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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第1章 幼年期

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第23話 王座の買収と軍備拡張の夏

本日2話目

春の夜。八歳になったリヒトの誕生日パーティーの裏側で、アステリア侯爵邸の地下防音室では、王国の命運を決める「非公式の株主総会」が開かれていた。


円卓を囲むのは三人。

王国第一王女、エリザベート(十一歳)。

教国から帰還した若き金融の女王、セシリア(十三歳)。

そして、アステリア侯爵領の若きCEOにして全ての設計者、リヒト(八歳)。


「……さて、セシリア。教国プロジェクトの最終的なROI(投資利益率)を聞こうか」


リヒトが氷の浮いた葡萄水を揺らしながら尋ねると、セシリアは妖艶な笑みを浮かべ、持参したトランクから一枚の羊皮紙を取り出した。


「利益率なんて次元じゃないわ、リヒト。私は教国の『国立銀行』に相当する機関の債権を、ダミー商会を経由して過半数買い占めたの。……つまり、教国の国家予算は、実質的に私のサイン一つで凍結できるわ」


「完璧なM&A(買収)だ。よくやった」 リヒトは無表情に褒め称えたが、内心ではセシリアの成長速度に舌を巻いていた。 (……わずか三年で一国の金融をハッキングし、合法的に乗っ取るとは。私の教えた『信用創造』と『複式簿記』というツールを、彼女は悪魔的なセンスで運用しきった)


「では、次は国内の『不良債権』の処理ね」

エリザベートが扇子を閉じ、冷たい声で引き継ぐ。

「父上の病に乗じて、王弟派のゼノス公爵が反乱の準備を進めているわ。彼らは教国の傭兵団を雇い入れる算段をつけている。……セシリア、資金源は断てる?」


「ええ、殿下。ゼノス公爵が頼りにしている教国の闇金融は、すでに私の手の中よ。明日、公爵の口座を『コンプライアンス違反』を理由に完全凍結フリーズさせるわ。彼らは一束の麦すら買えなくなる」


「よし。経済的兵糧攻めが完了した時点で、私が王家の名の下にゼノス公爵の反逆罪を告発する。……リヒト、物理的な『強制執行』の準備は?」


「すでに完了しています」

リヒトの瞳に、エリートサラリーマン時代に幾つもの競合他社を潰してきた、冷酷な光が宿った。

「王位継承という盤上から、ゼノス公爵という駒を盤ごと叩き割ります。……我々のアステリア株式会社による、王国の『敵対的買収(TOB)』の始まりです」


季節は巡り、夏。

ゼノス公爵の破滅は、あまりにも静かで、そして劇的だった。

軍を挙げる直前、公爵家の金庫は空になり、教国からの傭兵は前払金がないことを理由に国境で引き返した。


そこに追い討ちをかけたのが、アステリア侯爵領から派遣された「新兵器」の群れだった。


「……ハンス。シリンダーの冷却機構は問題ないか」


真夏の太陽が照りつけるアステリア領の演習場。

リヒトは、土埃を上げて走り回る鉄の塊――内燃機関ガソリンエンジンを搭載し、厚さ十ミリの鋼板で覆われた「初期型装甲車テクニカル」の挙動を鋭い目で追っていた。


「完璧です、リヒト様! ニーナが精製したハイオクタン燃料と、カイルの設計した電気式点火プラグのおかげで、馬力は蒸気機関の比じゃありません! 時速六十キロで荒れ地を走破できます!」


油まみれになった十二歳のハンスが、誇らしげに報告する。


(……よろしい。これで『自動車化歩兵モータリゼーション』の基礎が整った。騎兵の突撃など、分厚い装甲と重機関銃の前では紙切れと同義だ。軍備拡張の予算は、ゼノス公爵から没収した資産で十分に賄える)


王位継承問題に乗じ、リヒトは「王都防衛」を名目に、自領の軍事力をかつてない規模へと引き上げていた。

電気鉄道による大量輸送網に加え、装甲車による面制圧力。

王国軍の実権は、名実ともにアステリアの手に落ちつつある。


だが、リヒトの顔に油断はない。

装甲車の銃座を見つめながら、彼の脳裏には冬の夜に消えた「氷の聖女」イゾルデの姿がこびりついていた。


(……ゼノス公爵という『人間』の反乱など、エクセルの表計算で処理できる程度の雑務に過ぎない。問題は、あの『計算外の怪物バグ』だ)


リヒトは、完成したばかりの初期型半導体トランジスタを用いた「携帯用無線機」を握りしめた。


(私が軍備をここまで拡張し、装甲車という物理的な壁を急造した本当の理由は、イゾルデの暗殺を防ぐためだ。……彼女の常軌を逸した機動力には、馬ではなくエンジンの速度で対抗するしかない)


同じ頃、王都の地下牢。

全財産を失い、反逆罪で投獄されたゼノス公爵の前に、冷たい冷気を纏った影が音もなく降り立った。


「……ひっ! お、お前は……帝国の聖女……!」

「結社の契約は不履行となりました、公爵閣下。……あなたは、アステリアの『ことわり』に敗北したのです」


硝子のような瞳を持つ十歳の少女、イゾルデ。

彼女は鉄格子の鍵を、まるで粘土でも捻るかのように素手で引きちぎり、牢の中へ足を踏み入れた。


「た、助けてくれ! 私はまだ終わっていない! 金ならある、隠し財産が……!」


「不要です。私の任務は、あなたを救うことではなく、あなたがアステリアに漏らすかもしれない『情報』を消去することですから」


イゾルデの細い指が、無慈悲に公爵の首筋へ伸びる。


夏の暑さを凍り付かせるような冷気が、王都の地下からアステリア領へと、確実に忍び寄っていた。

科学の盾を分厚くするリヒトと、その盾を紙のように貫こうとする「非合理な暴力」。

激突の時は、秒読み段階に入っていた。

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