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白い箱の人生

お読みくださりありがとうございます。前田奈穗と申します。


さて、第三十話です。


すでに完結まで書き上げており、2026/03/20ごろ連載終了予定です。


午前と午後で毎日二話ずつ更新いたします。


お楽しみいただけましたら嬉しいです。



 もらった花冠は、ベッドわきに置いて大事に大事に眺めていた。


 自分でも作ってみたかったけれど、作り方を教わる時間がなかったので、まず慎重にちょっとだけ外してみて、それをなんとか元通りに編みなおして、できたら今度はもう少し手前まで外して、また元に戻して――そうやって少しずつ、作り方を覚えた。


 女の子の隣でいつも手順を見ていたおかげもあり、丸二日かかってようやく、(ひかる)は一人で完全に花冠を組み立てられるようになった。


 その頃には、もらった花冠はすっかり黒ずんで萎れていた。


 間もなく、それはお手伝いさんの手によって、光が寝ている隙に跡形もなく()()()()()()しまった。



 それから間もなく。光は都心の大学病院に転院した。


 人工心臓を取り付けるためだった。


 心臓移植は体への負荷が大きく、幼い体では適合するドナーも限られる。ドナーが見つかるまでの間は、補助人工装置――VADと呼ばれる装置で命をつながなければならない。


 人工心臓との共同生活が始まると、安静のため、移動はすべて車椅子を義務付けられた。


 最初こそ、いかつい乗り物を自分で好き勝手に操縦できることが楽しくて、病棟中乗り回して遊んだものの――。


 四年後、十歳の誕生日。

 長らく使われなかった自分の足が、もう満足に体を支えられなくなっていることに気づいた。


 さらに五年後、十五歳。

 成長とともにようやく、移植の可能性が現実的になった。やっとだと思った。


 そしてその一年後、十六歳。

 移植待ちの長蛇の列の後方で焦れたまま、心臓は刻々と消耗し、ついに医師から「一年後に生きている確率は、五十パーセント」と告げられた。


 その頃にはもう、道真(みちざね)家に光の生死を気にする者はいなかった。


 毎日の本の差し入れは、「お小遣い」と称した大金の振り込みに変わった。


 とうとう、光の為に何かを選ぶことも放棄したらしい。


 車椅子になった年、初めてもらった額、月百万。


 次の年は月二百万、その次の年は月三百万。


 毎年百万ずつ増えていって、車椅子六年目の今、月六百万。


 最初こそ特注の豪華な本棚を買ってみたりしたが、到底、使いきれるわけがなかった。


 向こうもそれを承知で送っている。


 事実上我が子を見捨てたことへの、押し付け的な詫び料。光が死に近づくにつれ、家族と遠くなるにつれ、これで許せと言わんばかりに額はどんどん積まれていく。


 それでも一度だって、会いに来ることはない。


 一年後に生きている確率は、五十パーセント。


 心の中で何度唱えてみても、現実味はまるでなかった。


 実感が湧かないので、どう反応したらいいかわからない。


 いや、違う。本当は怖かった。怖いから、考えたくなかった。怖くて、死にたくなくて、その上誰も一緒に怖がってくれないことに憤っていて。


 世界は理不尽だと思った。


 もう全部投げ出したい。どうして自分一人がこんなに苦しいんだろう。悔しい。世界中に地団太を踏んで、僕のことをどうにかしてよと神様に叫びたい。ずるい。


 どうしてこんなに自分だけが――。


 収拾のつかない気持ちに頭がはちきれそうになっていたとき、無表情に、浅葱(あさぎ)が言った。


 幼少期を過ごした、市内の総合病院。


 あそこに、戻ってみてはいかがですか。


「あの頃の坊ちゃんが、一番楽しそうに見えました」


 ――きっと、すぐに治るよ。


 ずっと大切に抱きしめていた、遠い記憶。


