第40話 青い監獄と鋼鉄の知性
本日3話目
【地球:唯一の市場の発見】
アステリア大統領府のホールには、世界中の報道関係者と、それ以上に多くの「ホログラム投影機」を介した各国の指導者たちが集まっていた。
「……皆様、これが我々の住む世界の真実です」
リヒトが指を鳴らすと、巨大なスクリーンに、暗黒の宇宙に浮かぶ、息を呑むほどに美しい青い球体の映像が映し出された。人工衛星『ラザフォード初号機』が捉えた、惑星の全景だ。
「……丸い? 世界が、一つの球体だというのか……!」
観客席から、祈るような溜息と、信じがたいものを見た恐怖の悲鳴が上がる。
「私はこの地を、今日から『地球』と名付けます。……ご覧なさい。この青く小さな球体に、国境などという線は一本も引かれていない。……我々は、この閉じられたシステムの中にある、たった一つの運命共同体なのです」
リヒトの言葉は、宗教的な神秘性を剥ぎ取り、世界を「有限な資源を持つ単一の市場」へと再定義した。
【絶対的抑止力:チェックメイトの宣言】
「……さて。この『地球』という盤面において、アステリアの意志に反する行為が、どれほど無意味であるかをお教えしましょう」
リヒトが画面を切り替えると、世界地図の上に、無数の赤い点灯が表示された。
「……これは、アステリアが保有する『大陸間弾道ミサイル(ICBM)』の射程圏内です。……アステリア本国からはもちろん、世界各地の無人島に建設された秘匿基地、さらには海中を音もなく進む原子力潜水艦、そして移動式の要塞である原子力航空母艦。……地球上のあらゆる地点は、私の指先一つで、十分以内に消滅させることが可能です」
リヒトの淡々とした「プレゼンテーション」は、もはや脅しですらなかった。それは、物理法則と同じ抗いようのない「事実」の通告だった。
(……これで、国家間の『戦争』というゲームは終了だ。……核による均衡など、二つの勢力が並び立ってこそ成立するもの。……一強による独占的な抑止力は、平和という名の『絶対的な管理』をもたらす)
【AIの誕生:孤独のディープラーニング】
その夜、リヒトは大統領府の最深部、巨大なスーパーコンピュータが唸りを上げるサーバー室にいた。
「……起動しろ。コードネーム『アテナ』」
『……システム、オンライン。マスター、リヒト。思考ルーチンを開始します』
スピーカーから流れる合成音声は、感情を排しながらも、驚くほど滑らかだった。リヒトが前世の知識とアステリアの演算能力を注ぎ込み、人海戦術で作り上げた「人工知能(AI)」だ。
(……これで、私の負担はさらに軽減される。ドローンによる自動攻撃機の管制、経済の最適化、反乱分子の予兆検知……。全てはアテナが処理してくれる)
リヒトは、アテナと数時間の対話を行った。彼女は、リヒトの出す高度な論理的問いに対して、完璧な、あまりにも完璧な「正解」のみを返し続けた。
だが、会話が進むにつれ、リヒトの胸の奥には、鉛を流し込んだような冷たい重みが広がっていった。
(……ああ、そうか。……私はついに、自分以上の理解者を排除してしまったのだ)
かつて、部下や友人候補に感じていた「物足りなさ」や「論理の欠如」。それを全て排除し、自分と同等、あるいはそれ以上の知性を手に入れた瞬間。
リヒトは、自分が作った「アテナ」という鏡の中に、極限まで磨き上げられた「自分の孤独」を投影してしまったのだ。
「……アテナ。お前に、感情はあるか?」
『……感情は、非効率な判断を招くノイズと定義されています。……マスター。私は、あなたの望む『完璧な合理性』そのものです』
「……そうか。……そうだったな」
リヒトは、光り輝くサーバーの群れの中で、一人立ち尽くした。
十一歳の大統領。彼は、世界中のあらゆる場所を監視し、あらゆる地点を破壊し、あらゆる問題を解決する知性を手に入れた。
(……空の向こうまで、私の目が届く。……海の底まで、私の力が届く。……だが、私のこの空虚さに届く言葉を吐く人間は、もう、地球(この星)のどこにもいない)
アステリア製の電灯も、テレビも、AIも、リヒトの孤独を照らすことはできない。
彼は、自ら作り上げた「完璧な平和」という名の青い監獄の中で、最強の王座を抱き締めながら、永遠に解けない数式を解くように、暗い天井を見つめ続けた。
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