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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
恒久的世界平和編

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第44話:洋食屋の邂逅と小さな祝杯

本日3話目

【出撃準備:超高速の政務処理】


アステリア大統領臨時公邸。執務室では、かつてない速度で書類が捌かれていた。

「……教国からの通商条約改正案、棄却。内容は昨日のままで再提出させろ。……帝国残党の武装解除期限は二十四時間延長。ただし、監視衛星の解像度を最大に上げ、少しでも不審な動きがあれば即座に無人機を飛ばせ。……はい、次」


リヒトの指がタブレットの上を踊り、わずか一時間で通常一週間分に相当する重要案件が「処理済み」のフォルダへ放り込まれていく。


(……一秒でも無駄にはできない。今日の予定は、私の人生において最も優先度の高い『重要ミッション』だ。一分でも遅刻すれば、サクラさんの信頼クレジットを損なうことになる)


「……大統領、驚異的な速度ですね。恋の力は原子力をも凌駕するということですか」

カイルが呆れながら、着替えの準備を整える。


「……黙れ。これは単なるタイムマネジメントの結果だ。……着替えを出すんだ。今日は『商人の息子』に相応しい、それでいて相手を気圧けおされない程度の、清潔感あるカジュアルな装いだ」


AIアテナが非情なアナウンスを被せる。

『……マスター。心拍数が一二〇を超えています。緊張による胃酸の過剰分泌を確認。制酸剤を服用しますか?』


「必要ない。……行くぞ、カイル。迎えの時間まで、あと十分だ」


【移動:黒塗りの馬車と日常の風景】


リヒトはあえて、目立つ装甲公用車ではなく、大和の街に馴染むよう改装した高級な馬車を用意させた。とはいえ、その内部はアステリアの技術の結晶であり、振動を一切感じさせないエアサスペンションと、完璧な温度管理が施されている。


団子屋の前に到着すると、そこには慣れない余所行き(といっても、リヒトが裏で手を回して届けさせた良質な着物)に身を包んだサクラとタロウが立っていた。


「……待たせてしまったかな?」

リヒトが馬車のドアを開ける。


「いいえ、ちょうど今、準備ができたところで。……リヒト様、今日は本当にいいのでしょうか、私たちのような者が……」

サクラは不安そうに、自分の着物の袖を弄った。


「もちろんだ。……さあ、乗って」


「うわあ! すっげえ、この馬車、ふかふかだ!」

タロウがはしゃいで飛び込む。サクラも恐る恐る腰を下ろし、その座り心地の良さに目を丸くした。


「……リヒト様。アステリアの商人さんは、みんなこんなにすごい馬車に乗っているのですか?」


「……いや。私の家は少し……特殊なコネクションがあってね。……それより、サクラさん。今日のその着物、とても似合っている。……桜の花びらのようで、とても綺麗だ」


リヒトは、前世から数えて数十年の人生で初めて、女性に対して心からの賛辞を送った。

(……心拍数、一三五。……アテナ、この数値をログに残しておけ。……私は今、世界を手に入れた時よりも高揚している)


