第12話 玉座の怪物たちと王都の暗雲
本日3話目
謁見の間。王女エリザベートだけが喋り続けているこの状況に、私は心中で「非合理なパワーバランス」を感じていた。
「エリザベート、少し黙りなさい。アステリア伯爵が困惑しているではないか」
重厚な声の主は、国王アルバート・ド・ラ・ヴァリエール。威厳はあるが、その瞳には過労の色が濃い。隣には穏やかだが観察眼の鋭い王妃テレサ、そしてエリザベートの兄である第一王子フィリップが座っている。
「アステリア伯爵。……そしてリヒトよ。そなたがルガード領で行った『清掃』、実に見事であった。だが、火薬という力は毒にもなる。王室としては、その技術の独占を許すわけにはいかない」
「陛下。独占ではなく『ライセンス供与』をご提案します。製造工程を分割し、王室直轄の工房と我が領で相互監視を行う。これが最も安全で利益率の高い管理方法です」
六歳の子供が提案する「軍事機密の共同管理」に、国王は一瞬呆然とし、やがて豪快に笑った。
その後、談話室へと場所を移し、王家との親睦会が行われた。
「リヒト、これをお食べ。王宮特製の菓子よ。数字ばかり食べていると、脳が萎びてしまうわ」
王妃テレサが勧める菓子を、私は礼儀正しく口に運ぶ。
「……糖分は思考の燃料です。感謝いたします」
「兄様、見て。リヒトは菓子を食べる時ですら、咀嚼回数を数えているみたいだわ!」
エリザベートが楽しそうに囃し立てる。
第一王子のフィリップは苦笑しながら、「君のような男が味方で良かった」と肩を叩いてきた。
王家は、リヒトという異分子を「制御すべき脅威」から「利用すべき資産」へと格上げしたようだった。
王城の長い回廊を出ようとしたその時、背後から冷ややかな声がした。
「……相変わらず、王室の懐に入るのがお上手ですな、アステリアの小僧」
財務卿、バルトロメウス伯爵だ。以前の論破ですっかり敵意を剥き出しにしている。
「閣下、お久しぶりです。……顔色が悪いですね。ストレスによる消化器系の不調でしょうか? 弊社の百貨院で販売している『胃薬』をお送りしましょうか?」
「……貴様の首を撥ねる日が、今から待ち遠しいよ」
バルトロメウスは呪詛を吐いて去っていった。彼は間違いなく、王妃派の中でも過激な一線を越えようとしている。
王都のアステリア伯爵邸に戻ると、そこには意外な来客があった。
王弟派の重鎮、ゼノス公爵だ。
「リヒト殿。単刀直入に言おう。王弟殿下は、君の『火薬』を求めている。王室にライセンスを渡す前に、我々にも相応の配慮を願いたい」
「公爵、私は商人です。特定の派閥に肩入れするより、両方に『貸し』を作る方がリスクヘッジになります。……ただし、王弟殿下が『関税の完全撤廃』を公約に掲げてくださるなら、優先的な供給枠を検討しましょう」
六歳の幼児に政治のディールを逆提案され、ゼノス公爵は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
翌日、私は王都の商業ギルドへと向かった。
有力商人たちとの「流通ネットワークの最適化」に関する会合を終えた時、廊下で大男にぶつかりそうになった。
「……おい、前を見て歩け、チビ」
「……エドワード様。その筋肉、随分と無駄に肥大化させましたね。基礎代謝が上がりすぎて、食費がかさむのではありませんか?」
「若き獅子」の称号を得たエドワードが、青筋を立てて私を睨みつける。
「リヒト……! 剣を捨てて逃げ回る卑怯者が! 春の大会では、僕が貴様の鼻柱を叩き折ってやる!」
「期待していますよ。……その時まで、筋肉に知性が追い付いていると良いのですが」
そもそも年齢が違うと思いながらも、笑顔を崩さないリヒトだった。
最後に、セシリア不在の百貨院を視察した。
支配人代行のスタッフたちは、私の顔を見るなり背筋を伸ばす。
「……棚割りの効率が3%落ちているな。それから、父上の新作の詩をポスターに使えと言ったはずだ。物語を売るんだ、商品を並べるな」
厳しい指示を残し、私は父カスパールと共に、再びアステリア領への帰路についた。
「リヒト……王都は疲れるね。私は領地で、また新しい詩を詠みたいよ」
「ええ、父上。あなたの詩は、私の次の『市場掌握』に必要不可欠ですから」
馬車の窓から見える王都の景色は、一見華やかだが、その地下ではドロドロとした政争の火種が、火薬の導火線のように燻り始めていた。
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