第29話 真夏のオフサイト・ミーティングと鋼鉄の果実
本日4話目
【午前:片手間でのデバッグ作業】
アステリア領、白砂のプライベートビーチ。パラソルの下でリヒトは、カイルが持ち込んだ軍用無線端末を操作していた。
「……リヒト様、帝国北部のクーデター計画ですが、首謀者たちが乗った馬車を、事前に設置した『リモート操作式地雷(IED)』で一掃しました。事故として処理済みです」
「……あちらの『社内規定(法律)』に則った解雇通知(物理)だな。教国の反動勢力はどうなった」
「……セシリア様が、彼らの全資産を空売りで溶かしました。現在、彼らは明日のパンにも困る状況です」
「上出来だ。次は教国の隣、砂漠の国『アル=ハラム』の物流網を狙う。あそこの原油資源は、私のグランドデザインに不可欠だ」
リヒトは冷たいアイスコーヒーを一口飲み、画面を閉じた。国家の転覆すら、彼にとっては休暇の午前中に行う「メールの返信」程度の雑務に過ぎなかった。
【午後:ファッションの工学的再定義と『共犯者』の育成】
午後は、学園祭に向けた「共同研究開発」の時間だ。
砂浜には、ヨハンとニーナが設営した臨時テントがあり、そこではソフィアやエドワード、そしてエリザベートたちが、アステリア製の最新機器を駆使して「次世代の布地」と格闘していた。
「……ソフィア殿、その布地の張力計算が甘い。ナイロン繊維の復元力を活かすなら、縫製は『三次元曲線』で設計すべきだ」
リヒトは、前世のCAD(コンピュータ支援設計)の知識を木板に書き起こし、指示を飛ばす。
「……驚きましたわ。衣類を『防護壁』や『外装』と同じロジックで語るなんて。でも、この伸縮性と撥水性は、革命的です」
ソフィアが、自らの足首にフィットするレギンスを確かめながら、頬を紅潮させる。彼女は既に、この技術を北方の極寒地での作業着として転用するライセンス契約をリヒトと結び、完全に「アステリア陣営」に組み込まれていた。
一方、エドワードはヨハンが改良した「足踏み式高速ミシン」の前で、絶望しながらも圧倒的な集中力で布を縫い合わせていた。
「……リヒト! 俺は騎士なのに、なぜミシンの油を差しているんだ……」
「君の精密な指の動きは、複雑なパターンの縫製に最適だ。資源の有効活用だよ。この新素材のスポーツウェアは、君の肉体を最も効率的に見せる『動く広告』になる。君がこれを着て演武をすれば、王国中の騎士道精神(無駄なプライド)を、実利的な筋肉美へと書き換えられる」
「……ぐぬぬ、理屈は分かるが納得いかん!」
リヒトは、彼らに「最先端の利便性」を体験させることで、旧来の不便な生活には戻れない身体へと作り替えていた。
【休暇の成果:垂直統合の完成】
休暇の最終週。リヒトは招待した学友たちを、領地深部の「アステリア中央研究所」へと案内した。
そこでは、ヨハンが開発した「初期型オートバイ」の走行実験が行われていた。
「若君、二気筒エンジンの同期が安定しました。最高時速は百二十キロに達します」
「……素晴らしい。エドワード、試乗してみろ。君の愛馬より三倍速いぞ」
恐る恐る鉄の馬に跨ったエドワードが、エンジンの咆哮と共に砂塵を上げて走り出す。戻ってきた彼の顔には、恐怖を塗りつぶすほどの高揚感が宿っていた。
「……リヒト、これは……魔法か!? 風が、景色が……!」
「物理ですよ、バレンシア卿。これこそが、我々が学園祭で発表する『新しいライフスタイル』の一部だ。君たちバレンシア家がこれの公式ライダー(試験運用担当)になれば、王国軍の機動力は一変する」
リヒトは、休暇中に以下の成果を積み上げた。
新素材(ナイロン・合成ゴム)の量産体制確立:水着から軍用防水布まで。
小型内燃機関の安定化:オートバイによる機甲化部隊の基礎。
学友たちの『アステリア化』:ソフィア(資源)、エドワード(軍事)の完全な懐柔。
「……さて。夏休みという名の『先行投資(シード投資)』は完了だ。あとは学園という市場で、これらを爆発的に普及させるだけだな」
リヒトは、海に沈む夕日を眺めながら、手元の手帳に「二学期:学園全体の経営資源化」と大書した。
「……さあ、戻りましょうか。新学期という名の『株主総会』が待っていますよ」
リヒトは、完全に自分のペースに巻き込まれた学友達を引き連れ、アステリア製の高速蒸気機関車へと乗り込んだ。彼の八歳の夏は、単なるバカンスではなく、世界を「アステリア」という会社で塗りつぶすための、完璧なプレマーケティング期間となったのである。
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