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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
恒久的世界平和編

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第43話 非合理的な市場調査と五度目の交渉

本日2話目

大和皇国、皇都。

アステリア共和国が臨時で接収した旧貴族の邸宅(現在の大統領臨時公邸)の執務室で、十二歳のリヒトは鏡の前に立っていた。

最高級のシルクで仕立てられた大統領専用のスーツを脱ぎ捨て、彼は大和の平民が着るような、しかし少し質の良い綿の着流しに着替えている。


「……大統領。本日の午後予定されていた『旧秩序同盟・残存勢力への経済制裁追加に関する決議』のオンライン会議ですが」

カイルが、タブレット端末を片手に呆れたような声を出した。

「それを延期してまで、また市街地の『視察』に行かれるのですか? 昨日も行かれたはずですが」


リヒトは着物の帯を締めながら、咳払いを一つした。

「……カイル。アステリアのシステムを大和に定着させるには、マクロなデータだけでなく、ミクロな視点……つまり『末端の消費者の生の声』を拾い上げる必要がある。これは極めて重要なフィールドワーク(市場調査)だ」


インカムの奥から、AIのアテナが合成音声で割り込む。

『……マスター。心拍数、発汗量ともに平常時より一五パーセント上昇しています。また、視察対象の座標が昨日と全く同一の『第三区・路地裏の団子屋』に固定されています。この行動パターンは、合理的オプティマルとは言えません』


「黙れ、アテナ。サンプリング調査は定点観測が基本だ。同じ場所、同じ対象を継続して観察することで、初めてバイアスのないデータが得られるのだ」

リヒトは強弁し、足早に執務室を出た。


カイルは深くため息をつき、目立たない色の外套を羽織って後を追う。

「……やれやれ。天才的な頭脳を持った大統領が、初恋を拗らせた中学生のような言い訳をするとは。護衛部隊には『絶対に姿を見せるな』と厳命しておきましょう」


【第一回訪問:圧倒的資本力による誤手】


(出会いから翌日)


桜の花びらが舞う路地裏。リヒトは昨日と同じ団子屋の前に立っていた。

店先では、サクラ(十一歳)が忙しそうに串に団子を刺し、七歳の弟タロウがそれを見つめている。


リヒトは深呼吸をし、乱れた心拍を(無理やり)落ち着かせてから暖簾をくぐった。


「……いらっしゃいませ。あ、昨日の……お侍様?」

サクラが目を丸くした。大和の街角にある巨大スクリーンで大統領の演説は流れているはずだが、日々の生活に追われる彼女たちは、遠くの映像と目の前の少年が結びついていないようだった。


「……侍ではない。私の名はリヒト。アステリアから来た……その、商人の息子だ」

リヒトはとっさに身分を偽った。大統領という肩書きは、対等な関係構築エンゲージメントにおいて強すぎるノイズになると判断したからだ。


「商人の息子さん……。なるほど、だからそんなに綺麗な着物を。今日はどのようなご用件で?」


「……団子を。ここにある団子を、すべて買おう」

リヒトは懐から、大和の平民が一生かかっても稼げないほどの金貨が入った袋を取り出しそうになり、慌てて小銭入れに持ち替えた。


「えっ……? すべて、ですか? まだ五十本以上ありますが……」


「問題ない。我がアステリア商会は福利厚生が充実している。従業員への差し入れだ」

(……しまった。単なる『大人買い』は相手に警戒心を抱かせるだけだ。前世のキャバクラで札束を切り刻む成金のような真似をしてしまった)


案の定、サクラは少し引きつった笑いを浮かべ、タロウはリヒトを「怪しい金持ち」を見るような目で睨んでいた。

「……あ、ありがとうございます。お包みしますね」


団子の山を抱えて帰る道すがら、リヒトは激しい自己嫌悪に陥っていた。

「……カイル。今日の私のプレゼンテーションは、百点満点中何点だ?」

「二点です、大統領。金の力で物を言わせるだけの、知性の欠片もないアプローチでした。残りの二点は、身分を隠したことへの評価です」


【第二回訪問:政策への波及と不器用な対話】


(第一回訪問から三日後)


「……大統領。大和皇国、および賛同国全土における『児童福祉法案』と『教育無償化法案』が、議会を通過しました。提案からわずか三日……異例中の異例のスピード可決です」


