表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/31

高校一年生冬 リア充

お読みくださりありがとうございます。前田奈穗と申します。


さて、第十二話です。変な題名ですね。


すでに完結まで書き上げており、2026/03/20ごろ連載終了予定です。午前と午後で毎日二話ずつ更新いたします。


お楽しみいただけましたら嬉しいです。



 この生活が始まって一か月ほど。


 その頃になると毎日の特訓が実を結び、梅乃(うめの)は学校の授業も難なく理解できるようになっていた。


「行ってきます」


 いつものように部屋の引き戸を開ける。


 その日は珍しく、梅乃が部屋を出るタイミングで(ひかる)がトイレに行っていた。


 しんとした部屋に、梅乃の声がわずかに反響する。


 思わず室内を振り返った。


 本とベッドと机しかない、自分の家よりも広い部屋。


「行ってきます」


 梅乃はもう一度、小さくつぶやいた。


 口にすることが、すっかり当たり前になっていた。


 ──行ってきます。

 ──行ってらっしゃい。


 ──おかえり。

 ──ただいま。


 ──いただきます。

 ──ごちそうさま。


 ここに来る前は、縁のなかった言葉たち。


 たかが一か月、されど一か月。適応とは恐ろしい。


 不思議な気分で学校に向かった。



 放課後、「ただいま」と部屋に帰ると、光は「おかえり」と共に、「はあぁ」とやたらわざとらしいため息をついた。


「え、なに?」


「僕は悲しいよ」


 光は眉を下げ、目元に大仰に手を当てて俯く。


「君はさ、リア充にあこがれはないの?」


「……え、なに?」


 まるで予想しなかった問いに、梅乃は目を丸くした。


「普通JKっていうのは、友達と放課後に『太っちゃ~う』って言いながらラージサイズの甘〜いタピオカを飲んだり、もはや原形を留めていないくらい盛り盛りなプリクラを、財布にお札よりも多く忍ばせていたりするものだろう? ……そういうものに、憧れはないの?」


 話しぶりからして、光も『リア充』には思うところがありそうだった。梅乃も生来そういうものとは無縁な生活をしてきたので、興味がない。


 首を傾げていると、光は顔をしかめた。


「鈍いなあ。君、やっぱり自分や周りに関心がないんだね。そういうものに惹かれないJKはJKじゃないよ」


 散々な言いようだ。今度は梅乃が顔をしかめる。


 しかし、光は絶対に己が正しいんだと言わんばかりに言い募る。


「君は動かない生活に慣れすぎている。よくないよ。君だっていつベッドの花になるかわからないんだ。悪いことは言わないから、明日は夕方五時までたっぷり遊んできなさい。金なら出す」


 いやいや。梅乃は呆れた。金ならある。光からもらった六百万が、充分すぎるほど。入院費用で少なからず減ったとはいえ、未だ余りある。


 だが、そういう問題ではないのだ。単純に、気乗りがしない。


「……遊ぶ相手がいないから」


 とりあえず、適当にまっとうな言い訳をしてみた。


「いるだろう。クラスメイトだけでも四十人」


「みんな忙しいよ」


 高校一年生終盤。とっくに仲良しグループが固定されている中、長らく消息不明だった不思議ちゃん梅乃と、放課後を共に過ごしたい人などいない。


 ……自分で言っておきながらちょっと悲しくなった。光め。


「放課後、教室にたむろっている人間のひとりやふたりいるだろう。声をかけてみたらいいじゃない。君が目もくれず颯爽と帰るのが悪いんだ」


 それでも光はさらに食い下がり、腕を組んでぶすくれる。


「チャイムと同時に教室を出ていくもんだから、君は今頃、裏で『シンデレラ』とか呼ばれているに違いないよ。はあぁ。まったく、せめてガラスの靴ぐらいは図太く落としていきなよね」