 ――ああ、そうかもしれない。


 その時初めて、自分の寿命以外のことを考えた。


 白い箱の中に、隙間なくパッキングされたような光の人生。


 でもそれは、自分だけじゃなかった。


 かつて、同じく箱の中にいたお姫様。


 彼女の箱は、白い箱とはまた違う、父親という箱だったけれど。


 あの子は今、どうしているだろう――。



 病院を移って一か月後。再び、彼女に出会った。


『十六歳女性。市内のアパート××で、階段から転落したらしい』


 相変わらず、こっそり情報をくれたのは浅葱だった。


 夜中に緊急搬送されたというその人の情報を聞いたとき、不謹慎にも光の胸は高鳴った。


 ――あの子だ。


 そう、確信していた。


「ありがとう」


「はっ」


 浅葱が一礼して部屋を去ると、すぐに光も部屋を出た。


 十年ぶりの大冒険。


 救急外来の観察室に忍び込んで、そっとカーテンを開ける。


 すうすう。


 静かな寝息を立てているその子は、白い肌に、暗闇でもわかる細くて華奢な首。顔つきは、昔と比べて随分大人びている。でも光には確かに、この寝顔はあの女の子だとわかった。


 本当は、今日は顔を見るだけにしようと思っていた。


 しかし耐えきれず、肩を揺さぶった。


 車椅子に人工心臓。自分はずいぶんと変わってしまったが、彼女は覚えているだろうか。


「ねえねえ。起きてよ。起きて」


「ねえ君、また来たの?」


「今度は骨折? 忙しいなあ」


「でもね、僕は会えてうれしいよ」


「じゃあね。眠い時に来てごめんね。明日また会いに来るね」


 うっすらと迷惑そうに開かれた瞼。そこから覗いている、月明かりを反射して輝く、きれいな瞳。


 聞こえているだろうか。いや、聞こえていなくてもいい。会えたことが嬉しい。


 すると彼女は、重い瞼をしょぼしょぼさせたまま、ゆっくりとうなずいた。


 胸に一気に熱いものがこみ上げる。


 それでも夜中だから高揚を必死に抑えて、毛布から出ている彼女の細い小指に、自分の小指を絡めてゆらゆら揺らした。


「約束ね」


 再び「じゃあね」と呼びかけて、そっと観察室を後にした。


 部屋への帰り道、何度も何度も、記憶が擦り切れそうなほど、数分前の再会を頭の中で再生した。


 これまでで一番、奇跡を感じた瞬間だった。



 翌朝、改めて再会した彼女は、光をひどく胡散臭そうな目で見た。


 その態度にすら、場違いにも嬉しさが募った。


 十年前、初めて会った時も、彼女はそうだったから。大人用スリッパを何度も逃がしながら階段を下りる光に、クールですげない対応をしたその子。


 若狭(わかさ)梅乃(うめの)


 名前も、その時初めて知った。とても彼女らしい名前だった。


 梅乃の入院手続きやその他諸々には、浅葱がひそかに手を回した。梅乃自身は気付いていないようだが、未成年は原則、入院に親の同意がいる。保護者に連絡なしで入退院など普通はあり得ない。道真の権力に、光は生まれて初めて感謝した。


 最初はとりつくしまもなかった梅乃だが、光がふりかけを召喚したらちょっとだけ物腰柔らかくなった。


 それもクッキーをあげたらわずかに心を開いてくれたあの時のようで、光は笑ってしまった。


「ひとつわかったことがあるよ」


「何?」


「君と仲良くなりたかったら、おいしい食べ物を持っていけばいいんだ」


 この人にもう一度会うために、自分は今まで生きてきた。


 誇張じゃなく、そう思った。


「君が好きだ」


 だからそれは、紛れもない本心だった。



お読みくださりありがとうございました。

感想、評価などいただけましたら大変嬉しいです。

あと三話で物語が終わります。

また次回もお目にかかれますように。

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