高校一年生初春 束の間
お読みくださりありがとうございます。前田奈穗と申します。
さて、第十九話です。
すでに完結まで書き上げており、2026/03/20ごろ連載終了予定です。
午前と午後で毎日二話ずつ更新いたします。
お楽しみいただけましたら嬉しいです。
それから四週間。
梅乃はこれまでと変わらない暮らしをしていた。
光と朝ごはんを食べ、「行ってきます」「行ってらっしゃい」を言い合って学校に出かけ、授業を受けて、家に帰る。
たまに、冬宮とマックで照り焼きチキンを食べたり、ミスドの期間限定を食べたりした。
二人で五度目に照り焼きチキンを食べた日、冬宮は初めて、梅乃に自分の描いている絵を見せてくれた。
想像の何倍も、素敵な絵だった。
「本当に、すごく上手なの。少女漫画の女の子みたいな絵とか、デッサン人形がいろんなポーズしてたりとか、手がたくさん練習してあったりとか」
早速、夕ご飯を食べながら、光に報告した。
「へえ、すごいなあ」
光も感心していた。
冬宮とはあれ以降もよく購買で会い、いつだったか成り行きで昼ごはんを一緒に食べ、そこからは毎日、昼休みを共に過ごす仲になっている。
四限が終わると同時に購買に走り、塩バターメロンパンを狙う。勝率は今のところ五分五分。
古典が四限にある火曜日は、次が昼休みなのをいいことに先生が授業を延ばしまくるので、たいてい勝負に負ける。そういう時は、二人肩を落としてあんパンを食べた。
一緒に過ごす時間に比例して、冬宮のこともいろいろ知った。
甘党で、猫好きだけど猫アレルギーで、とある月刊誌に連載されている少女漫画を、日々の癒しにしている。
二歳年下の妹がいて、その子は冬宮とは真逆の元気なスポーツ系。
梅乃の方には自分について話せることが大してないのが申し訳なかったかったが、
「私もその月刊誌読んでみようかな」
そうつぶやいたら、冬宮は目の色を変えた。
「えっ! 本当? 読む? 私、いつでも貸せるよ! っていうか試しに明日持ってきてみてもいいかな?」
これまでで一番前のめりな冬宮を見た。
若干気圧されながらも梅乃はうなずき、「今度の発売日は、放課後二人で買いに行こう」なんて約束までした。
昼食を食べ終わると、冬宮は決まって絵を描いた。
梅乃は隣で、それをうまいなあとぼんやり眺める。時折、体勢や手のデッサンモデルになったりもした。
「若狭さんって、手がきれい。ハンドモデルになれそう」
「え、そうかな?」
「うん、すごくきれいだもん。手が」
「……どうせなら『モデルになれそう』って言われたいかも」
「あ、それもそうか」
「……え、言ってよ」
「っふふ」
たわいないやり取り。
大きく見れば代わり映えのしない、それでも毎日違う日々。
家に帰ると、光にもその穏やかな日常を、毎日話した。
「ということは将来その冬宮さんは、美術系に進むのかな」
ある日、光は急にそんなことを言った。
「ああ、どうなんだろう。そうかも」
梅乃は首を傾げる。
これまで特にそんなことは言っていなかったが、あれほど熱心に描いているのだから、あり得るかもしれない。
梅乃が曖昧にうなずくと、光はふむふむと顎に手を当てた。
「じゃあ、君は?」
「え?」
「君は将来、何になりたいの?」
予期せぬ流れ弾だった。梅乃は言葉を詰まらせてから、
「……さあ」
軽い気持ちで首を傾げる。まだ、考えたこともなかった。
すると、光はたちまち般若のように目を吊り上げた。
「嘘だろう? 君は、齢十六にもなって、将来の夢の一つもないの?」
「……え? いやいや、将来の夢なんて、もう決めてるのは意識が高い人たちだけだよ。まだ高二だって始まったばかり……」
急な詰め寄りに引き気味に弁明する梅乃に、光はますます食って掛かる。
「意識なんか高くてなんぼじゃないか。なにをぐずぐずしているの?」
「えぇ……」
「ああもう。僕はまた君に、将来の夢を見つけるための本を探してあげなきゃ」
光はひとり、ぶちぶち言いながら、ベッドわきに置いてあるアイパッドでアマゾンを開く。
「いや、いいよ」
梅乃は慌てて声を張る。
「いいや、よくない」
「いいって」
「いいや、だめだ。だめったらだめ」
……ああ、また始まった。
梅乃は内心うんざりした。
友達を作れと言ってきたときと同じ。
光はこうなると聞かない。
光はたまに、梅乃にやたらと先を急がせたがる。梅乃はまだ、そんなこと目にも入っていないというのに。
抗議のつもりで大きくため息をつく。すると、
「君はわかってない」
目をさんかくにして唇を尖らせた光が、対抗の構えでこちらを向いた。
「君にはせっかく未来があるんだ。でも、それを邪魔する人もいる。いらない邪魔が入る前に、君はたくさんの武器を手に入れておくんだよ」
「でも、私は将来のことなんて今は……」
「ぐずぐずしていたらダメだ。敵が追いかけてくる前に、君は早く逃げ切らないと」
間髪入れずに言い切られた。そしてまた、光の視線はアイパッドに戻る。
梅乃のことで焦っているのに、肝心の梅乃など見えていないみたいだ。
画面をせかせか操作して、続々と本を買い物かごに入れていく。……どうせ前のように意味のないハウツー本ばかりだろう。
一人取り残された気分で、梅乃はぶすっとベッドの上に鞄を投げた。
それから自分も、ふかふかのベッドに勢いよく倒れ込む。真っ白な天井が見えた。
静かな部屋に、光が懸命にアイパッドを叩く音が響いている。
……どうして光は、先へ先へと行かせたがるんだろう。
今ある日常は、梅乃にとって至高の、何よりも安らかな常春だ。
せっかく手に入れたのに、早く進めと追い出されているようで、不安が言いようのない苛立ちになって、心を曇らせる。
梅乃はもう一度、深いため息をついた。
お読みくださりありがとうございました。
感想、評価などいただけましたら大変嬉しいです。
また次回もお目にかかれますように。




