第6話 六歳の誕生会と小さな官僚たち
「……王弟殿下。私は、殿下の『正統性』に投資したいのではありません。殿下が目指す『関税撤廃による国内流通の活性化』という政策の配当に期待しているのです」
王都の高級料亭。五歳のリヒトは、王弟派の重鎮たちを前に、一滴の酒も口にせず言い放った。
王位継承権を巡る泥沼の争いすら、リヒトにとっては「規制緩和を引き出すための交渉材料」に過ぎない。
「……面白い。アステリアの神童、君の提供する『軍資金』と『兵糧』、確かに受け取ろう」
有力者との握手を終えたリヒトは、休む間もなく次の戦場――セシリアと共に進める『百貨院』の建設予定地へと向かった。
「リヒト! 既存の商業ギルドが、建設現場に嫌がらせをしてきているわ。彼らの既得権益を侵す不当な商売だって、王宮に嘆願書を出しているのよ!」
セシリアが憤慨しながら詰め寄ってくる。王都の古いギルドは、自分たちの仲介を通さない「直売型百貨院」を潰そうと必死だった。
「セシリア様、落ち着いてください。……ハンス、例の『ギルド脱退勧告書』は?」
「はい。百貨院に出店を希望する若手商人たちに、既存ギルドの横暴な会費制度を暴露するパンフレットと共に配布しております」
「……リヒト、あなたって本当に性格が悪いわね」
セシリアが呆れたように、しかしどこか感心したように呟く。
「性格の問題ではなく、市場の浄化です。古い組織にしがみつくより、我々のプラットフォームに乗る方が利益が出ると証明すれば、人は勝手に動きます」
論理の刃で既存ギルドの包囲網を切り裂いたリヒトは、王都での基盤をセシリアに託し、アステリア領へと帰還した。
領地に戻ったリヒトを待っていたのは、見違えるような「工業都市」の風景だった。
簡易舗装された道路を馬車がひっきりなしに行き交い、塩田と織物工場からは絶えず活気が漏れている。
「若君! お帰りなさいませ!」
出迎えたのは、リヒトが設立した「計算塾」の一期生たちだ。その中でも、一際鋭い眼光を持つ少年がいた。
「報告します!リヒト様が不在の間、B級品の羊毛を活用した『安価な防寒着』の試作に成功しました。これを、北部の貧困層向けに、薄利多売で展開する事をご提案します。」
彼の名はカイル。平民の出身だが、リヒトの合理性を最も吸収した十歳の秀才だ。
「……カイル。原価計算書を見せろ。……ふむ、物流コストを差し引いても利益率五パーセントか。合格だ。今日からお前を『民生部次長』に任命する。現場の差配はすべて任せる」
「はっ! 期待に応えてみせます!」
もうすぐ六歳になる領主代理が、十歳の少年を官僚として抜擢する。アステリア領では、年齢という非合理な基準はすでに撤廃されていた。
そして、リヒトの六歳の誕生日。
本人の意向により「パーティーは時間の無駄」と却下されるはずだったが、父カスパールが珍しく強硬に開催を主張した。
「リヒト、今日だけは私のわがままを聞いておくれ。……君が作ったこの平和な領地に、少しだけ『色』を付けたいんだ」
渋々出席したリヒトの前に広がっていたのは、驚くべき光景だった。
城の広場に集まった領民たちが、リヒトの製品――アステリア・ホワイトやアステリア・シルクをモチーフにした「劇」や「歌」を楽しんでいる。
「……父上、これは?」
「君の作った製品は素晴らしい。だが、人は数字だけでは動かない。物語が必要なんだ。……私がこの一年で書き溜めた、この領地の特産品を讃える『叙事詩』と『広告歌』だよ。今、王都の吟遊詩人たちの間で大流行しているんだ」
リヒトは目を見開いた。
カスパールの書いた詩は、製品に「歴史」と「情緒」という名の付加価値を与えていた。ただの塩が「女神の涙」として、ただの糸が「妖精の吐息」として、王都の貴婦人たちの心を掴んでいたのだ。
「……ストーリーテリング、によるブランディング。……父上、これは私の計算外でした。……認めます。この『広告費』としてのパーティーは、極めて投資対効果が高い」
「ははは! リヒトに褒められるなんて、明日は槍でも降るかな!」
カスパールは上機嫌でワインを煽り、リヒトは隣に座るセシリア(なぜか王都から駆けつけた)にミルクの杯を差し出した。
「セシリア様、どうやら我が家には、私とは別のベクトルの『天才』がいたようです」
「……ふふ、リヒト。あなたも少しは『人間味』という非合理を覚えた方がいいわね」
月明かりの下、六歳になったリヒトは、自身の計算を超える世界の広がりに、ほんの少しだけ口角を上げた。
「……カイル、明日の朝一番で父上の詩をパンフレットに刷り込め。……さあ、仕事に戻るぞ」
アステリア領の産業革命は、冷徹な数字と熱い物語を融合させ、さらなる高みへと加速していく。
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