第25話 学園という名の敵対的買収
本日4話目
王立ラザフォード学園。そこは、建国以来の「騎士道精神」を貴族の義務として叩き込む、王国保守層の聖域だ。
八歳のリヒトは、その白亜の門の前に立ち、手元の「学園運営報告書(非公式ルートで入手)」を脳内でスキャンしていた。
(……前時代的なカリキュラム、不透明な学生会予算、そして血統主義による評価制度。……非効率の極致だな。三年の任期中に、ここをアステリアの『人材養成所』へ構造改革する必要がある)
「リヒト様、周囲の視線が刺さるようです。……特に、あちらの『騎士道部』の連中が」
御者台のバドが、警戒を露わにする。
リヒトは馬車を降り、冷徹な視線で周囲を見渡した。そこには、科学という名の「魔法」で帝国を蹂躙した幼き侯爵を、敵意と好奇の入り混じった目で見つめる群衆がいた。
入学初日。式典の直後、リヒトの前に「旧時代の壁」が立ち塞がった。
「……止まれ。アステリアの『手品師』」
中庭の中央。道を塞ぐように立っていたのは、十二歳のエドワード・フォン・バレンシアだった。公爵家の嫡男であり、学園内の武闘派閥を束ねる「騎士道の権化」だ。
「……何か用ですか、バレンシア卿。私のタイムスケジュール(予定表)には、君との面会は入っていませんが」
「貴様のやり方は聞き及んでいる。……遠距離からの砲撃、毒ガス、そして正体不明の爆撃。……そこに『誇り』はあるのか? 剣を交え、魂を削る神聖な戦いを、貴様はただの『作業』に貶めた」
エドワードの瞳には、燃えるような嫌悪が宿っていた。
彼にとって、リヒトの合理性は「尊い犠牲」や「騎士の誉れ」を汚す、耐え難い不浄なのだ。
(……典型的な『昭和の体育会系上司』の再来か。精神論で生産性を語る手合いが、最も組織の成長を阻害する)
「誇りで腹は膨れません。……戦いとは、最小のコストで最大の結果を得るための『計算』です。……君の言う誇りとやらが、時速千キロの衝撃波を防げるのなら、その時に改めて議論しましょう」
「……いいだろう。この学園で、どちらが正しいか証明してやる。……貴様の小細工など、我らバレンシアの剣が断ち切ってくれるわ!」
エドワードは宣戦布告を残し、踵を返した。
(……完全な敵対勢力か。だが、彼のような『象徴』を叩き潰してこそ、学園全体の意識改革が加速する)
「あらあら、怖いお顔。……でも、そんな冷徹な瞳も素敵ですわ」
エドワードが去った後、今度は翡翠色の髪を持つ少女、ソフィア・ド・ランカスターが歩み寄ってきた。
彼女は辺境伯の令嬢でありながら、瞳の奥にリヒトと同じ「数字」を宿している。
「ソフィア殿。……君の家が握る北方のレアメタル、および石炭の独占権。……私の技術と合わせれば、利益率は今の五倍に跳ね上がりますが?」
「……ふふ、初対面で『商談』から入るなんて、流石ですわ。……私、エドワード様のような暑苦しい方は苦手なの。……リヒト様、私をあなたの『専属サプライヤー』に選んでくださらないかしら?」
彼女はリヒトの手をとり、艶然と微笑んだ。
(……こちらは協力的な利権屋か。バレンシアの武力を封じ込めるための『資金源』として、彼女を囲い込むのは合理的だ)
放課後、学生会室を見下ろすサロン。
そこには、学園の理事会を金で操るセシリア(十三歳)と、王族として規律を司るエリザベート(十一歳)が待っていた。
「エドワードとやり合ったそうね。……あの子、バレンシア公爵家の威光を背負っているから、学園内の支持率は高いわよ」
セシリアが、毒を孕んだ甘い声で告げる。
「潰しちゃう? 教国の暗殺術を使えば、事故に見せかけるのは容易だけど」
「……いえ、まずは『経済的無力化』から始めましょう」
リヒトは冷たく笑った。
「学園内の売店、食堂、そして武具の納入業者。……その全てをアステリアの関連企業で独占します。……誇り高い騎士様たちが、私の許可なくパン一つ買えない状況を構築する。……それが私の『決闘』の作法です」
エリザベートが、扇子を鳴らして笑った。
「ふふ、素敵。……学園という名の小国家を、丸ごとアステリアの子会社にするのね。……私も協力するわ、リヒト。学生会の『監査権』を、あなたに譲渡するように手配しましょう」
八歳のリヒトによる、学園の「敵対的買収」――。
エドワードという旧時代の壁を、経済と情報の鎖で縛り上げる。
合理の怪物の、非情な学園生活が幕を開けた。
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