高校一年生終わり 死んだ家
お読みくださりありがとうございます。前田奈穗と申します。
さて、第二十一話です。
※言葉遣いを一部修正いたしました。
すでに完結まで書き上げており、2026/03/20ごろ連載終了予定です。
午前と午後で毎日二話ずつ更新いたします。
お楽しみいただけましたら嬉しいです。
病院で父親の顔を見て、梅乃は拍子抜けしてしまった。
久しぶりに会った父親は、まるで人が変わっていた。
命が吸い取られたあとの抜け殻みたい。
奪われる――泣くほどそう恐れたのに、この人にはもう、何を奪う力も残っていないようだった。
目はうつろ。看護師が話しかける言葉も、耳に入っているのかどうかわからない。看護師に支えられてベッドからふらふら立ち上がり、おぼつかない足取りで歩いた。
医師や看護師に言われるがまま、なんとか必要手続きを終える。
梅乃は入院時の荷物をまとめて持たされ、後ろから間をあけて父親についていく形で、病院を後にした。
帰り道。父親の後ろ姿に、もう一度目をやってみる。
丸まった背中に、ぼさぼさの髪、ヨレヨレの服、底が途中まで剥がれた突っ掛け。
酒を飲んで大暴れしていた時には途方もない壁のように見えた父親も、今では大きな破れ傘のようだった。
一ヶ月ぶりのボロアパートにたどり着く。父親は、鍵の開け放たれた我が家にのそのそ入っていく。
後に続いて、玄関のドアは開けたまま、梅乃も片足だけ踏み入れた。
久々に入った家は、空気がひどく淀んでいた。
酒の空き瓶や四リットルボトルがそこかしこに散らばって、そのうちいくつかは、割れていたり潰れていたり。汚れた洋服や何年も前の雑誌も、あちこちにゴミのように落っこちている。
前から、似たような有様だった気もする。
しかし、光の常春のようなあの部屋を知っている今、ここはまともな人間が生活する部屋には見えなかった。
留まっていたら、生きるエネルギーを根こそぎ吸い取られてしまいそうだ。
父親は履いていた突っ掛けを脱ぎもせず、そのまま部屋に上がり込んで自分の布団にぼんやり座った。
その布団も、寝転がるのもやっとなぐらい、いろんなものでぐちゃぐちゃで。
座り込んだことで、父親は死んだこの部屋と完全に同化したように見えた。
梅乃は玄関のすぐそばに、運んできた荷物を置く。
かさり。
紙袋が床と擦れる、耳障りな音がした。
──しまった。
反射的に父親を見た。
父親が疲れている時、無闇に音を立ててはいけない。
うるせえよ。
不快を全面に出した、どすの効いた声が部屋に響く──ことはなかった。
父親はこちらに目もくれず、焦点の合わない瞳で、ただ斜め下、何もない空間を見つめている。
生気のない顔。
自分の知っている父親ではない。
いや、ここは、自分の知る空間ではない。
── 一刻も早く、立ち去りたい。
本能的にそう思った。
「……私、帰ってもいい?」
恐る恐る、問いかける。
父親はやはり、こちらを見ない。
「……帰るね」
声の震えを抑制し、さっきより気持ち大きめの声で、今度は一方的にそう告げた。
玄関から大きく一歩、後ずさる。
パタン。
呆気なくドアが閉まる。
足早にいくつかの部屋の前を過ぎ、階段にたどり着く。
足をかけたところでふと、振り返った。
──逃げんのかぁ?
数か月前の夜、振り返ったら、鼻先にブラックニッカが飛んできた。
今日は酒瓶どころか、怒声一つ飛んでこない。
しんと静まり返った空間に、錆びついたドアがいくつも並んでいる。
差し込む太陽が、それぞれのドアを照らす。
──ここにも陽が当たるんだ。
どこか他人事のように、梅乃は思った。
お読みくださりありがとうございました。
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また次回もお目にかかれますように。