公用車(偽装済み)の中で、カイルが報告する。


「当然だ。両親を亡くした子供が、義務教育も受けられずに労働市場に放り出されている現状は、国家の人的リソースの重大な損失だ。……直ちに孤児院への補助金を三倍に引き上げ、奨学金制度を創設しろ」


「……はあ。その『損失』に気づかれたのは、三日前の視察のおかげですね」

カイルの皮肉を無視し、リヒトは車を降りた。


団子屋に着くと、今日は客がいなかった。

「……こんにちは、サクラさん」

「あ、リヒト様。この間はたくさんお買い上げいただき、ありがとうございました」


今日は間違えない。リヒトは普通の客として、三本だけ団子を注文し、店先の床几しょうぎに腰掛けた。

「……弟さんは、学校には行かないのかい?」


サクラは少し寂しそうに目を伏せた。

「……学校は、お金がかかりますから。私がこの店を切り盛りして、いつかタロウには学問をさせてやりたいんです」


リヒトの胸の奥で、前世の記憶と現在の感情が入り混じる。

(……なんて健気なんだ。私の前世の初恋相手……佐々木さんも、家計を助けるために毎日アルバイトをしていた。……私はあの時、何もできなかった。だが、今の私には力がある。世界を変える力が)


「……心配いらない。……もうすぐ、大和にもアステリアの新しい法律が適用される。そうすれば、誰でも無償で学校に通えるようになるはずだ」

「え……? 本当ですか? でも、そんな夢のような話……」


「本当だ。私が保証する(私が決めたのだから)」

リヒトの力強い言葉に、サクラは少しだけ、安心したような、柔らかな微笑みを見せた。


(……笑った。……心拍数上昇。アテナ、これはエラーではない。幸福度指数ウェルビーイングの向上だ)


【第三回訪問:ターゲットの周辺ステークホルダーへの投資】


(第二回訪問からさらに四日後)


三回目の訪問。リヒトは「弟のタロウの攻略」を最優先課題プライオリティに据えた。


「……タロウ君。今日は君に、私から投資プレゼントがある」

リヒトは、アステリアの最新技術で作られた精巧な「ゼンマイ式の自動車のおもちゃ」と、栄養価の高い「チョコレート(大和にはまだない)」を取り出した。


「なんだこれ! すっげえ! 動いてる!」

タロウの目が輝く。七歳の少年にとって、それは魔法の道具のように見えただろう。


「リヒト様! そんな高価なもの、いただけません!」

サクラが慌てて制止する。


「構わない。我が商会の新製品のテストマーケティングだ。子供の率直な意見が必要なんだ」

リヒトは息を吐くように嘘をついた。


「これ、甘くて美味しい! ネエチャンも食べてみなよ!」

タロウがチョコレートをサクラの口に運ぶ。

「……本当。口の中でとろける……」


(……よし。ステークホルダー(関係者)の好感度を上げることで、間接的にメイン・ターゲットの警戒心を解く。……基本中の基本だ。タロウ君、君の未来は私がアステリアの最高学府まで保証してやろう)

リヒトは、団子をかじりながら、内心でガッツポーズを取っていた。


【第四回訪問:雨宿りと物理的距離の接近】


(第三回訪問から一週間後)


その日は、夕方から急な土砂降りとなった。

視察(という名目の逢瀬)に向かっていたリヒトは、慌てて団子屋へ走った。

護衛のカイルが「大統領! 傘を!」と叫ぶのも無視して。


店では、サクラとタロウが濡れながら、慌てて店先の長椅子や看板を片付けていた。

「……サクラさん!」

リヒトは無言で駆け寄り、重い看板を軽々と持ち上げて土間へ運び入れた。十二歳とはいえ、彼はアステリアの最新の栄養学と鍛錬によって、同年代の少年よりはるかに体格が良かった。


「リヒト様!? どうしてこんな雨の中に……濡れてしまいます!」

「君たちこそ。……風邪を引いたら、商売ビジネスに支障が出るだろう」


リヒトは持っていた手ぬぐいで、タロウの頭を拭き、そして、少し躊躇いながら、サクラに手ぬぐいを差し出した。

サクラの手が、リヒトの手に触れる。

冷たい雨の温度とは対照的な、驚くほどの熱を互いに感じた。


「……ありがとうございます。リヒト様は……いつも、不思議なタイミングで助けてくださいますね」

サクラは、濡れた前髪を掻き上げながら、少しだけ頬を染めて笑った。


薄暗い土間。雨音だけが響く空間。

リヒトは、サクラとの物理的な距離が、かつてないほど近づいていることを意識した。

(……今だ。今なら、次のフェーズ(段階)へ移行できる)


