第13話 紅葉の湯と凍てつく政争
本日4話目
季節は巡り、リヒトは七歳になった。
前世なら小学1年生の年齢だが、今世の私はアステリア伯爵領という巨大な「多国籍企業」のCEOとして、秋の収穫高と投資案件の進捗を確認していた。
「……マルク、ガレオン船の進水式は来月だな? 港の浚渫とセットで進めろ。外洋貿易の独占こそが、次なるキャッシュカウ(稼ぎ頭)だ」
領内はもはや別世界だ。植林計画により管理された山々からは良質な木材が産出され続ける事が見込まれ、掘り当てた油田と温泉が新たな産業と観光資源をもたらしている。蒸留酒の量産体制も整い、百貨院の店舗数は王国の主要都市を網羅した。
さらに、私は「鉄道」という物流の最終回答に着手した。実用化にはまだ数年かかるが、線路の敷設権をあらかじめ押さえることで、未来の輸送網を独占する。
「若君。バルトロメウス卿が放った刺客、これで五人目です。……すべてバド隊長が『新兵器』のテスト台にして片付けましたが」
「死体の処理費用を、奴の関連商会の帳簿から密かに抜き取っておけ。暗殺のコストすら回収するのが私の主義だ」
私はバルトロメウスを破滅させるための「不適切な資金流用」の証拠を、着々と積み上げていた。
紅葉が燃えるような美しさを見せる十月。
建設途中の「アステリア温泉リゾート」に、予期せぬ賓客が訪れた。第一王女エリザベートである。
「……まあ。リヒト、この『露天風呂』という発想、あまりに贅沢だわ。紅葉を見ながらお湯に浸かるなんて、詩人でも思いつかない非合理な悦びね」
「殿下。肉体の弛緩は、翌日の思考効率を最大15%向上させます。これは贅沢ではなく、メンテナンスです」
「ふふ、相変わらずね。でも、このお湯……本当に気持ちいいわ」
エリザベートは、立ち上る湯気の中で、満足げに目を細めた。彼女とのこの「非公式な交流」は、王宮内の情報を引き出すための重要なチャネルとなっていた。
ちなみに、リヒトは王女殿下と混浴した容疑を掛けられているが、証拠不十分となっている。
やがて季節は冬へと移ろい、王都は再び凍てつく社交シーズンを迎える。
留学中のセシリアからは、定期的に暗号化された手紙が届いていた。
『リヒト、こちらの教国では古い教会勢力が物流を握っているわ。あなたの言った通り、「慈善事業」という名目で倉庫ギルドを掌握したわよ。三か年計画の第一段階、国外拠点の確保は完了。……あなたの隣に戻るまで、あと二年ね』
セシリアは国外から、リヒトは国内から。 セシリアとリヒトは、見えない糸で繋がり、王国の経済を挟み撃ちにする準備を進めていた。
だが、国内の権力争いは、私の予想を上回る速度で加速していた。
国王の体調悪化を機に、王妃派が強引な法改正を画策し始めたのだ。
「……リヒト様。財務卿が、アステリア領の『火薬製造権』を国が接収するという緊急勅令の草案を提出したようです」
マルクが、スパイを通じて入手した極秘文書を差し出す。
「……焦っているな、バルトロメウス。私が積み上げた『汚職の証拠』を突きつける前に、力ずくで奪いに来るか。……いいだろう、非合理な力には、より圧倒的な『現実』を突きつけてやる」
私は、来春から開校予定の「アステリア高等専門学校」のカリキュラムに、一つだけ科目を追加した。
——『近現代戦術概論』。
冬の闇の中、私はセシリアと共有している「王国全土の経済網」というチェス盤の上で、バルトロメウスの首を獲るための最後の一手を指した。
もはや、ただの領主代理ではない。私はこの国の「影の設計者」として、凍てつく政争の渦中へと深く沈んでいった。
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