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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky@3作品同時連載中
第4章:世界秩序の維持と人類の夢

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第50話:合理主義者の幸福な休日

続編を投稿します。

かつて、この星には「魔王」と呼ばれた男がいた。


アステリア共和国、後に地球連邦となる組織の初代大統領。


リヒト・フォン・アステリア。


彼はわずか十数年という歳月で、中世レベルの文明を、人工衛星が飛び交い、核の抑止力が支配する超近代社会へと叩き上げた。


非合理を極端に嫌い、世界を一つの巨大な「効率的システム」へと再定義した男。


その男が表舞台から消えて、数ヶ月の月日が流れていた。


大和皇国の海沿いに建つ、慎ましやかな別邸。


かつての前世において、リヒトは常に耳障りなアラーム音と、胃を焼くようなストレスの中で朝を迎えていた。


だが今は違う。


柔らかな潮騒の音と、開け放たれた窓から差し込む陽光。


そして、隣で眠る愛しい人の、規則正しく穏やかな寝息。


それが、今の彼の世界を構成するすべてだった。


「……ふむ。非効率だな」


リヒトは、サクラの長い睫毛をそっと見つめながら、自嘲気味に呟いた。


「太陽がこの角度に達するまでベッドに留まっているなど、かつての私なら、即座に自身の時間管理能力を疑い、更生プログラムを組んでいたところだ」


だが、そう呟くリヒトの口元には、かつての冷徹な「魔王」の面影はない。


彼は、権力という名の重石を脱ぎ捨て、一人の人間としての体温を取り戻していた。


リヒトは静かにベッドを抜け出し、テラスへと向かう。


手元の個人用端末には、アステリアから届いた「定期報告」という名の、膨大な近況データが並んでいた。


リヒトの引退後、世界情勢は奇妙な「停滞した平和」を維持している。


彼が構築した「アテナ」という人工知能による自動監査システムが、政治家の不正をリアルタイムで摘発し、経済の流動性を最適化し続けているからだ。


今や地球連邦の「顔」となったカイルからは、恨み言に近い通信が届いている。


『リヒト様、聞いていますか。アテナの最新アップデートにより、私の睡眠時間がさらに十五分削られました。彼女は「カイル様の生産性は睡眠六時間四十五分で最大化されます」などと言い放ったのですよ。……あなたが作ったシステムは、創造主がいなくなった後も、冷酷なまでに完璧に機能しています』


リヒトはその通信を読み、ふっと息を漏らした。


カイル。彼は今、リヒトが残した「合理的な理想」を、血の滲むような努力で維持している。


一方で、セシリアはさらに別の道を切り拓いていた。


彼女が送ってきたホログラム映像には、教国の大聖堂を改装した「世界中央銀行」の威容が映し出されていた。


『リヒト様。金利の操作だけで国家を滅ぼせるこの力、あなたが隠居するにはあまりにも惜しいおもちゃでしたわ。……ですが、安心なさいな。私はこの力を使って、あなたが蒔いた知性の種を、世界中に強制的に配分して差し上げます。……サクラさんとの隠居生活、退屈になったらいつでも私の「融資」を受けて戻ってきてくださいませ』


セシリアの嫉妬と敬愛が入り混じった言葉。


リヒトは、かつての部下たちが自分を超えて、それぞれの「合理性」を追求し始めていることに、深い満足感を覚えた。


世界は今、かつてのような流血による国境の引き直しを終え、データと信用による、静かな、だが熾烈な「競争」の時代へと突入していた。


そこに、リヒト・フォン・アステリアという巨大な特異点は、もう必要ないのだ。


「……起きていらしたんですね、リヒトさん」


背後から、柔らかい声がした。


サクラだった。


寝起きの少し乱れた髪をそのままに、彼女はリヒトの隣に立ち、同じ海を見つめた。


「……サクラ。今の世界は、私の計算よりも少しだけ、進歩が遅いようだ」


「ふふ。それはきっと、皆さんが『リヒトさんを驚かせたい』と思って、一生懸命、自分たちの足で歩こうとしているからですよ」


サクラは、リヒトの腕にそっと自分の腕を絡めた。


「……計算通りにいかないのも、たまには良いのではありませんか?」


「……ああ。そうだな。予期せぬエラーこそが、システムの面白みだ」


リヒトはサクラの手を握り返した。


この平穏な風景を維持するために、彼はかつて、数え切れないほどの非情な決断を下してきた。


街を焼き、王を廃し、世界を核の恐怖で縛り上げた。


そのすべては、この「不必要なほど長い休日」を、この少女と共に過ごすためだったのかもしれない。


「リヒト様。お団子、新しい味を試作してみたんです。……食べていただけますか?」


「……それには私の官能評価が必要だということだな。よし、サンプリングを開始しよう。……ただし、私の舌は厳しいぞ」


「もう、そうやってすぐ専門用語を使うんだから」


二人の笑い声が、初夏の潮風に溶けていく。


空には、かつてリヒトが打ち上げた監視衛星が、今も青白い点を残して通り過ぎていった。


それは、世界を守る眼であり、同時に、この男が二度と「魔王」として立ち上がる必要がないことを証明する、静かな守護神だった。


合理主義者の再興録、その第一章は終わった。


だが、彼が作り上げたこの「新世界」は、ここからまた、未知なる第ニ章を紡ぎ始めようとしている。

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