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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第1章 幼年期

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第9話 防諜の壁と早春の祝祭

本日4話目

「マルク。改めてアステリア領の『防諜』を徹底させろ。特に火薬調合の実験棟については、関わっている職人を家族ごと城内に住まわせ、一人一人の行動を二十四時間監視しているな?」


王都の滞在先で、六歳のリヒトは冷徹な眼差しで指示を飛ばした。

黒色火薬——それはこの「魔法なき世界」における核兵器に等しい。もしレシピが漏洩すれば、リヒトの絶対的優位は崩壊し、大陸は戦火に包まれるだろう。


「ご安心を。バド隊長が直属の部下を使い、実験棟周辺に『部外者が足を踏み入れれば足首が飛ぶ』物理的なトラップと、偽の配合表をわざと漏らす二重の防諜網を敷いています」


マルクの報告に、リヒトは満足げに頷いた。


昨年度のアステリア領の収支報告書は、驚異的な数字を叩き出していた。 塩と加工羊毛の輸出、そして12月にオープンした王都の百貨院事業もあり、総歳入は前年比三・八倍。初期投資の負債をすべて完済し、なおかつ金庫には重火器製造と一年分の軍糧を賄えるだけの剰余金が積み上がっている。


「……若君。王都では別の『噂』も流れておりますぞ。あのエドワード様が、王宮の演武大会で優勝し、王家から『若き獅子』の称号を得たとか。彼、かなり張り切っているようです」


「エドワードか。筋肉の増強に資本を投じるのは彼の自由だ。……だが、剣の届かない場所から火薬が弾ける現代戦では、称号など何の防御力も持たんよ」


アステリア領は、王都から馬車で三日、北東へ約百五十キロメートルの位置にある。 この距離は、近すぎず遠すぎない絶妙な配置だ。エドワードに興味が無いリヒトは、王都に隣接する領地を持つオーブリー伯爵との接触に動いた。


「オーブリー閣下。王都への物流の八割は、貴殿の領地を通過します。もし、我が百貨院専用の『優先通行レーン』を整備させていただけるなら、道路維持費の全額を私が負担し、さらに通過車両一台につき金貨一分をリベートとしてお支払いしましょう」


「……リヒト殿、君は本当に話が早いな。王都に近いせいで土地の税収しか期待できなかった我が領にとって、物流を金に変える発想は福音だ」


王都の喉元を握る貴族を「利益」で懐柔する。これにより、アステリア領の製品は競合他社よりも圧倒的なスピードで市場に流れ込む体制が整った。




二月。王都を冷たい雨が濡らす中、メルクリウス侯爵邸ではセシリアの十一歳の誕生日パーティーが開催された。 会場には王都の有力者が顔を揃え、その中心には、ひときわ豪華なドレスを纏ったセシリアがいた。


「……あら、遅かったじゃない。私の『最高のパートナー』さん」


「遅刻はしていません。開始五分前の到着は、私の時間管理において最適解です。……お誕生日おめでとうございます、セシリア様。これが私からのプレゼントです」


リヒトが差し出したのは、小さな、だが精緻な細工が施された「時計」だった。

まだこの世界には数少ない、ゼンマイ式の懐中時計。アステリア領の精密加工技術の粋を集めた特注品だ。


「これ……針が動いているわ。……時間を、手の中に閉じ込めるというの?」


「あなたに、より正確な『判断』の基準を。……セシリア様、百貨院の経営において、時間は最も貴重なリソースです」


セシリアは時計を胸に抱きしめ、悪戯っぽく微笑んだ。


「……嬉しいわ。でも、リヒト。たまには数字以外のプレゼントも期待していいかしら? 例えば、私とのダンスとか」


「……非効率な運動ですが、今日だけは容認しましょう」


六歳の少年と十一歳の少女が、華やかなシャンデリアの下で手を取る。 その微笑ましい光景の裏で、リヒトの脳内では春の開戦に向けた弾薬の在庫計算と、ルガード領への工作活動が、一秒の狂いもなく進行していた。


冬が、終わろうとしていた。

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