だが、リヒトの口から出たのは、極めて不器用な言葉だった。

「……サクラさん。我が商会は、雨の日の労働環境改善について……いや、違う。……君は、その……よく頑張っているな」


気の利いたセリフなど、何一つ出てこなかった。

前世でも今世でも、彼は「論理」しか学んでこなかったのだから。

それでも、サクラはリヒトのその不器用な言葉の裏にある「何か」を感じ取ったのか、小さく頷いた。


「……リヒト様。もしよろしければ、雨が上がるまで、少し雨宿りしていってください。……温かいお茶を淹れますから」

「……あ、ああ。光栄だ」


【第五回訪問:五度目の交渉と契約成立】


(第四回訪問から数日後)


ついに、決戦の日が来た。

リヒトは、この五回目の訪問で「食事に誘う」というミッションを完遂すると決意していた。


「……カイル。もし私が失敗リジェクトされたら、午後からの帝国残党への空爆命令は中止だ。私のメンタルヘルスが保たない」

「……公私混同も甚だしいですが、大統領の精神状態が国家の危機に直結する以上、全力で応援サポートさせていただきます」


リヒトは、決死の覚悟で団子屋へ向かった。


「こんにちは、リヒト様! 今日は新作の『よもぎ団子』がありますよ!」

サクラは、すっかりリヒトに心を許したような、明るい笑顔で出迎えた。タロウも「リヒト兄ちゃん!」と足に抱きついてくる。


(……環境コンディションは最高だ。いける)


リヒトは、よもぎ団子を一口食べ、お茶を飲み込んだ。

「……サクラさん。実は今日、我が商会の大きな取引プロジェクトが一つ片付いてね。……その、労いというか、祝賀会をしたいと思っているんだ」


「まあ、おめでとうございます! 商人のお仕事、大変でしょうに」


「……それで。もし良かったら、サクラさんとタロウ君も、一緒にどうだろうか。……皇都の大通りにできた、新しい洋食屋……アステリア料理の店がある。……君たちの意見も聞きたいし……その、一緒に、食べたいんだ」


リヒトの言葉は、後半に行くにつれて声が小さくなり、最後はほとんど聞き取れないほどだった。

世界を核の炎で脅し、数百万の軍隊を指揮する冷徹な大統領が、一人の少女を食事に誘うために、顔を真っ赤にして震えている。


サクラは、少し驚いたように目を丸くした。

「私たちが、ですか? でも、あんな高価なお店に、私たちのような平民が……それに、お店を閉めないと……」


「費用は全て私が持つ(経費で落とす)! 店の休業補償(機会損失)も支払う! ……だから、どうか。私と、一緒に行ってくれないか」


リヒトの必死な(しかしビジネス用語の抜けない)懇願に、サクラは吹き出しそうになるのを堪え、そして、ふんわりと微笑んだ。


「……ふふ。リヒト様は、時々すごく難しい言葉を使いますけど……とても優しいんですね。……わかりました。タロウも一緒でよければ、喜んでお供させていただきます」


「やったー! 洋食! お肉食べたい!」タロウが無邪気に飛び跳ねる。


リヒトの脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。

(……契約成立ディール・ダン!! 第五次交渉にて、ついにコンバージョンを獲得した! ……アテナ、見たか! これが人間の感情の勝利だ!)


『……マスター。心拍数が危険域に達しています。直ちに深呼吸を推奨します』


インカム越しの無粋なAIの警告を無視し、リヒトは震える手で茶碗を置いた。

「……ありがとう。明日の夕方、迎えに来る」


帰り道。

リヒトの足取りは、羽が生えたように軽かった。

「……カイル。見たか。私のアプローチは完璧だっただろう?」


カイルは、公用車のドアを開けながら、深々とため息をついた。

「……ええ。身分を偽り、最新技術で弟を買収し、休業補償をチラつかせての強引な誘い。……大統領の権力を一ミリも使っていないとは言い難いですが、結果が出たなら良しとしましょう」


「……うるさい。これは私の、私個人の実力だ。……ああ、明日が楽しみで仕方がない。世界征服の完了予定日よりもな」


十二歳の大統領、リヒト・フォン・アステリア。

彼が作り上げた完璧で冷酷なシステムの中に、初めて「守りたい」と願う、温かな例外バグが生まれ、根を下ろした瞬間だった。

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