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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第1章 幼年期

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第22話 春の帰還と玉座の軋み

冬の嵐が去り、アステリア侯爵領に春が訪れた。

領都の郊外では、桜によく似た淡紅色の花が咲き乱れている。だが、その背後には旧ルガード領から伸びる巨大な化学コンビナートの煙突群がそびえ、白煙が春の青空を規則的に塗り替えていた。


「……さて、昨年度の『決算』だが」


侯爵邸の執務室。八歳になったばかりのリヒトは、マホガニーの巨大なデスク越しに分厚い報告書に目を通していた。

前世、現代日本のエリートサラリーマンとして幾度も修羅場を潜り抜けた彼にとって、この瞬間こそが最も血肉が躍る時間だ。


「はい、若君。……いえ、若きCEO(最高経営責任者)」

執事のマルクが、リヒトが教え込んだ現代の肩書きを口にして一礼する。


「アステリア電気鉄道の貨物輸送益は前年比四百パーセント増。帝国との不平等条約による『通信網使用料』および『エネルギー輸出益』が、我が領の歳入の六割を占めるに至りました。……加えて、旧ルガード領の重工業地帯からの産出益を合わせると、アステリア侯爵家の単年黒字は、王国の国家予算の三年分に匹敵します」


「……上出来だ。キャッシュフローは極めて健全だな」

リヒトは無表情のまま頷いた。


「利益の大半は、半導体工場ファブの拡張と、内燃機関の量産ライン構築に再投資リインベストする。……金は金庫で眠らせるな。血のように循環させ、次の『暴力』へと変換しろ」


この冬、アステリア領は歴史の転換点を迎えていた。

リヒトが急造した内燃機関搭載の「装甲車」と、初期型トランジスタによる弾道計算機を用いたアステリア守備隊は、王国内に潜伏していた秘密結社「蛇」の拠点を物理的に蹂躙し、壊滅させたのだ。


(……だが、肝心の『頭』は取り逃がした)


リヒトの脳裏に、硝子のような瞳を持つ白銀の少女、イゾルデの姿が蘇る。

一斉掃射される機関銃の弾幕を、まるで雨粒を避けるように歩いて抜け、炎上する拠点から忽然と姿を消した「氷の聖女」。


(私の設計した計算機が弾き出した予測を、彼女の『本能』は軽々と超えた。……あれは人間ではない。物理法則のバグだ。彼女が生きている限り、我が社の……いや、アステリアのコンプライアンス(安全保障)に深刻な脆弱性が残り続ける)


「難しい顔をしているわね、リヒト。今日はあなたの八歳の誕生日パーティーよ。……半年遅れの、ね」


執務室の扉が開き、ドレスアップした十一歳のエリザベート王女が入ってきた。

結社との内戦状態にあった冬の間、延期されていたリヒトの誕生祝いが、今日ようやく開催されるのだ。


「殿下。ようこそおいで下さいました。……ですが、そのドレスの裏に隠した『厄介事』の匂いが強すぎますよ」


「ふふ、相変わらず可愛げがないわね」

エリザベートは優雅にソファに腰を下ろし、扇子で口元を隠した。その瞳は、十代前半とは思えないほど冷たく、政治家のそれに染まっている。


「王都の空気がきな臭いのよ。……父上(国王)が病に倒れられたわ。表向きは過労ということになっているけれど、おそらく結社の残党による遅効性の毒ね。……そして、それを好機と見た貴族たちが、次期国王の座を巡って動き出したわ」


「第一王子のフィリップ殿下を担ぐ派閥と、他の派閥ですか」


「ええ。フィリップ兄様は温厚だけれど、押しが弱すぎる。反主流派は、王弟の血を引く別の公子を立てて、王国を二分しようとしている。……そして、両派閥とも『アステリアの技術(利権)』を我が物にしようと躍起よ」


「非効率な連中だ。自らパイを焼かず、他人が焼いたパイの奪い合いに血道を上げるか」

リヒトは冷たく吐き捨てた。


「だから、私とあなたで『ルール』を変えましょう」

エリザベートが身を乗り出す。

「兄様を玉座に座らせる。でも、実権を握るのは私……そして、あなたよ。王国軍の指揮権と、インフラの全権をアステリアに委譲する密約。それにサインさせるわ」


(……王国の完全な『株式会社化』か。悪くない提案だ。エリザベートを筆頭株主に据え、私が実質的な経営権を握る)


「……いいでしょう。アステリアの軍事力と経済力を背景に、反対派を『物理的かつ経済的』に黙らせます」


その時だった。

屋敷の外、領都の駅の方角から、祝砲のような汽笛が三度鳴り響いた。

それは、教国との国境線まで新たに延伸された国際鉄道の、特別列車の到着を告げる合図。


「……噂をすれば、最高の『資本』が帰ってきたようですね」


リヒトは立ち上がり、窓の外を見た。 駅のホームに降り立ったのは、三年間の教国留学を終えた十三歳の少女。 メルクリウス侯爵家の令嬢である、セシリアだった。


教国の伝統的なドレスを、彼女なりに洗練されたタイトなシルエットに仕立て直し、その手にはアステリア産の最新型トランクを提げている。

あどけなかった少女の面影は消え、そこにあるのは、一つの国家の経済を裏から支配し尽くした「若き金融の女王」の圧倒的なオーラだった。


「ただいま、リヒト。……随分と待たせたわね」

セシリアは出迎えたマルクたちを一瞥もせず、真っ直ぐに侯爵邸を見上げて微笑んだ。


「教国の金庫の鍵は、全てこのトランクの中に収めてきたわ。……さあ、私が集めた『世界のお金』で、次は誰を買収してほしい?」


春の陽光の下、アステリア侯爵邸のパーティー会場に、政治の怪物エリザベート、金融の怪物セシリア、そして技術の怪物リヒトが再び集結した。

王国の玉座を巡る暗闘、そして行方不明のイゾルデがもたらすであろう冬の嵐の残滓。

リヒト・フォン・アステリア八歳の春は、血と金と鉄の匂いに満ちていた。

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