誇らしげにふるまっていたじゃないか。茶化す前に、光が続けた。


「もとはと言えば、君がけがをしてここにきたからだよ。君は自分から、着実に失恋脱却に向かっていたんだ」


「うーんと、まあ、そうなのかもしれない」


 話が絶妙にかみ合っているような、いないような。でも、会話って、そのくらいがちょうどいいのかもしれない。顔を見合わせて、可笑しくなって二人、くすくす笑った。


「ひとつわかったことがあるよ」


 ふいに、背中を曲げて笑っていた光が姿勢を正した。


「何?」


「君と仲良くなりたかったら、おいしい食べ物を持っていけばいいんだ」





お読みくださりありがとうございました。

感想、評価などいただけましたら大変嬉しいです。

また次回もお目にかかれますように。

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