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『没落寸前の貴族に転生してしまった』〜現代知識という名の魔法で、中世を20世紀へ塗り替える合理的再興録〜  作者: tky
第1章 幼年期

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第17話 雷光の軌道と銀塩の記憶

本日4話目

「……ようやく、この世界に『心臓』が宿ったか」


五月。アステリア領、特別極秘実験棟。

厚い鉛の壁に囲まれたテストベンチの上で、真鍮と鋼鉄の塊が重厚な金属音を立てて往復運動を繰り返していた。リヒトが一年以上の歳月をかけ、前世の熱力学の記憶を総動員して設計した「蒸気機関」の試作一号機である。


だが、噴き出す蒸気を浴びながら、七歳のリヒトの眼差しは冷めていた。

(……効率が悪すぎる。ボイラーという巨大な外部加熱装置を抱える以上、出力重量比には限界がある。これでは大型の船舶や機関車が限界だ。私が求めるのは、空をも制する『軽量・高出力』の動力源……内燃機関だ)


「カイル、この試作品のデータは全て記録したな? 蒸気はあくまで通過点、いわば『習作』だ。これに満足するな」


「満足なんて……! リヒト様、これだけでも世界中の王侯貴族が喉から手が出るほど欲しがる発明ですよ?」


「他人の基準で動くな。私の計画では、シリンダー内で直接燃料を爆発させる『内燃機関』こそが本命だ。……もっとも、燃料となる石油の分留フラクショネーションと、超高温に耐える合金の精錬には、まだ数年の『熟成期間』が必要だがな。それまでは、別の『力』で時間を稼ぐ」


リヒトが指し示したのは、実験室の隅で静かに充電されている奇妙な金属板の積層体だった。


「リチウムイオン電池のプロトタイプだ。……リチウムの精製には苦労したが、これで『電気』を持ち運べる。鉛蓄電池とは比較にならんエネルギー密度だ。これがあれば、内燃機関が完成するまでの間、小型車両や通信機器を『電池』で動かせる」


六月。アステリア領に、世界を変える「地響き」が轟いた。

港から領都までの十五キロメートルを繋ぐ、史上初の「アステリア電気鉄道」の開通式典である。


「……リヒト、このレールの幅、少しばかり『傲慢』すぎないかしら?」


隣で視察する十歳のエリザベートが、足元の巨大な軌間を見て眉をひそめた。

それもそのはずだ。リヒトが敷設したのは、前世の新幹線(1435mm)を遥かに凌駕する、三メートルもの幅を持つ「超広軌」だった。


「殿下、これは『傲慢』ではなく『必然』です。狭いレールの上でチマチマと荷物を運ぶ時代は終わります。時速二百キロメートルを超える速度で、一度に数千トンの物資を運ぶ。そのためには、車両の重心を下げ、安定性を確保するこの広さが不可欠なのです。規格スタンダードを制する者が、大陸の物流を制するのですよ」


リチウムイオン電池を補助電源に積み、架線から高電圧を吸い上げる巨大な電気機関車が、火花を散らして滑り出す。

馬車で半日かかっていた距離を、わずか数分で結ぶ圧倒的な質量移動。それは、領内の物流を「点」から「線」へ、そして「面」へと変貌させる。リヒトにとっては、領土そのものを一つの巨大な「工場」として機能させるためのベルトコンベアに過ぎなかった。


同月、リヒトは「情報の革命」にも手をつけていた。


「……父上、そのまま十秒間、瞬きを我慢してください。……今、この瞬間を『固定』します」


暗幕に包まれた木製の箱。銀塩を用いた感光板。

リヒトはストップウォッチの秒針を冷徹に見つめていた。現像液に浸された板の上に、徐々に像が浮かび上がっていく。


「な、なんだこれは……! 鏡の中の私が、紙の上に張り付いているじゃないか! 魔法か? これは聖パトリックの奇跡か!?」


父カスパールが、現像された自身の姿を映し出した「写真」を見て、腰を抜かさんばかりに驚愕した。


(魔法ではない。ただの化学反応だ、父上。……だが、これによって『真実』の価値は変わる)


リヒトは完成した写真を手に取り、遠い教国の空を想った。

写真は絵師の主観を排除する。敵の顔、拠点の構造、地形の起伏。それらを「データ」として蓄積できる意味を、この時代の人間はまだ理解していない。


「マルク。この現像機一式をセシリアに送れ。……それから、彼女の近影を撮らせて送り返させるんだ。十二歳の彼女が、どのような『野心』をその瞳に宿しているか……。帰国後の人事配置を決めるための貴重な資料になる」


(半導体の開発も急がせねばな……。真空管では、私の望む『演算速度』には到底届かない。高純度のシリコン精製を、学校の化学科の最優先課題に設定しろ)


リヒトの頭脳は、常に数手先、数十年先を計算し続けている。

だが、内燃機関の爆音を予感させるピストンの鼓動と、電気鉄道の電光は、海の向こうに潜む「蛇」の警戒を最大級に引き上げていた。


「……若君、王都の有線通信から緊急入電です。帝国軍の強硬派が、アステリアの『鉄道技術』を強奪すべく、国境付近に集結を開始したとのこと。……連中、我々の鉄道を『神のいかづちの馬車』と呼んで怯えつつ、欲しがっています」


「……非合理な強欲だな。自ら汗をかかずに成果だけを盗もうとするとは」


七歳のリヒトは、現像したばかりの自身の無表情な写真をデスクに置き、アステリア独立守備隊に「全軍出撃」の信号を送った。

電気鉄道が運ぶのは、物資だけではない。

「高速移動する重火器」という、中世の戦術を過去のものにする絶望を、帝国に教えてやる時が来たのだ。

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