第11話 因業の再会と王宮の白百合
本日2話目
五月。併合された旧ルガード領は、リヒトの指揮下で再開発の嵐の中にあった。
「……カイル、旧子爵館を解体しろ。あんな維持費のかかるだけの石塊は不要だ。跡地には物流センターと、計算塾の分校を建てる。領民には『旧弊との決別』というストーリーを植え付けろ」
リヒトの再開発は冷徹だった。反抗的な旧家臣は即座に解雇し、従順な農民には最新の農具と種子を無償貸与する。飴と鞭を使い分け、ルガードの痕跡を急速にアステリアの色に塗り替えていく。
だが、アステリア城に戻ったリヒトの前に「ノイズ」が現れた。
「まあ! なんてこと! 泥臭いアステリアの領地が、少しは見られるようになったと思ったら、以前より家畜が増えてて臭いじゃないの!」
派手なドレスに身を包み、香水の匂いを振りまきながら現れたのは、数年前に愛人を作って出奔していたリヒトの実母、エレナだった。
父カスパールは世間体を気にして離婚を留めていたが、彼女はその優しさに付け込み、伯爵家への陞爵を聞きつけるなり「正妻」の権利を主張しに戻ってきたのだ。
「カスパール様、お久しぶり。伯爵になられたんですって? 当然、私にも相応の財産分与と、王都での別宅を用意してくださるわよね?」
カスパールは悲しげに目を伏せ、震える声で絞り出した。
「エレナ……君は、私たちが苦しい時に、若い男と逃げ出したじゃないか。リヒトのことだって一度も……」
「あら、あれはただの火遊びよ。今はこうして戻ってきたんだから、過去のことは水に流すべきだわ。それが貴族の度量でしょう?」
厚顔無恥な母親の言葉に、リヒトの脳内にある「怒り」のゲージが静かに、だが確実に振り切れた。
「……父上。下がっていてください。この個体との交渉は、私の管轄です」
リヒトは冷徹な眼差しで、一枚の書類を突きつけた。
「母上。あなたが過去三年間、王都の裏路地で愛人と共に浪費していた全記録、および、その愛人が我が領の機密をルガード家に売ろうとしていた内通の証拠……すべて掌握しています」
「な、なんですって!? そんなのデタラメよ!」
「デタラメかどうかは、後日開かれる裁判で判明します。……ああ、裁判と言っても、私はすでに王妃派の有力者に根回しを済ませています。あなたの行為は『伯爵家に対する反逆幇助』として処理される。死刑は免れても、一生を修道院の地下牢で過ごすことになりますが?」
エレナの顔が、恐怖で土色に変わった。
「リ、リヒト……! 私はあんたの母親なのよ!?」
「母親? ……統計学的に見て、私に負の影響しか与えない存在を『母親』と定義する合理的な理由はありません。連れて行け。……二度と、父上の視界に入るな」
絶叫し、リヒトに呪詛の言葉を吐きながら引きずられていくエレナ。その姿を見送るリヒトの瞳には、一切の迷いはなかった。
六月。エレナの一件を片付けたリヒトは、父と共に王都の王城へと召喚された。
ルガード領の併合と、短期間での異常な経済成長。その「正体」を、国王自身が確かめようというのだ。
「カスパール・フォン・アステリア伯爵、およびリヒト・フォン・アステリア伯爵子息。面を上げよ」
謁見の間に響く国王の声。その傍らには、一人の少女が座っていた。
プラチナブロンドの髪に、吸い込まれるような碧眼。王国の第一王女、エリザベート・ド・ラ・ヴァリエール。
彼女はリヒトをじっと見つめ、鈴を転がすような声で問いかけた。
「……あなたが、数字で世界を変えると噂の神童ね。アステリアの。……私を、楽しませてくれるかしら?」
エリザベートの瞳には、セシリアのような「鉄」の強さではなく、すべてを見透かすような「知性」の煌めきがあった。
「王女殿下。私はエンターテイナーではありません。ですが、殿下の退屈を『利益』に変える算段なら、いくらでもございます」
「ふふ、面白い子」
留学したセシリア不在の王都で、リヒトは新たな「権力の中心」との接触を果たした。
それは、アステリア伯爵家が王国の核心へと食い込んでいく、最初の一歩であった。
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