サクラは顔を赤らめ、視線を泳がせた。

「……ありがとうございます。……リヒト様も、その……とても、格好いいです」


車内に、甘酸っぱい、しかしどこかぎこちない沈黙が流れる。馬車は皇都のメインストリートへと滑り出した。


【到着:近代の象徴『アステリア・パビリオン』】


到着したのは、皇都の目抜き通りに建つ、一際モダンな三階建ての洋館だった。

「アステリア・パビリオン」。アステリアが文化侵略の一環として建設した、最高級の迎賓館兼レストランである。


外観は白亜の石造りに、夜を待たずして灯された電灯の柔らかな光が灯っている。入り口には赤絨毯が敷かれ、アステリア本国で研修を受けた給仕たちが整列していた。


「……大統領、いら……」

出迎えの支配人が、リヒトの顔を見て膝を突きそうになるのを、リヒトは鋭い眼光で制した。


「……予約していた『リヒト』だ。連れの二人に、最高の食事を用意してほしい」


「は、はい! かしこまりました、リヒト様! こちらへどうぞ!」

支配人は冷や汗を拭いながら、最上階のテラス席へと案内した。


店内は、大和の伝統的な意匠とアステリアの近未来的な装飾が融合していた。天井にはクリスタルのシャンデリアが輝き、蓄音機からは優雅なクラシック音楽が流れている。


「……すごすぎる。お城みたい」

サクラは圧倒され、タロウはキョロキョロと辺りを見回している。

「ねえ、リヒト兄ちゃん。あのキラキラしてるのは何? 魔法?」


「……あれは電灯という技術だよ、タロウ君。……さあ、座ろうか。ここは眺めがいいんだ」


テラス席からは、夕暮れに染まる大和の街並みと、遠くに見える皇居の森が一望できた。


【食事:コース料理のシンフォニー】


テーブルには、白く糊のきいたクロスが敷かれ、銀色のカトラリーが整然と並んでいる。


「……リヒト様、私、こんなにたくさん道具を使いこなせる自信がありません……」

サクラが困り果てたように、フォークとナイフを見つめる。


「……形式は気にしなくていい。……タロウ君も、自分が食べやすいように食べてくれればいいんだ。……給仕、まずは飲み物を」


運ばれてきたのは、クリスタルグラスに注がれた「特製ノンアルコール・シードル」だった。アステリア産の林檎を使い、炭酸を配合した黄金色の飲み物だ。


「……乾杯しよう。……出会えたことと、今日の良き日に」

「……乾杯、です」

「かんぱーい!」


サクラが一口飲み、目を輝かせた。

「……っ! 舌の上が、シュワシュワします。……甘くて、少し酸っぱくて、なんて美味しいの」


「これは炭酸水といって、アステリアの特産品なんだ」

リヒトは満足げに頷いた。


続いて運ばれてきたのは、前菜の「地鶏のコンフィと季節の彩り野菜」だった。大和で獲れた新鮮な野菜を、アステリアの低温調理技術で仕上げた一品だ。


「……この鶏肉、おフォークを当てただけで解けちゃう。……お肉の味が、ぎゅって詰まってて……」

「サクラさん。……ゆっくりでいい。……食事は、お腹を満たすだけでなく、心を豊かにするものだからね」


(……前世の私は、サプリメントやゼリー飲料で食事を済ませていた。……効率こそが正義だと思っていた。……だが、今、彼女が美味しそうに頬張る姿を見ていると、その『効率』がいかに空虚だったかと思い知らされる)


【メイン:最高級アステリア牛のステーキ】


そして、メインディッシュが登場した。

アステリア領内で厳選された、サシの美しい牛肉を石窯で焼き上げたステーキだ。特製のデミグラスソースが、芳醇な香りを漂わせている。


「うわあああ! お肉だ! ぶ厚いお肉だ!」

タロウが歓声を上げる。


「タロウ、お行儀よくしなさい。……リヒト様、こんな贅沢……本当に罰が当たりそうです」


「……いいんだ。……君は毎日、この国で一番頑張っている。……これは、その報酬のようなものだよ」


リヒトは自分の分を一口サイズに切り分けながら、サクラの様子を伺った。サクラは不慣れな手つきで肉を切り、一口食べた瞬間、幸せそうに瞳を潤ませた。


「……っ……。……こんなに、幸せな味が、この世にあるんですね……」


サクラのその一言に、リヒトの胸が締め付けられる。

(……幸せな味。……私が開発したミサイルやAIでは、彼女をここまで笑顔にすることはできなかった。……私は、この笑顔を守るために、この国のインフラを整え、経済を回さなければならない)


食後のデザート、アステリア産チョコレートのフォンダンショコラが運ばれてきた。

タロウはすっかり満腹で、椅子の上でうとうとし始めている。


「……サクラさん。……食事は、気に入ってくれたかな?」


「はい。……一生、忘れないと思います。……でも、リヒト様。どうして、私たちにここまでしてくださるのですか? ……私たちは、ただの団子屋で、あなた様のようなお方とは……」


リヒトは、夜風に揺れるサクラの黒髪を見つめ、静かに答えた。

「……サクラさん。……以前も言ったかもしれないが、私は君に、初めて会った時から……ずっと、他人とは思えない感覚を持っていたんだ」


「……他人とは、思えない?」


「……ああ。……君のその凛とした姿が、私の……失いかけていた何かを思い出させてくれた。……私は、君が笑っているこの世界を、もっともっと良くしたいと思っている。……それは、商売ビジネスとしての損得ではなく……もっと、根源的な理由なんだ」


リヒトは、身分を明かしたい衝動に駆られた。

(今、私が大統領だと言えば、彼女に不自由のない生活をすべて保証できる。最高級の屋敷も、最高の教育も。……だが、それを言えば、この『リヒト』としての穏やかな時間は壊れてしまうだろうか)


サクラは、リヒトのまっすぐな瞳を見つめ返し、少し照れたように微笑んだ。

「……リヒト様は、やっぱり不思議な方です。……でも、ありがとうございます。……私、明日からもっと頑張れそうです。タロウと二人で、新しい大和で、精一杯生きていこうって……そう思えました」


「……ああ。……その意気だ」


リヒトは、心の中で誓った。

(……サクラ。君がこの先、二度とお腹を空かせたり、将来を不安に思ったりしないような世界を、私が作る。……たとえそれが、独裁的だと誹謗されようとも。……私は、この小さなテーブルの上の幸せを、全地球規模の『標準』にしてみせる)


夜空には、アステリアが打ち上げた人工衛星が、星よりも明るく輝きながら通り過ぎていく。

十二歳の大統領は、眠るタロウを抱きかかえ、少しだけ大人びたサクラの横顔を見つめながら、かつてないほどの充実感に浸っていた。


それは、五百年の文明の進歩よりも、彼にとって価値のある「一時間」だった。

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