第26話 鋼鉄の夏と軍拡のグランドデザイン
王立ラザフォード学園の初夏。眩い陽光が降り注ぐ中、リヒトは学園の地下に広がる広大な「特別実習棟」にいた。表向きは工学研究のための寄贈施設だが、その実態はアステリア侯爵領の先端技術を学園内に持ち込むための「秘密工廠」である。
「……ヨハン、ターボチャージャーの過給圧はどうなっている」
八歳のリヒトは、油の匂いが立ち込める作業場で、一人の少年に声をかけた。
ヨハン(十二歳)。アステリア領の貧民街で、ガラクタから精緻な時計を組み上げていたところをリヒトに拾われた、機械工学の怪物だ。中年の執事ハンスが領地の政務を支える一方で、この少年がリヒトの「鋼鉄の具現者」として現場を仕切っている。
「若君、完璧です! この『スクロール式過給機』を搭載した新型エンジンは、出力が前モデルの二倍に跳ね上がりました。……これなら、目標としていた『時速百キロメートルを超える二輪装甲車』の量産が可能です!」
ヨハンが、煤けた顔で誇らしげに試作エンジンを叩く。
(……よろしい。イゾルデのような『生物的バグ』に対抗するには、反射神経を物理的に置き去りにする機動力が必要だ。……馬を捨て、完全にエンジン(内燃機関)へ移行する)
リヒトは内心で、この夏休みに実施予定の「軍備拡張ロードマップ」を更新した。
【六月:通信と計算の武装】
学園の講義室では、リヒトの右腕であるカイル(十一歳)が、初期型トランジスタを組み込んだ「戦術通信端末」のデバッグを行っていた。
「リヒト様、暗号化の階層を一段深めました。……これで、秘密結社が魔法的な傍受を試みても、復号には数百年かかる計算になります」
「……計算機による優位性は、兵士千人の武力に勝る。……カイル、学園内の全通信ログを監視下に置け。バレンシア派の通信を『トラフィック過多』で意図的に遅延させることも忘れるな」
エドワードら騎士道部が、伝統的な伝令(早馬)に頼っている間に、リヒトは学園という名の「戦場」を完全に情報化(デジタル化)していた。
【初夏:物量と化学の飽和】
一方で、ニーナ(十一歳)は学園の温室を改造したラボで、リヒトが前世の記憶から引き出した「ある化学式」の合成に成功していた。
「……リヒト様、これ。……ナパームの初期型、および高濃度塩素ガスの安定化に成功しました。……これで、もし学園が包囲されても、半径五キロメートルを瞬時に死の街に変えられます」
ニーナの瞳には、かつての薬草採取の娘としての優しさは消え、リヒトの合理性を守るための「毒婦」としての冷徹さが宿っていた。
(……前世のエリートリーマン時代、私は競合他社を『合法的』に潰してきた。……だが、この世界では『物理的』に消し去る必要がある。……コンプライアンス(防衛)のためなら、化学の悪魔に魂を売ることも厭わない)
放課後、エリザベート王女とセシリアが、リヒトの秘密基地を訪れた。
「あら、相変わらず暑苦しいわね。……リヒト、軍拡の予算が昨年度比で三倍に膨らんでいるけれど、セシリアが教国から吸い上げた資金、足りているかしら?」
エリザベートが、装甲車の試作機を扇子で指しながら笑う。
「……問題ないわ、殿下。教国の枢機卿たちを『先物取引』で破産させて作った裏金が、まだ山のようにあるもの。……リヒト、この夏休みはアステリア領で盛大な『軍事演習』を見せてくれるんでしょう?」
セシリアが、リヒトの首筋に甘く囁く。
「……ええ。バレンシア公爵家を含む王国軍の幹部を招待します。……彼らに、騎士の時代が終わったことを、網膜に焼き付けてやる。……これが私の『夏期インターンシップ』です」
八歳のリヒトは、ヨハンが組み上げたエンジンの咆哮をBGMに、学園の支配から世界の再設計へと、その歩みを加速させていた。
その瞳には、かつてのエリートサラリーマンが持っていた「市場を独占する」という執念が、鋼鉄の殺意となって燃え盛っていた。
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