「……」


 どうやら『シンデレラ』にも思うところがあるらしいことは分かった。しかし、分からない──どうして光が、梅乃の学校生活にまで口を出すのか。


 梅乃が学校でどう過ごそうが、光には関係ない。光自身に迷惑などこれっぽっちも――あ。


 そこで、はっとした。


 重要なことを見落としていた。


「わかった。じゃあ、明日からは五時になってからここに帰るよ」


 急遽主張を変えた。


 今更気が付いたのだ。


 光はこれまで、この部屋にずっと一人で暮らしてきた。四六時中他人に部屋にいられては、落ち着かないに決まっているじゃないか。


 梅乃の言葉を聞くや否や、光の顔はぱあっと明るくなった。


「そうそう! その意気だよ。リア充してきなさい」


 我が子の成長を菩薩然として見守る母親のように、光はゆったりとした微笑みを携えてうなずく。そしてどこからともなく金一封を取り出し、梅乃に握らせた。


「糸目をつけず楽しんでおいで」


 ……お坊ちゃんは、たまに恐ろしい。



 翌日、梅乃は夕方五時まできちんと時間を潰してから部屋に帰った。


「やあやあ、おかえりぃ!」


「ただいま」


 光はいつも以上に上機嫌に梅乃を出迎えた。


「今日はどうだった? どこで誰と遊んだの?」


「ああ、高校近くにあるマック……の隣のカフェで勉強してたよ」


「へえ、カフェ?」


 うん、と梅乃は頷く。


 最初はマックに行くつもりだったが、店前に辿り着いてみると、でかでかと『照り焼きチキンフィレオ』の看板が掲げられていた。いみじくも、ここ最近思い出すことのなかった「照り焼きチキンしか勝たん」元カレの顔が思い浮かび、梅乃は隣にある割高のカフェにコースチェンジした。


 まだ好きとか、傷が癒えないとか、そういうことではない。「元カレと食べたなあ」と真っ先に思い浮かんでしまう、変な苦さが嫌なのだ。ああ、思い出すとまた、妙に気まずい気分がやってくる。……余計な質問をしよって、光め。


「そうか、カフェで勉強か。いいねえ、青春だねえ」


 梅乃の八つ当たり的感情はいざ知らず、光はしみじみと一人頷いている。それから目を輝かせ、にょきっとこちらに首を伸ばした。


「それで、誰と?」


「あ、いや、ひとりで」


「え、なんて? 誰とだって?」


「いや、だから、ひとりで」


「……え?」


「……え?」


 光はみるみる目を吊り上げて不機嫌になった。


「待ってよ。僕は君に、リア充してきなさいって言っただろう? どうしてひとりでカフェなんかに行くんだ。だったら少しでも早く帰ってきて、僕とお話してくれたらよかったのに。君、ひょっとして僕が邪魔だったの?」


「……えぇ?」


 頭の中にはてなマークがぽこぽこ浮かぶ。予想とは真逆の反応をされた。


 唖然とする梅乃をよそに、光はまったくもうと頬を膨らませた。


「君ってば本当に。……とにかく明日は、一人くらいには話しかけてよね。頼むよ」


「え、どうして?」


 梅乃は首を傾げた。


 光の言わんとするところがわからない。


 すると、光がむすっとしたまま口を開いた。


「君はいつも腰が重いじゃないか。失恋から立ち直る本は読まず嫌い、学校にも行きたがらない、その上ノートを貸してもらったのに『お礼にお茶でも』の一言も言わない。これじゃあ車椅子の僕の方がよっぽど身軽だ」


 散々な言いようだ。今度は梅乃がむすっとした。


「……君には関係ないじゃない」


「関係ないよ。でも、もったいないと思うんだ。今、せっかく動けるのに動かないのは。君はすごく魅力的な人なのに、誰もそれを知らないじゃないか」


「よくわからない。……そもそも、私の事を魅力的だと思うのは君ぐらいだよ」


「ほら、そうやってすぐ卑屈になる」


 光は拗ねた子どものように、毛布を頭まで引き上げてしまった。


 梅乃はため息をついた。総合すると、梅乃を心配しているのだろう。でも、こういう時の光は本当に、蝶よ花よと育てられたお坊ちゃんだ。こちらに他の気持ちや言い分があっても、むきになって自分の望みを主張する。


 梅乃は、お花畑なクイーンベッドに雑に鞄を放った。


 せっかく今、心地良いのだから、このままでいいじゃないか。


 反発するように、そう思った。


 静かで安全なこの場所が、だんだんと梅乃の日常になりつつある。安全なだけでなく、充実もしている。人生初めてのことだった。


 この状況が確実に守られてさえくれれば、それ以上に世界を広げることなど求めない。


 はす向かいのベッドでは、毛布が無言の抗議といわんばかりにこんもり盛り上がっている。


 ――今日はどうだった?


 いつもはもっと話が弾んで、二人でたくさん笑うのに。


 その日はたったこれだけで、会話が終わってしまった。

お読みくださりありがとうございました。

感想、評価などいただけましたら大変嬉しいです。

また次回もお目にかかれますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