第48話 核の冬と黄金の平民、そして君との約束
本日3話目
アステリア大統領臨時公邸から、全地球へ向けて「最後にして最大の授業」が配信された。
リヒトは、アステリアの極秘実験場で行われた『核分裂兵器』の実験映像を、一切の加筆なしに公開した。
画面に映し出されたのは、数千度の熱線が一瞬にして砂漠をガラス化させ、巨大なきのこ雲が成層圏まで突き抜ける、この世の終わりのような光景だった。
「……地球の諸君。これを見たまえ」
リヒトの声は、冷徹な死神のようでもあり、慈悲深い導師のようでもあった。
「……これは、暴力による解決が辿り着く最終地点だ。この一撃で、一つの国が地図から蒸発する。そしてその後に残るのは、目に見えぬ毒……放射線だ。これに侵されれば、人は数世代にわたり、苦しみの中で死に絶える。……我々が憎しみ合いを続ければ、この青い惑星は、生命の住めぬ『死の星』へと変わるだろう」
世界中の人々が、その圧倒的な破壊力を前にして、戦意を喪失した。核という「神の火」を独占するリヒトに対し、もはやいかなる国家も、いかなる軍隊も、反旗を翻す意味を失ったのだ。
リヒトは映像を切り替え、今度は理想的な「街」のモデルを表示した。
「……諸君。これまでの歴史において、国民の生活が苦しいことは『当たり前』とされてきた。だが、それは異常なことだ。……国とは、君たちがより良く生きるための『自由意志の集合体』でなければならない」
リヒトの言葉は、これまでの貴族社会や封建社会の根幹を、論理という名の鉈で叩き割っていく。
「……金持ちが特権で政治家になる時代は終わった。……これからは、政治家を『高度な専門職』とする。彼らには莫大な報酬を与える。だが、それと引き換えに、すべての行動を国民が監視(監査)する。汚職は即座に、システムの力で検知され、一掃される。……政治は利権ではなく、君たちの生活を維持するための『演算』であるべきだ」
リヒトは、全地球規模の教育改革案を提示した。
それは、一部のエリートを育てるための教育ではない。
全人類を、自立した思考を持ち、扇動に流されない「黄金の平民」へと引き上げるための、壮大な底上げ計画だった。
「……この形が整い、君たちが自分たちの足で歩けるようになるまで、アステリア……いや、私が世界を管理する。……これは独裁ではない。君たちが、自分たちの主権を真に扱えるようになるまでの『補助輪』だ」
前世で、歪んだ資本主義と非効率な政治の末路を見てきたリヒト。
彼は今、この異世界において、技術と独裁という劇薬を使いながら、誰もが「平穏な日常」を享受できる究極のシステムを構築しようとしていた。
演説を終えたリヒトは、すぐに大和皇国の病院へと向かった。
厳重な警備を通り、静かな病室へ入ると、窓際のベッドでサクラがゆっくりと身を起こしていた。
「……あ、リヒト様……。……お仕事、終わったのですか?」
サクラの顔立ちはまだ少し蒼白かったが、その瞳には穏やかな光が戻っていた。隣ではタロウが、アステリア製の絵本に夢中になっている。
「……ああ。……もう、外は安全だ。……二度と、君たちの日常が脅かされることはない。私が、それを保証する」
リヒトはサクラの隣に腰掛け、その小さな手を包み込むように握った。
世界を核で脅し、全国家を管理下に置いた「魔王」の手は、彼女の前では一人の十二歳の少年のものとして、微かに震えていた。
「……リヒト様。……私、夢を見ました。……真っ暗な世界で、リヒト様が一人で、重い鎖を引っ張って歩いている夢。……私は、その鎖の端っこを、一緒に持っていたいんです」
サクラの言葉に、リヒトの心臓が大きく跳ねた。
(……サクラ。……君は、私の正体も、私が何をしたかも、すべてを分かった上で……そう言ってくれるのか)
「……サクラ。私は、君が思うような綺麗な人間ではないかもしれない。……私は、私のわがままのために、世界を無理やり変えてしまった」
「……いいえ。……リヒト様は、私たちのために怒ってくださった。……美味しいご飯や、タロウの学校や、この温かいお布団。……リヒト様がくれたのは、ただの『物』じゃなくて、私たちが笑っていいんだっていう『許し』です」
サクラの微笑みは、リヒトが作り上げたどんな論理よりも、核爆弾の熱量よりも強く、彼の心を溶かしていった。
「……サクラ。……この国が、世界が、本当の意味で平和になったら……。……その時は、一緒に、世界中を見て回らないか? ……商人としてではなく、一人の、ただのリヒトとして」
「……はい。……喜んで、リヒト様」
リヒトは、病室の窓から外を眺めた。
壊れた街には、すでにアステリアの復興部隊が入り、瓦礫の下から新しい芽が吹き始めている。
人々は恐怖ではなく、リヒトが示した「未来の設計図」に希望を見出し、それぞれの日常を取り戻し始めていた。
(……前世の私は、何のために生きていたのだろうか。……出世、金、効率。……だが、今、この手に感じるサクラの体温。……これこそが、私が五百年の文明を一っ飛びにさせた、唯一の理由だ)
リヒトは、サクラの手をぎゅっと握りしめた。
十二歳の少年の目には、もう孤独な独裁者の影はなかった。
そこには、愛する人と共に生き、誰もが等しく「平民」として幸福を享受できる世界を夢見る、一人の開拓者の情熱が宿っていた。
春の風が、病室の窓から入り込み、サクラの髪を揺らす。
リヒトという「バグ」が生み出したこの世界は、今、一人の少女の笑顔を中心に、最も美しく、最も正しい軌道を描き始めていた。
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