第10話 雷鳴の防衛戦と約束の春
「……マルク、驚くことはない。磁石と銅線があれば、回転運動を『力(電力)』に変えられる。これは、物理法則に従っただけの結果だ」
二月中旬。アステリア領の川沿いには、巨大な水車が新設されていた。
先月発見した天然磁石と、精錬技術の向上で得られた純度の高い銅線。これらを組み合わせた初期型の発電機が、試験的に街灯を灯し始めていた。
さらに、街の各所には「手押しポンプ」が導入された。
「井戸まで水を汲みに行く時間は、年間で数百時間の損失だ。これを各区画に設置し、並行して下水道の整備を行う。公衆衛生の向上は、伝染病による労働力喪失を防ぐ最大の投資だ」
リヒトの頭脳は止まらない。蒸気機関という「熱効率の怪物」の開発にも着手したが、これには数年のスパンを見込んでいる。
普通は投資や開発に失敗したりするが、アステリア領では失敗どころか、常に大成功し続けている。
投資に至ってはダブルアップオールイン状態も珍しくない。
前世の記憶により、やる前から成功する事が分かっている強みである。
リヒトは、アステリア領が僅か数ヶ月で驚異的に成長した事を思い返して、自画自賛していた。
三月。ついに均衡が崩れた。 隣領のルガード子爵が、王都の物流ギルドの一部と結託し、五百の兵を率いてアステリア領へ侵攻を開始したのだ。
「若、ルガードの軍勢が国境を越えました! 我が方の守備隊は百。……どう戦います?」
騎士団長バドが、リヒトの執務室に駆け込む。
「戦わない。……一方的に『処理』するだけだ」
国境の狭い谷間に差し掛かったルガード軍の前に、リヒトはたった十名の狙撃兵を配置した。
彼らが手にしているのは、新型の弩ではない。黒色火薬を用いた「初期型滑腔銃」だ。
「……放て」
轟音と共に、ルガード軍の先頭集団がなぎ倒された。魔法のないこの世界で、火薬の爆発音と見えない弾丸は、兵士たちに「未知の恐怖」を植え付ける。
さらに、リヒトが事前に埋設していた地雷(火薬樽)が連鎖的に爆発。谷底は地獄と化した。
「ひ、ひぃぃ! 呪いだ! アステリアは悪魔を雇ったぞ!」
指揮官であるルガード子爵が逃げ出そうとしたが、バド率いる騎兵隊が即座に包囲した。
結果は、アステリア側の死者ゼロ。圧倒的な技術格差による完全勝利だった。
王都での政治工作も功を奏し、侵略を仕掛けたルガード子爵家は「王命に背く不当な侵攻」として取り潰しが決定。その領土はすべてアステリア家に併合された。
この功績により、リヒトの父カスパールは伯爵へと陞爵。実質的な統治者である六歳のリヒトは、王国北部を支配する「アステリア伯爵家の頭脳」としてその名を轟かせた。
王都の百貨院の屋上で、リヒトはセシリアと向かい合っていた。
「……留学、ですか」
「ええ。四月から隣国の聖パトリック教国へ。あそこは古い慣習が残っているけれど、外交と語学を学ぶには最高の場所よ。……父様が、あなたの隣にいるには、私にももっと『強さ』が必要だって言うの」
セシリアは、リヒトから贈られた懐中時計をそっと握りしめた。
「三年の予定よ。……リヒト、あなたならその間に、この国を丸ごと買い取っていそうね」
「……非合理な予測ですね。私は三年の間に、海を越えた貿易ルートを確立させるつもりです。あなたが戻ってきた時、そこが私の『市場』になっているように」
リヒトは、セシリアの手に、そっと自分の小さな手を重ねた。
「セシリア様……帰ってきたら、私の『最高財務責任者』の席を空けておきましょう」
「……ふふ、プロポーズにしてはあまりに色気がないわね。」
「……私は、色気よりもビジネスですよ。」
リヒトは誤魔化すように笑った。
四月。セシリアの乗る馬車が、王都を離れていく。 リヒトはそれを、六歳のあどけない表情を一切見せずに見送った。
「マルク。……三年のカウントダウンを開始しろ。まずは併合したルガード領の再開発からだ」
リヒトの瞳には、すでに次の三か年計画の図面が映し出されていた。
領主としての本当の戦いは、ここから始まる。
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