第15話:見えざる手と鉄の軍靴
本日2話目
「……マルク、違和感を感じないか? ルガード子爵の暴走も、バルトロメウスの横領も、あまりに手際が良すぎる。誰かが『台本』を書き、彼らに踊る場所を与えていたとしか思えない」
二月、凍てつく執務室でリヒトはチェスの駒を指で弄んでいた。
表向きの敵は、北方に版図を広げる「ガリア帝国」。だが、その背後には国境や利権を超えて暗躍する『秘密結社』の影がチラついていた。まだ確実な情報は掴めていないが、リヒトの合理的な推論は「単一の国家ではなし得ない広域工作」の存在を指し示していた。
「セシリアの誕生日だが……。今は動けないな。手紙と、開発に成功した『合成ダイヤモンドのペンダント』を贈っておけ。……彼女なら、この輝きが工学の結晶であることを喜ぶはずだ」
二月中旬、王都は熱狂に包まれていた。第一王女エリザベートの十回目の生誕祭である。 リヒトは多忙を極める内政の合間を縫い、父カスパールと共に王宮へ向かった。
「まあ、リヒト! 領地の開発で忙しいと思ってたけれど、私の顔を見に来てくれたのね?」
エリザベートは、これまでにないほど華やかなドレスを纏い、リヒトの手を取った。
「殿下、お誕生日おめでとうございます。……本日は、我が領で開発した『白熱電球』による、王宮庭園のライトアップを献上いたしました。非合理な夜の闇を、私の技術で塗り替えて差し上げます」
「ふふ、相変わらずね。でも、この光……星が地上に降りてきたみたいだわ」
エリザベートの瞳が、電球の温かな光を反射して輝く。
この夜、リヒトは王女とのダンスの最中、彼女の耳元で囁いた。
「……殿下、王宮内に『蛇の紋章』を持つ者が紛れ込んでいます。お気をつけください。私の有線通信網が完成すれば、即座に警告を送ります」
王女の表情が一瞬だけ強張った。彼女もまた、王宮に潜む「何か」に気づき始めていた。
三月。アステリア領の軍事力は、もはやこの世界の常識を置き去りにしていた。
「若君、試験射撃の準備が整いました」
バドが誇らしげに指し示したのは、黒光りする「後装式ライフル」と、精密な照準器を備えた「施条大砲」だ。
兵士たちが纏うのは、伝統的な騎士の甲冑ではなく、風景に溶け込む「迷彩柄の軍服」。その姿は、前世の近代軍人と見紛うほどに変貌を遂げていた。
さらに、地下では有線通信の電信線が敷設され、無線通信の実証実験も最終段階に入っていた。
「プラスチックの合成、アスファルトによる高速道路網、アルミやチタンの合金精錬……。これで、帝国を『速度』と『精度』で圧倒するだろう。」
リヒトは、自らの知識がこの世界の物理法則を次々とハックしていく様を、冷徹に観察していた。
三月下旬。
リヒトは、ついに帝国への直接接触を試みた。
国境地帯の非武装地帯に設置された会談場。そこには、帝国の若き将軍が座っていた。
「アステリア伯爵代理、リヒト殿。……貴領が開発した『電気』と『火薬』、我が帝国は高く評価している。……だが、それ以上に興味があるのは、その小さな頭脳の中身だ」
「将軍。私は取引に来たのです。帝国が抱える『経済的な停滞』。それを解決する鍵を、私は持っています」
リヒトの瞳には、将軍の背後に揺らめく「黒い影」——結社の干渉の痕跡が見えていた。
「私を敵にするか、パートナーにするか。……あるいは、君たちを裏から操る『蛇』を、一緒に潰すか。……選択肢を提示しましょう」
七歳のリヒトが放つ威圧感に、帝国の将軍は思わず椅子を鳴らして身を引いた。
魔法のない世界で、科学という名の魔法を武器にしたリヒトの「世界改変」は、ついに国家間のパワーバランスを根底から破壊し始めた。
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