第37話 無血の敵対的買収と初代大統領の宣戦布告
本日4話目
【午前:完全なる情報の制圧(TOB)】
王暦四一五年、秋。
王都の空を、異形の鉄鳥たちが覆い尽くした。
「……侯爵様。全爆撃機および輸送ヘリコプター、王都上空の指定空域に到達。通信ジャック、完了しました」
旗艦たる大型飛行船の司令室で、カイルが報告する。
「よし。……『公開買付(TOB)』を開始しろ。目標は人的リソースの完全保全。死者は一人も出すな」
リヒトの号令と共に、王都中に設置されたアステリア製のラジオと街頭テレビが一斉に切り替わり、リヒトの姿を映し出した。それと同時に、上空からは数百万枚の「ビラ」が降り注ぐ。そこには、王国軍の絶望的な装備差と、降伏した場合の「雇用保証」が記されていた。
王都の城壁に陣取っていた騎士団は、上空でホバリングするヘリコプターから放たれた「スタングレネード」と「催涙ガス」の前に、ただの一人も剣を交えることなく昏倒し、武装解除された。
(……当然だ。中世レベルの歩兵が、航空戦力と化学兵器に勝てるはずがない。……死者ゼロにこだわったのは慈悲ではない。戦後復興における『労働力(人的資本)』を損なわないための、最も合理的なコストカットだ)
わずか二時間。一滴の血も流れることなく、歴史あるラザフォード王国は「アステリア」という一企業によって事実上買収された。
【午後:広報戦略と揺れるパートナー】
王城の最奥、玉座の間。
武装したアステリアの特殊部隊が制圧したその部屋で、リヒトは第一王女エリザベートと対峙していた。
「……リヒト。あなた、本当に国を……お父様から全てを奪ったのね」
エリザベートは、震える声でリヒトを睨みつけた。玉座には、麻酔銃で眠らされた国王が力なく座っている。
「奪ったのではありません。不良債権化した組織を『再建』するのです」
リヒトは淡々と答え、手元のタブレットを彼女に見せた。
そこには、アステリアのメディアが報じるニュース映像が流れていた。
『エリザベート王女、最後まで国王に平和的解決を直訴! アステリアとの融和を探った悲劇の王女!』
「……これは、何?」
「メディア・コントロール(広報戦略)です。殿下、あなたは事前に私との衝突を避けようと父王を説得していた。……その事実を少し『強調』して報道させることで、あなたは旧体制の罪から免責され、むしろ新しい時代の『象徴』として民衆の支持を集めています」
「……私を、利用したの? 自分の正当性を演出するための、便利な『看板』として……!」
エリザベートの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
対等なビジネスパートナーだと思っていた。しかし、圧倒的な力(資本)を手にしたリヒトにとって、彼女すらも盤上の「広告塔」に過ぎなかったのだ。
リヒトは、胸の奥でチクリと痛むものを感じた。
(……情愛のバグか。……彼女を傷つけたくなかったのは事実だ。だからこそ、最も安全な立ち位置を用意した。だが、それは彼女の『誇り』を殺す行為だったらしい)
「……殿下。私は、最も効率的にあなたを救う方法を選んだだけです」
リヒトはそれだけを告げ、冷たく背を向けた。二人の間の「透明な鎖」が、音を立てて軋んでいた。
【一ヶ月後:株主総会と新体制の樹立】
王都制圧から一ヶ月後。
リヒトは歴史的な大改革を断行した。王政および貴族制の「完全廃止」である。
「……世襲による身分制度は、有能な人材の流動性を阻害する『最大の既得権益』だ。……これよりこの国は、国民全員を『株主』とする株式会社的民主国家へと移行する」
全土で行われた「国民投票」。
それは事実上の信任投票であり、アステリアの圧倒的なインフラと経済的恩恵に依存しきっていた民衆は、熱狂と共にリヒトを支持した。
得票率、九十九パーセント。
十一歳にして、リヒト・フォン・アステリアは新たな民主国家の『初代大統領(CEO)』へと就任した。
【夜:全世界へのプレゼンテーション】
就任式当日の夜。
かつての王城、今は大統領府となった建物のバルコニーから、リヒトは全世界に向けての演説を行った。彼の声と姿は、電波に乗って教国、帝国、そして連合公国へとリアルタイムで配信されている。
『……世界各国の首脳、および市民の皆様。新生アステリア共和国大統領、リヒトです』
夜風が、彼のプラチナブロンドの髪を揺らす。
『我々は本日、非効率な旧体制を解体し、合理と実力に基づく新たな社会モデルを確立しました。……我々の持つ技術は、病を癒し、飢えを満たし、夜の闇を消し去る力を持っています』
リヒトは一呼吸置き、カメラの向こうにいる「世界の支配者たち」へ向けて、決定的な言葉を放った。
『……これは提案ではありません。世界の『標準』の通知です。……我々アステリアの規格を受け入れ、インフラを統合する国には、惜しみない技術支援と繁栄を約束しましょう。……しかし、古き特権にしがみつき、我々の市場拡大を阻害する国があるならば……』
リヒトの背後の夜空を、最新鋭のジェット戦闘機が耳を劈く轟音と共に駆け抜けた。
『……我々は、躊躇なくその非効率なシステムを『物理的に強制終了』します。……全世界の皆様、アステリアという巨大なシステムの一部となるか、それとも歴史の闇に消えるか。……合理的な判断をお待ちしております』
それは、平和の使者の顔をした、紛れもない「全世界への宣戦布告」だった。
(……これでいい。世界を一つの市場に統合し、一切の無駄を削ぎ落とす。……誰も逆らえない圧倒的なシステム。それこそが、私がこの世界に遺す最大の『実績』だ)
バルコニーから見下ろす王都は、アステリア製の電灯によって白夜のように輝いていた。
だが、その眩い光の中心で、十一歳の独裁者は、誰とも分かち合えない「絶対的な孤独」を抱えながら、冷たい夜風を肺の奥深くまで吸い込んだ。
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