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最悪の決着

 

 魚を捌くときは、まず腹を裂いてから腸を引きずり出す。海を漂う中で何を口にしているか分かったものではないし、釣り人が垂れ流した糞尿を食べている可能性だって少なくない。魚が取り込んだ汚物を誤って吸収してしまわないよう、調理前に臓物を綺麗に除去するのは大事な工程だ。

 

 魚の腸を処理する光景も、私にとってはなかなかグロテスクなものに感じていた。頭を切り落とす前だと、腹を裂いている間もずっと魚と目が合うし、なんだかその目に恨みの感情が浮かんでいるように感じてならない。もう動かないはずの眼球が、ぎょろりとこちらを睨んでいるみたいで怖い。 

 

 だが所詮まな板の上の魚。何をしようが抵抗してくることはないし、もうそれ以上苦しむこともないので、心を痛める必要などないのだ。

 

 私の目の前で腸を引っ張られ、ずるずると体内から引きずり出されているクロエルは、まな板の上の魚ではなく、アスファルトの上の悪魔だ。しかも死んでいないどころか、激痛で意識が飛びかけるたびにななみが頬を張って、無理やり意識を戻させるので、ずっと脳は覚醒したままだ。

 

 「ごっ…ごぼっ…」

 

 クロエルは自分が吐き出した血で溺れかけている。ななみがクロエルの顎を持ち上げて横に向け、口内の血液を吐き出させた。

 

 「これって太いし大腸かなあ。クロエルさんって普段なに食べてんの?なんかええもん食べてそうやけど、これ裂いたら分かるかな」

 

 食べたものは大腸に送られた時点ですでに原型はなく、ドロドロの状態だ。裂いて中身を確認したとしても、気持ちの悪い光景を拝むだけだ。それはななみも分かっているらしく、引っ張り出した腸を両手で持ち上げて大事そうに抱えた。

 

 それを一体どうするつもりだ、まさか持ち帰って、戦利品として保存でもするつもりなのだろうか。親が見たら卒倒では済まない。冷蔵庫を開けると、真空パックされた腸が入っているなんて、ホラー映画の演出にしても悪趣味だ。人体を冷蔵庫に入れるときの相場は、ばらばらにした肉片と決まっている。被害者の顔写真をパックに貼り付けておけば、なおそれっぽい。

 

 ななみが考えた大腸の使い方は、私の予想をはるかに上回るものだった。

 

 「じっとしててな。今かわいいアクセサリー作ったるから」

 

 ななみは1.5メートルほどある大腸を、まるでマフラーのようにクロエルの首に巻きつけた。一周しただけではまだ余ったので、もう一周。クロエルの首回りは、薄ピンク色の肉のアクセサリーに巻かれた、奇妙な状態になった。遠目で見れば、首の周りの肉だけが肥大化したみたいにも思える。

 

 「ちょうどこれから寒い季節やしな。ええやんええやん。似合てるよ。せっかく戦いに勝ったんやし、なんか戦利品もらっていきたいな。うーん…」

 

 ななみは血まみれのクロエルの体をまさぐり、持ち帰れるものがないかを探している。

 

 しかし体の大部分が損傷しており、特にめぼしいものが見つからなかったようで、ななみは口を尖らせていたが、ふと思いついたように、クロエルの羽に手を伸ばした。

 

 「これもらっていくわ」

 

 力いっぱい羽を引きちぎる。

 

 「あうぁぁぁ!」

 

 半分ほど残ったクロエルの上半身が、びくんと撥ねた。

 

 「昔から落ちてるカラスの羽とか拾うの好きやってん。なんか集めたくなるもんやね。綺麗なもんやないからやめなさいって親からは言われてたけど、羽ってすごい綺麗やん。それにクロエルさんの羽は真っ白で…、天使みたい。悪魔と契約したなんて言うてるけど、ウチからしたら天使やわ。ほなこれは戦利品としてもらっていくわ。おおきに」

 

 クロエルからむしり取った羽を小脇に抱えながら、私に手を振って、ななみはその場から姿を消した。残されたのは、何もできずに呆然と立ち尽くす私と、まだ意識が残っているだけの肉塊になったクロエル。

 

 私一人で処理しきれる現場ではないので、以前バーヘムロックに連れていかれたときにもらった、マスター鯉坂の名刺に書かれた番号へダイヤルした。鯉坂は10分ほどしてやってきて、クロエルの惨状に眉一つ動かすことなく、彼女の体を抱えて車に乗せた。

 

 魔法少女による暴力沙汰が一切報じられることがなかったのは、ななみの言う通り、魔法で都合の悪い記憶を消去したのだろう。魔法というのは、なんとも使い勝手のいいものである。どんな大犯罪でも犯し放題ではないか。

 


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