第41話 大和の魂と立憲の妥協
本日4話目
【東の果てからの拒絶:不退転の通知】
アステリアが主導する「新世界連盟」の地図が塗り潰されていく中、極東の海に浮かぶ島国だけが、異様な輝きを放ち続けていた。
その名は「大和皇国」。
アステリア情報局に届いたのは、降伏勧告に対する一枚の返信だった。
『我が国は万世一系の天子を戴く神州なり。異国の理をもって民を惑わし、祭祀を絶やすことは、死をもってしても受け入れ難し。……徹底抗戦、辞する所にあらず』
執務室でその書状を読んだリヒトは、思わず目を見開いた。
(……大和皇国。前世の日本を彷彿とさせる、この既視感はなんだ? 民主化を「祭祀の破壊」と捉え、経済制裁も核の脅威も恐れず、国民が一丸となって死を覚悟している……。計算式に合わない、極めて『非効率な情熱』だ)
AI『アテナ』は即座に分析結果を弾き出す。
『……マスター。当該国の戦闘継続意志は九十八パーセント。武力制圧は可能ですが、占領後の反乱コストが予測不能です。……物理的抹消(消去)を推奨します』
「……却下だ、アテナ。効率だけで語るには、この国はあまりに興味深い」
【接触:大和の魂】
リヒトは自ら、最新鋭の垂直離着陸機(VTOL)を駆り、大和皇国の地を踏んだ。
そこは、アステリアの摩天楼とは対照的な、木と紙、そして研ぎ澄まされた鋼が支配する静寂の国だった。
会談の場に現れたのは、皇国の代表である老齢の武官だった。彼はリヒトの圧倒的な軍事力を前にしても、眉一つ動かさない。
「アステリア大統領。貴殿の技術は神の如きと聞く。だが、我らの魂は数千年の歴史の鎖に繋がれておる。……王冠を捨て、民が主となれという教えは、我らにとって『己を捨てよ』と言うに等しい」
彼らの背後には、竹槍や旧式の銃を手にした民衆が、静かな怒りと覚悟を持ってリヒトを注視していた。
「死して護国の鬼とならん」
その気迫は、リヒトがこれまで見てきた「保身に走る貴族」や「利便性に屈した民衆」のそれとは根本的に異なっていた。
(……これが『大和魂』か。……損得勘定を飛び越えた、自己犠牲を伴う美学。……前世の私が、ビジネスの荒波の中でいつの間にか切り捨て、忘却していた『答えのない誇り』がここにある)
リヒトは、腰のホルスターに差した銃を外し、テーブルに置いた。それは彼なりの、最大限の敬意の表明だった。
「……大和皇国の皆様。私は、あなた方のアイデンティティを解体するつもりはありません。……一つ、提案があります。……『立憲君主制』という形は、受け入れられますか?」
皇国の代表が、怪訝そうに目を細める。
「……天皇を国の『象徴』とし、祭祀を国家が永久に保証する。……ただし、政治の実権と経済の規格は、民衆による議会とアステリアのシステムに委ねていただく。……君主が君臨すれども統治せず。……これならば、あなた方の魂と、我がアステリアの合理性は共存できるはずだ」
アテナは「非効率な妥協です」と警告を発していた。 しかし、リヒトはそれを無視した。
(……全てをアステリアの規格に染め上げることが『完璧な世界』だと思っていた。……だが、そんな世界は、味気ない無機質なサーバー室と同じだ。……この大和のように、論理を超えた輝きを持つ存在を一つでも残しておかなければ、私は本当の意味で、機械の奴隷になってしまう)
【結論:孤独な王の小さな絆】
長い沈黙の後、皇国の代表は静かに頭を下げた。
「……アステリア大統領。貴殿の提案、奏上いたそう。……理と情、その狭間に橋を架けると言うのであれば、我らもまた、共存の道を模索するに吝かではない」
会談を終え、夕暮れに染まる大和の街を歩くリヒト。
アステリアのビル群にはない、風鈴の音や、どこからか漂う潮の香りが、彼の肺を満たした。
(……民主化という名の『均質化』に、初めて例外を許容した。……これは経営者としては失格かもしれない。……だが、大統領としては、今日、初めて『生きた人間』と対話できた気がする)
リヒトの孤独な瞳に、一瞬だけ柔らかな光が宿る。
彼は再び、冷徹な大統領の仮面を被り、VTOLへと乗り込んだ。
だが、その心の一部は、極東の島国が守り抜いた「誇り」という名の、温かな火によって、わずかに溶け始めていた。
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