第46話 管理社会の盲点と硝煙の街角
大和皇国、皇都。サクラとタロウを送り届けた後の帰路、私は装甲車のシートに深く身を沈めていた。
手元の端末には、世界中の監視カメラ、衛星写真、通信傍受データがリアルタイムで流れ続けている。アステリアが作り上げた「完璧な管理網」だ。
(……サクラ。彼女が笑って暮らせる世界。それこそが、私がこの星を再構築する最大の動機だ。だが……)
ふと、画面の端に違和感が走った。
旧教国の国境付近、かつて私が経済制裁で物流を遮断したはずの検問所。そこを、アステリア製の「旧型トラック」が数台、音もなく通過していく。
「……カイル。あの車両は何だ? 登録番号を照合しろ」
「……ええと、一年前の在庫処分で民間に払い下げられた輸送車ですね。……荷台には『人道支援の穀物』が積まれているはずですが」
カイルの声はのんびりとしたものだった。だが、私は直感した。
(……穀物? 違う。あのサスペンションの沈み込み……あれは、もっと密度の高い『金属』を運んでいる。……アステリアのレーダーを掻い潜るための、低周波ジャミング装置か!?)
「アテナ! 全衛星、教国領内の電波封鎖を強行しろ! 迎撃ドローンを即座に……」
その時だった。
端末の画面が、一斉に砂嵐へと変わった。
「……大統領! 全通信がダウンしました! 物理的な海底ケーブルが、数箇所で同時に切断されたようです!」
カイルの叫びが響く。
リヒトは舌打ちした。
(……やってくれたな。衛星やAIに頼り切った私の『デジタルな支配』の弱点を、彼らは原始的な『物理破壊』で突いてきたか。……アナログな暗殺者たちが、システムの外側から牙を剥いたんだ)
次の瞬間、皇都の北、サクラたちの家がある方向から、巨大な爆発音が響いた。
最新のミサイルではない。地中に埋設された、あるいはトラックで運び込まれた「旧式の大量爆弾」による自爆テロ。
アステリアの高度な防空システムは、地を這う泥臭い悪意を検知できなかった。
「……車を回せ! 北部、第三区だ! 急げ!!」
私は、自分でも驚くような怒声を上げていた。
大統領としての冷静な判断ではない。一人の少年としての、剥き出しの恐怖だった。
煙が立ち込める皇都。
私は護衛の制止を振り切り、半壊した路地裏を駆け抜けた。
アステリアの技術で整備された美しい街並みが、瓦礫と硝煙に包まれている。
「……サクラ! サクラ……!!」
喉が焼けるほど彼女の名を呼ぶ。
指先が石材に触れ、爪が剥がれて血が滲むのも気にならなかった。
前世、冷徹なエリートとして効率だけを追っていた私が。
今世、神の如き知性で世界を跪かせた私が。
今はただ、一人の女の子の安否に、心臓を握りつぶされるような思いで石を退けている。
(……神よ。もしいるのなら、彼女だけは……。……私の知性も、力も、すべてくれてやる。だから……!)
崩れた団子屋の梁を、火事場の馬鹿力で持ち上げた時。
その下の隙間に、うずくまっている影を見つけた。
「……リヒト……様……?」
煤で汚れ、肩を震わせながら、サクラが私を見上げた。
彼女の体は、幼いタロウを必死に抱きかかえるように丸まっている。
サクラの頬には瓦礫で切った生傷があり、着物はボロボロだったが……その瞳には、確かな生命の光が宿っていた。
「……サクラ……。……無事だったのか……。……ああ、良かった……。……本当に、良かった……」
私は崩れ落ちるように彼女を抱きしめた。
震えていたのは、私の方だった。
大統領のスーツが泥で汚れ、彼女の流した涙が私の胸元に染み込んでいく。
「……ごめんなさい……。……リヒト様からいただいた、大切なお洋服が、汚れちゃって……。……タロウは……タロウは怪我していません。私が、守ったから……」
サクラの健気な言葉が、私の胸を激しく抉った。
(……何が『完璧な管理』だ。何が『恒久平和』だ。……自分の愛する少女一人、戦火から遠ざけることもできないで)
「……リヒト様。……街が、燃えています。……怖い。……あんなに、優しかった街が……」
サクラが私の腕の中で怯えている。
その震えを感じた瞬間、私の中の「人間的な慈悲」が、パチンと音を立てて弾け飛んだ。
私は彼女を、駆けつけた医療部隊に預けた。
「……サクラ。……少しだけ、眠っていてくれ。……次に目を開ける時、君を脅かすものは、この地上からすべて消えているから」
彼女の額に一度だけ口付けをし、私は立ち上がった。
振り返った私の瞳には、もはや十二歳の少年の光はなかった。
「……カイル。……全軍に告ぐ」
私はインカムを掴み、大和皇国沖に停泊する原子力空母、および世界各地のミサイル基地へ直通回線を開いた。
「……これは防衛戦ではない。……害虫駆除だ。……旧教国、およびこのテロに関与したすべての組織の座標を特定しろ。……慈悲はいらない。……更地にするんだ。……アステリアの怒りを、歴史に刻み込め」
カイルは、リヒトのその顔を見て、背筋に凍りつくような寒気を感じた。
(……ああ、これはもう、政治ではない。……一人の少年を怒らせた代償を、世界は支払わされることになるんだ)
アステリアの戦略爆撃機が、夜空を埋め尽くすように発艦していく。
リヒトは、燃え盛る皇都の炎を背景に、冷徹な機械のような足取りで公用車へと戻った。
平和という名の檻は、今日、崩壊した。
そして、愛する者のために世界を焼き尽くす「魔王」が、ここに誕生したのだ。
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